母と私
ライキアーナ・シエラ・ゴルティア。四歳。
初めて城の敷地から出ます。
「ライカ、明日母様と一緒にお城の外に行かない?」
「おしろの外!? いく! いきたい!」
あのパーティから数日後、部屋で本を読んでもらっていると、突然母がそう言いながら部屋に突っ込んできたので、喜んで返事をした。
今考えると、私って城の外行ったことないよ! 行きたい! 行きたい!
「目が輝いてる。ライカったら可愛い」
「だって、おしろから出たことない! お外!」
「そうねえ。でも、お城の外は危ないんだから、絶対に! 母様から離れちゃダメよ? 約束できる?」
「あい!」
はい、それはもちろんです! 約束できます! いい子ですから。だから、母、外に行きたいです。お城の外、出てみたいです。
「じゃあ、明日一緒に行きましょうね。お迎えに来るからね」
「あい!」
うん、すっごい楽しみです。母、楽しみに待ってます。
そして翌日、迎えに来てくれた母としっかりと手を繋ぎ、騎士に守られながら馬車に乗り、移動を開始する。楽しみだな、楽しみだな。
馬車に乗り、窓から外を眺めているのだが、現在、窓から落ちたりしないようにか、母の膝の上で、腹のところにしっかりと手を回されて固定されている。
うん、完全に逃走防止ですね、はい。逃げるつもりなんてさらさらないけどさ。だって、母と離れたら迷子になるのが目に見えてるし。
しかしまあ、きれいだなここ。道も結構整地されてるし、馬車は揺れるけど予想よりは揺れない。
「おおきい! かあさま、ここからしろの外!?」
「そうよ。この門をくぐると、もう城の外」
そうやってしばらく走っていると、大きな門が目に入ったので、母に尋ねるとその通りとの答えが返ってくる。
うん、こんなところまで来ることはないから、その大きな門も新鮮だ。
「行ってらっしゃいませ、王子妃殿下、ライキアーナ殿下。道中、お気を付けください」
「ええ、ありがとう」
そして、その門で手続きを済ませ、門から外に出る。よし、ここからが本当の城の外だッ!!
「うわあ! うわあ!」
「ふふ、そうよライカ。ここからが、本当の城の外よ」
「お外、きれー!」
「そうね。今上陛下とお父様が頑張ってるからね。だからきれいなの」
「とうさまとじいさま?」
「そうよ。それと、お婆様もね」
「ばあさまも?」
「そうよ。お城に帰ってお爺様とお婆様、お父様にお会いしたら、きれいだったと言って差し上げなさい。きっと喜ぶわ」
「あい!」
ホントもう、きれいすぎるだろこの町。文明的にかなり古いから、街並みも結構古臭い感じかと思ってたのに、きれいじゃないか! 祖父母、父、すげえ!!
ついつい、顔が右に左にと動き、………く、首痛い。えぐえぐ。浮かんだ涙を拭わず、そのままの状態で母の胸に飛び込む。首痛い。
「よしよし、ライカはこうやって町を見るの初めてだものね。首が痛くなったのね」
「あい」
「ライカはしばらくお母様の膝の上で、大人しくしてなさいな」
「あい」
ここまで首が痛くなると、外を見ておくことももう出来ない。ので、大人しく母の膝の上で母の胸をガン見しておく。柔らかくて暖かい。気持ちいい。
あーでも、母の胸に顔をうずめてると、温かくて気持ちいいからどんどん眠くなってくる。馬車の揺れも眠りを誘うし………。
「いいわ、少し休んでなさい。ついたら起こしてあげるからね」
すると、それに気づいたらしい母が抱き上げた私の体をゆっくり、少しずつ揺らしてくれる。その揺れは、反則です母。
うー、どんどんと瞼が重たくなってくる。………も、だめぇ………。
「おやすみ、ライカ」
母のそんな言葉が耳に届いたのを最後に、私の意識は深い深い場所へと落ちて行った。
「ライカ、起きて。そろそろ起きなさい。ほら、街に入るわ」
「……ふえ?」
「おはよう。よく眠れたみたいね。でも、そろそろ本格的に街に入るからね」
「ほんかくてき?」
「ん? ああ、城の門を出たら街と言うことにはなるんだけど、城の近くは基本的に建物はあまり無いからね。だから建物の増えてくるここからが、本格的に街に入ったということになるの」
「へー。……………たてもの、いっぱい!」
起こされて外を見ると、建物がたくさん見える。おお! 高層ビルとかはないけど、建物がいっぱいある!
またも、首が左右に動き回る。いろいろと見て、自分の中に知識を放り込んでいく。
建物いっぱい。きれー!
「落ち着きなさい、ライカ。落ち着いて、ゆっくり見て回りましょ」
「あい!」
「さ、まずはどこに行く? ライカは本が好きだから、本屋さんに行く?」
「本! よむ!」
母、本屋さん行きたい! 本を読みたい! 新しい本、読みたい!
「目が本当に輝いて……、可愛いんだから!」
「かあさま、本! よみたい!!」
「そうね、本屋さんに行って、新しい本を買いましょうか。ライカの好きな本、買ってあげる」
「ホント!? やったあ!!」
「本当よ。さ、本屋さんで、自分で好きな本を選びましょう。初めて、ライカが自分で何かを選んで買うのよ」
「ライカがえらぶ!」
「そうね。ライカが選ぶのよ。ライカが選んで、それを母様が買うの。そして、お城に戻ったら読んであげる」
「あい!」
何だその最強なのは!! 自分で本を選べることも嬉しいし、おまけにそれを後から母が読んでくれるだと!? ただでさえ、あのパーティ前は忙しくて会えてなかったのだ。会える時間が増える気配を感じるのは、嬉しいぞ。
「んーっ、いい笑顔」
「かあさまだいすき!」
「あら嬉しい。………あ、ほら。そろそろつくわ」
言われて窓からお外を見てみると、そこには本のマークの書かれた看板の店が現れる。ここが本屋だね。
「さ、降りて、中に入って見ましょうね」
そう言われ、母と共に、手を繋いだままでゆっくり一歩ずつ馬車から降りて、店内に入る。………うん、古い本の匂い。何か懐かしい。
「いらっしゃいませ、王子妃殿下、ライキアーナ殿下。到着をお待ちしておりました」
「ライカ、彼はこの本屋の主よ。挨拶して」
「あい! ライキアーナ・シエラ・ゴルティアですっ」
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます、ライキアーナ殿下。私はこの本屋の主のキリスと言います。ライキアーナ殿下には、よくわが店で購入いただいた本をお読みいただいていると耳にし、嬉しく思っております」
…………あれ? なんか、話難しい。いや、話は簡単なんだけど、言い方難しくない? それとも、子供生活長すぎて………まあ、まだ四年だけどさ。そのせいで、難しい言葉苦手になったのかな。
とりあえず、分からないので首をちょっと傾げてみる。
「分からないなら分からなくていいのよ、ライカ。さ、本を見に行きましょうね」
「あい!」
分からなくていいならいいです! と言うわけで、にっこり笑顔で母と店内の本を見て回ることにした。
「この本は、いわゆるファンタジーものですね。ライキアーナ殿下くらいのお子様でも楽しめると思います」
「じゃ、よみたい!」
「なら、これは買いましょうね。ほかに、何かおすすめはある?」
「では、こちらのほうは………」
その後も次々に本を紹介され、面白そうなものは次々に読みたいと答えていると、………騎士に預けた本がなんか山になってるんだけど………いい、のか?
「ライカ、ほかに読みたい本はある? 遠慮しないで言いなさい」
いいんだな。結構いっぱいあるんだけどねぇ。騎士一人で持ちきれなくて、複数人で持ってるんだけどね。
「んーん、もういっぱい」
「そう? 遠慮しなくていいのよ?」
「んーん、これ以上かったら、よめなくなるもん」
だからね、母。これ以上買わせようとしないで。本気で、これ以上買ったら何を買ったか忘れて、読まなくなるから。
少し目を潤ませて、上目づかいに母を見ると、母はにっこりとほほ笑んで納得してくださいました。感謝。
「じゃ、次はどこに行きましょうか」
「つぎ?」
「せっかく出たんだから、本屋以外にも行きたいでしょう?」
「でも、なにがあるか、ライカ知らないよ?」
でもさ母。いきなり無茶を振らないでください。私、今日初めて城から出たんだよ? 知らないよ。
「……それもそうね。じゃあ、何かお父様やフォルトたちにお土産を買って帰りましょうか」
「おみあげ?」
「おみやげ、ね」
お土産! なんか久しぶり。今まで、どこかの町の視察に行った父からお土産を貰ったりはしてたけど、私からすることはできないからね。何を買って行ったら、父や兄たちが喜ぶだろうか。わくわく。
「さあ、お父様たちは何を買って行ったら喜ぶかしら。ライカ、何だと思う?」
「ふえ?」
「お父様や、フォルトが喜ぶのは何だと思う?」
「…………わかんない」
そうやって楽しみにしていると、突如母から質問が飛んでくるが、分からない。あの二人は、いったい何を喜ぶのか。
花……は女っぽいよね。私なら喜ぶけど。
本……は分からないね。私ならとことん喜ぶけど。
ブックカバー……はどうだろう。本を読むならそれでいいんだけど、分かんないよね。
「さ、まずは雑貨屋さんから見に行ってみましょうか」
「あい」
「ライカ、雑貨屋さんで見たいのはある? ……って言っても、何があるか分からないわよね。実際に見て、気になるのがあったら言いなさいね」
「あい!」
ブックカバーとかあったら、買いたいです!
ちなみに、父と兄に剣を使うときにも使える滑り止め付きの手袋を買って帰りました。
「嬉しいよ、ライカ、ミルシア。ありがとう」
「とうさま、うれし?」
「ああ、嬉しいよ。今度、この手袋を使って騎士たちをしごいてやろう」
父からは恐ろしい勢いの喜びを頂戴した。ただ、使用用途がちょっと怖い。騎士のみなさん、ごめんなさい。父があなたたちをしごいたら、それは私と母のせいです。
「ん、ああ、ありがとう。今度の訓練の時に使わせてもらう」
「にいさま、うれし?」
「ああ。最近寒くなってきたからちょうどいい。使わせてもらうよ」
兄からも喜びの言葉をちょうだいした。確かに最近寒くなってきてたし、使うよね。よかったよかった。
ちなみに兄は、次の訓練の時にその宣言通り、私と母がプレゼントした手袋を使ってくれていたそうです。訓練の教官をしていた騎士がわざわざこっそりと教えに来てくれた。
うん、嬉しいぞ兄。だから兄。遊んでくださーいっ!
「帰れ」
……………うん、そうなるよね。しょぼん。