兄と私
「にいさまー、どーして昨日のパーティ、さんかしてくれなかったんでしか?」
「参加したくなかったんだよ。ほら、いいだろう。部屋に戻れ」
「いやです。にいさま、あそんでください」
「嫌だ。…………ほら、いいから部屋に戻れ」
パーティの翌日、午前中はぐっすり眠って昨日の疲れをいやした後、私は兄の部屋にいた。ちなみに、シトラスは今日はお留守番。
まあ、シトラスを置いて出かけるときはすっごい悲しそうに鳴いてたけど。それはそれは悲しそうだったけど。
「にいさま、いっしょにほんをよみませんか? ライカ、だいぶもじをおぼえました」
「なら、部屋に戻って一人で読め。覚えたなら、一人でいいだろう」
「いやです。まだ、ひとりでよめないほんもあるから、にいさまとよみたいでしゅ」
「……舌足らずに戻ってきてるぞ」
「よ、よよよ、よみたい、ですっ!」
「お、ちゃんとなった」
……兄! なんかいたずらっぽくなってきた! ある意味いいことのような気もするけど、でも、なんか悔しい。
「ほら、学習できたんだから部屋に戻れ」
「やです。あそんでくださいにいさま」
「舌足らずが治ると、これもこれで面白くないな」
「にいさまは、どっちがいーですか? にいしゃまとにいさま、どっちがいいでしゅか?」
「ぶはっ」
「にいさま、わらった! わらった!」
「ああ、笑ったな。お前の舌足らずは、懐かしさを感じる」
「じゃあ、にいしゃま、あしょんでくだしゃい」
「ははっ。もう一年くらい前か、そのしゃべり方」
「あい!」
「その返事は今も変わってないけどな」
「あい!」
あはは、兄が笑ってると私も笑いたくなる。兄が笑ってると、楽しい。
「にいしゃま、だいしゅき!」
「その言い方も懐かしいが、俺はお前の兄じゃない。部屋に戻れ」
「やです。にいさま、あそんでください」
………あ、兄が笑顔で固まった。兄の笑顔を見るのは貴重ではあるけど、何だろう、青筋が見える。兄、若いうちからこんなことしてると、型が付いちゃうよ?
「お前は、とっとと部屋に戻れ。それともなんだ? 僕が学んだこの国の法を朗読でもしてほしいか? 難しいぞ」
うわあ、兄ってば露骨に私を追い出そうとしてますね。でも、それは私には逆効果です。
「よんでください!!」
この国の法律とか、願ったりですから!!
「…………………悪かった、冗談だ。帰ってくれ」
「よんでくれないんですか? 法のおべんきょうしたいです」
「四歳児には早い。お前はまだ四歳なんだから四歳らしく絵本でも読んでろ」
「よんでください!」
「………………部屋へ、戻れ」
「よんでください!」
うう、兄ってばせっかく読んでくれるって言ったのに読んでくれないの? しょぼん。
「ああもう! 泣く前に部屋に戻れと言っているんだ!」
「なきません! なかないもん! 四歳だから!」
「そうかそうか。じゃあ、成長したんだから頭も成長させて、僕に関わろうとするな」
「いやです。ライカはにいさまだいすきです」
「僕はお前の兄じゃない。だからほら、部屋へ戻れ」
「いやです」
「戻れ」
「いやです」
「そうか。じゃあ僕がどこかへ行こう。お前はここにいればいい」
「やです! にいさまいっちゃいや!!」
やだやだやだやだやだ! どこか行っちゃ嫌! 必死に兄にしがみつく。四歳児の体重を舐めるな、兄。もう、そう簡単に振りほどかれないぞ!
…………と、そう思っていたのだが十二歳の男の力を舐めちゃいけなかった! くう、この世界では十二歳で成長期が来るのか。
「ほら、離れろ。怪我する前に離れろ」
「やです! はなれませんっ!」
ぶんぶんと振り回され、ついその手が離れそうになるが、とにかく必死にしがみつく。……そのためか、周りにいる私の護衛としてついてきている騎士が忙しい。今にも振りほどかれて飛ばされそうな私を支えるために、手が出されている。
「離れろ、今、一度足を止めるから」
「やです!」
「剥がれろ。そして部屋に戻れ」
「やです」
だが、私は意地でも剥がれない。離さない。
「お前は、いつになったら学習するんだ。思えばまだまともにしゃべらない頃からしつこくしつこくしつこくしつこくまとわりついてきたな」
「だって、にいさまだいすき!」
「だから、兄じゃないって言ってるだろ」
「にいさまです」
「違う」
「だって、にいさまはとうさまの子だから、にいさまです」
「そうかもしれないが、僕は農民の子で、お前は隣国の姫の子だろうが。立場が違うんだ」
「でも、にいさまはにいさまです」
「たとえ血がつながっていても、違うんだ」
……うーむ、どうして兄はこうも母親の身分を気にするのか。大体、母親が農民だろうが何だろうが、実際は同じ人間なのに。この世界では、王族と貴族とそのほか、と言うことで完全に違うものになっているのか。
大体さ、何でそんなに気にするかな。兄も人間、私も人間。同じじゃないか。
「にいさま、ライカ、にいさまだいすき」
「そうかそうか。僕はお前に対してそんな感情はないよ」
「にいさまだいすき」
「そうかそうか。じゃあお前は部屋へ戻れ」
「いやです。あそんでください」
「部屋へ戻れ。というか、頼むから戻ってくれ」
「いやです。あそんでください」
「帰れ。誰か、頼むからこいつを部屋に連れて帰ってくれ」
あ、ついに兄がお願いまでし出しちゃったよ。徹底的に拒否したからなぁ。まあ、これ以上粘っても意味もないし、部屋に戻るか。
「おへやかえるー」
「そうですか。では、戻りましょうか。フォルト殿下、失礼いたします」
「ああ、頼む」
よし、じゃあ部屋に戻ろう。部屋に戻って、本でも読んでもらおう。だいぶ文字も覚えてきたし、一緒に読んでいこう。できれば、兄に読んでほしかったけど、仕方ないか。
「さあ、お部屋に戻りましょう、ライカ様」
「うん! にーさま、またこんどいっしょにあそびましょうね」
「お前と遊ぶ日は、きっと未来永劫来ないだろうな。さ、部屋へ戻れ」
「いつかいっしょにあそんでくださいね!」
よし、お願いもしたところで部屋へ戻るか。部屋に戻って本を読む。……あ、そーだ。それなら、先に城の図書室に寄って何か借りて行こう。
とゆーわけで、おねがい。
「としょしつ、いきたいな」
「はい、分かりました。では、図書室で何か借りていきましょう」
「あい!」
うん、何か本を借りて帰って、読んでもらおう。今日はどういうのにしようかな。ファンタジーにするか、恋愛にするか、推理にするかSFにするか……。
あ、この世界にもSFってあったよ。科学っていうものがないからSFもなさそうだったのだが、存在していた。
うん、楽しいよそれなりに。かつての日本に会ったようなこともSFとして物語になってるけど。
「そうですね、ではこの本などはいかがですか? 小さな子供向けではないですが、ライカ殿下でしたら大丈夫かと」
「じゃ、それかりてくー」
「では、手続してまいりますので、少々お待ちください」
まあ、今回はファンタジーものにしたけどね。だって、司書の人がおすすめしてくれたの。小さい子供向けじゃなかったけど。でも、読めないだけで、読んでもらえばなんとなく理解できるので借りた。
そして、貸し出しの手続きを終えた本は、騎士に手渡された。よし、お部屋もどろ。
「メイラ、本よんで~」
「はい、ではまずは飲み物を準備しましょうか。ライカ様は、テーブルで待っていてくださいませ」
「うん! あ、本はかりてきたよ!」
「分かりました。では、お茶を準備したらすぐに読みましょうね」
そして、夕飯までじっくりしっかりと本を読んでもらい、楽しい時間を過ごした。……………うん、読めなかった。内容は理解できるんだけど、文字が難しいんだ。
ちなみに今回もメイラが一文字一文字指で追いながら読んでくれたので、文字の練習としてはよかったです。
あ、読み切れなかった分は明日、兄にお願いすることにする。読んでもらえるか分からないけど。もし、読んでもらえなかったらまたメイラに読んでもらおう。
十二歳フォルト少年。
ちょっといたずらっ子になりつつあります。