兄と私
三歳になった私こと、ライキアーナ・シエラ・ゴルティアですが、三歳になった今も、兄であるフォルトこと、フォルティス・シエラ・ゴルティアに妹認定されていません。
「にいしゃまー」
「うるさいっ! お前なんて妹じゃないって言ってるだろ!! 寄るな!」
兄に笑顔で可愛らしく近寄っても、大体そんな感じの冷たい言葉しか返ってこない。
でも、諦めないのが私という生き物です。
「にいしゃま、ご本読んでくだしゃい」
「にいしゃま、いっしょにおしょとに行きましぇんか?」
「あしょんでくだしゃい、にいしゃま」
毎日毎日、多いときは日に何度も何度も兄のところへと押しかけて、こうやって話しかけては冷たい言葉をいただいています。でも、最初と比べると最近はだいぶマシになったほうです。だって、最初の頃は完全に無視でしたから。
無視される→話しかける→無視される→泣く→迷惑そうな顔される→大泣きする→どっか消える。
これが最初で、今は冷たい言葉が飛んでくる。悲しいけど、無視されないだけいいのだ。
ちなみに、私が日々そうやって兄に話しかけまくっていると、何を考えたのか周りの大人は、私には理解できまいと、いろいろと話してくれた。
曰く、父はこの国の第一王子様らしく、既に妻が二・三人いるらしい。その中でも、私の母は正妻、兄の母は、側室という立場らしい。しかも、聞いた話では母の身分が低く、兄は幼いころから陰口を叩かれたりしていたらしい。
つまり、兄が私に冷たい態度をとる理由は、そこにあるのだ。私は望んでいないが、正妻の子。遭遇する人にはみんな、笑顔で挨拶をしてもらえる。だが兄は、以前後ろで隠れてみていたのだが、貴族っぽい人からあからさまに馬鹿にしたような目を向けられていた。
その時、止められれば良かったんだろうけどね。あの頃は、今以上に上手にしゃべれなかったから、出来なかったんだよね。
でもそれ以来、私が兄に引っ付く頻度が上がりました。私がいれば、貴族たちも兄にひどい目は向けまい! 兄の感情が少しでも変われば、私への態度も少しはマシになるはずだ!
「にいしゃまー」
だから今日も、私は兄のところへ行く。迷惑がられていると分かっていても、それても。
「まったく、お前は馬鹿なのか? お前と僕は何も関係ないって言ってるだろう」
「にいしゃまは、にいしゃまでしゅ」
「だから、兄じゃないんだよ、僕は。いいから、部屋にいろ。僕に関わるな」
「やでしゅ。にいしゃま、あしょんでくだしゃい」
「――――お前、どこまで馬鹿なんだ? おい! こいつを部屋に戻せ!」
「申し訳ありませんが、私の主はライカ様ですので……」
そうしていると、珍しく兄がいつものように激しい言葉ではなく、静かな言葉で返してきた。ので、つい調子に乗って遊んでほしいと言ったのだが、その後は激しい言葉が飛んできた。
でもさ、ねえ。兄は私の背後に控える侍女に私を部屋に戻すよう言ったのだがね? どうして、侍女はそんなに冷たい瞳で兄を見るの? どうして、そんな冷たい言葉を兄に向けるの?
「っおい、そこのが泣きそうだぞ。とっとと部屋に戻せ」
「あなた様に言われずとも。さあ、ライカ様。お部屋に戻りましょう」
その事実に、涙が浮かぶ。それを見た兄が少し面倒そうにまた侍女に告げ、侍女は兄の言うことを聞くことになるのが嫌なのか、若干固い声で私にそう告げ、私を抱き上げようとするが、それを避けるために咄嗟に兄の足にしがみついた。
「こら、離れろ」
「いーや-でしゅー!」
「離れろってば!」
「やーっ! もどらにゃいー!!」
しがみつきでもしないと、問答無用で侍女たちに抱き上げられて部屋に戻される。それを避けるためにも、兄の足にがっちりとしがみついた。
ちなみに、兄は私を引きはがすためにとにかく足を振っているのだが、がっちりとしがみついている私が剥がれない。剥がれてたまつかっ!
「こらっ! 離れろっ!」
「いーやでしゅーっ!」
まだ、部屋には戻らないっ! とにかく、兄の態度を軟化させて妹認定させるためにもっ!
「ライカ様、離れてください! お部屋に戻るのです!」
「やーらーっ! にいしゃまといるのぅ!」
「いけません! 戻りましょう!」
「や!」
きちんと妹認定してもらうためにも、離れませんっ!
だから、そんな無理やり剥がそうとしないでっ! やめて、話してっ!
「――――何をしているんだい? フォルト、ライカ」
そうしていると、突如来客がある。父だ。
「父上」
「とうしゃま!」
「おや、ライカはフォルトに遊んでもらってるのかい? いいことだね。フォルトも、いい子だ」
私たちの姿を確認した父は、にっこり笑顔で告げるが、その瞬間、兄の表情が一気に曇った。でも、私は超いい笑顔。
「いえ、しがみつかれてるだけです」
「あい! にいしゃまとあしょんでましゅ!!」
「ふふ、可愛いな、ライカ。フォルトも、そう思うだろう?」
「いえ、別に」
「思うだろう?」
「いえ、別に……」
「思・う・だろう?」
「………はい」
「にいしゃまだいしゅきっ!」
その私の表情を見たからか、父の表情が一気に緩くなった。そこで無理やり、兄に私を可愛いと言わせていたため、故意にいい笑顔で兄に大好き、と告げてやった。ちなみに、兄の表情は変化しない。しょぼん。
だがしかし、父の表情はただでさえ緩んでいたのがさらに緩んでいる。
「ライカ、お父様にも言ってくれ」
「にいしゃまだいしゅきっ!」
「兄様じゃないだろう、ライカ。お父様、だよ」
「ちぎゃうもんっ♪ にいしゃまだもんっ」
今は父にはその言葉は放たない。今は兄にしかその言葉を告げるつもりはないのだ。
「ラーイカぁ。お父様、だよ。兄様の部分を、お父様に変えてもう一度」
「にいしゃまだいしゅきっ」
「ライカ、兄様じゃなくてお父様だってば。ね、お父様」
しかし、とことん兄に向けて言葉を放ち続けていたからか、お父様の目がそろそろ怖い。
ついでに言うと、ずっと告白を受けている兄の目もちょっと危ない。いい加減にしろ的な?
結果としては、私、兄の後ろに逃走中。兄は嫌そうにしてるけど。
「にいしゃま、おとうしゃまがこあいの」
「……………」
「にいしゃま、たしけて?」
「……………」
「にい、しゃまぁ…………」
「………………父上、これが面倒なので何とかしてください」
兄に助けを求めると、何度も何度も何度も何度も助けを求めて、ようやく父をいさめてくれた。
「ああ、すまないライカ。ほら、こっちにおいで。そこのテーブルで、フォルトとライカとお父様で、お茶にしよう。ライカはお父様の膝の上だ」
「………父上、僕もですか?」
「当然だろう。さ、ライカはお父様が抱っこして運ぼう。おいで、フォルト」
「いえ、僕は………」
「いいから来なさい。今日くらい、勉強もいいだろう。教師には伝えておくから」
「………はい」
……まあ、諌められたとは言えども、私が父から逃れられるわけではなかったが。
結果、私は父によって兄の足から引き離され、抱き上げられてテーブルのほうへと移動した。そして私の席は父の宣言通り、父の膝の上だ。
「ライカには何か甘いものを、私はお茶を頼む。フォルトは何がいい?」
「お茶で……お願いします」
「では、フォルトも茶だな。準備を頼む」
「畏まりました。少々お待ちください」
侍女たちはそう言うと、なぜか全員が下がって準備にかかる。……ああ、第一王子である父のそばにいるのが怖かったか。
この父、結構怖いもので、不敬を働いた者には手加減をしないのだ。以前、兄に対して真正面から暴言を吐いた馬鹿がいたのだが、そいつは父が笑顔で剣を向け、捕縛していた。実は近くで母に抱かれてみていたのだが、怖かったよ。
「ところでライカ? フォルトと何をして遊んでいたんだい?」
「にいしゃまの足にひっついて、ぶらんぶらんしてまちた!」
「へえ。よかったな、ライカ。フォルトも、ライカが可愛くなってきたか?」
「いえ。それに、僕はそれと遊んでいません。まとわりつかれただけですから」
「うん? 違うだろう、フォルト」
「違いませんよ。僕は、それを妹とは認めていません」
「ふえっ……」
……! い、いかんいかん、体が幼いからか、久しぶりにすっごい冷たい目で見られたからか、涙が浮かんできた。
でも、泣いちゃいけない。泣いたらまた冷たい目で見られるか、完全に無視される。だから、泣かないもん。
零れ落ちそうになる涙を、必死で押し戻す。必死で、目元に留める。…………でも、どんどん涙が溜まるよぅ!!
「よしよし、よく我慢したねライカ。いい子だ」
そうしていると、いつの間にか父がハンカチで、私の目元にたまる涙を拭ってくれていた。そして、優しい瞳でこちらを見、優しい言葉をくれる。
「―――――フォルト」
だが、次に兄に対して向けられた言葉は、驚くほどに冷たかった。
「フォルト、お前はいつになったら学習するんだい? ライカは、妹だろう。フォルト、お前は私の子だ。そして同じように、ライカも私の子。お前の妹だ」
「……っ違います! 僕は………、それの兄なんかじゃない!!」
「フォルト!!」
そして再び兄が否定の言葉を発した瞬間に、父が驚くほどに大きな声で兄を叱責した。びっくり。心臓がバクバク言ってる。
「ああ、驚かせたね。誰か、ライカを部屋へ」
「畏まりました。さあ、部屋へ戻りましょう」
そうしていると不意に父が離れていた侍女を呼び、私を手渡す。…………え? 部屋に戻る?
…………ちょっと待てぇ! 私の兄攻略の時間はどこへ行った!?
ちょ、あ、待て! 早歩きで部屋に戻ろうとすんなっ!! にゃ! か、風が! 風が顔を殴る!! 痛いよぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!
「ふえっ、おかお、いちゃいのぅ………」
結果、部屋についたころには私の目には涙がたっぷりと溜まっており、部屋に戻って普段私の面倒を見てくれる侍女のメイラに迎えられたときには涙腺が決壊した。号泣。
「大丈夫ですか? ほら、もう大丈夫ですよ。痛いの痛いの、飛んで行け~」
「ふええぇぇぇぇえ」
一度泣き出したら止まらないのが小さな子供というものです。というわけで、メイラの胸に顔をうずめて、大泣きしてます。
だって、痛かったんだよ!? この小さい顔に、思いっきり風がぶつかって来るんだよ!? こんなの、普通の子供なら大泣きするわ!!
というわけで、今もしっかり大泣き中。メイラも、ほかの侍女たちもなんか焦ってるけど気にしない。今は泣く。思いっきり泣く! ………だって、まだ痛い!!
「にゃっ!?」
そうしていると、突如頬のあたりを異常に冷たいものが触れる。メイラの胸から顔を離してその正体を見てみると、それは濡れた布だった。ちなみに、それを持っている侍女はいい笑顔である。
「冷やすと、痛みがなくなりますよ。さ、反対側も……」
「にょえっ!?」
そして片方の頬にあてられたその布を見ていると、その宣言通り、反対側の頬にも濡らした布が当てられた。
当てられた瞬間は驚くが、だが、冷やされると気持ちよすぎる………。その恍惚状態に入っている間に、いつの間にかほかの乾いた布で、溢れていた涙を拭われていた。
「ライカ様、お鼻をチーンってしましょうね」
「っ、ちーんっ!」
そして鼻をかまれたあとは、再びメイラの胸の中に戻り、ポンポンと背中を叩かれている。………寝かされてるな、これ。でも、いいや。いっぱい泣いて疲れたし、今は寝ちゃえ。
ついでに言うと、私のこの号泣の原因となった侍女は、私をメイラに渡してすぐに逃走してました。まあ、メイラから父に話が行って、叱られることでしょう。なので、私からは何も言わない。言っても舌っ足らずでほほ笑ましいことにしかならないし。
と、こんな感じでこの日の兄と私の交流は終わりを告げたのであった。
三歳児って………こんなものですか?
身近に小さい子供がいないため、よく分かりません。
おかしいようでしたら指摘いただきましたら修正いたします。