母と私Ⅱ
今日、私は母の部屋にシトラスを連れてきていた。曰く、最近仕事で忙しかった母が、休憩中にシトラスを連れてきてほしいとのことだったので、今、向かっているのである。
「かあしゃま~」
「ライカ! よく来たわね。ああ、シトラスもいらっしゃい」
うん、ついた瞬間に笑顔で出迎えられた。ので、笑顔で母の胸に飛び込む。
「久しぶりね、ライカ。元気にしていた?」
「あい!」
ちなみに、久しぶりといいつつも、最後にあったのは四日ほど前だったりする。
でも、会えて嬉しいのは私も一緒なので、笑顔である。
「シトラスも久しぶりね。……………覚えてるわよね」
「わうっ」
「シトラスも、おぼえてるよねー」
「わうっ」
……いやいや、母よ。いくら何日か会ってないからって、シトラスが母を忘れるはずないでしょう。シトラスってば賢いいい子だし。
確認を兼ねてシトラスに尋ねると、いい返事が返ってきた。うん、覚えてる。
「シトラスにはお肉を準備したわ。食べててちょうだいね。さ、ライカはこっち。膝の上、いらっしゃい」
「あい!」
そうしていると、突如母付きの侍女の手がシトラスに伸び、抱いていたシトラスが奪われる。
あ、いいなシトラス。おいしいお肉、たくさんもらって食べておいで。あ、でも食べすぎたらダメだよー。
「わうっ」
……視線だけで、言いたいことが伝わったようです。
そう思いつつ、私は母と手を繋いでテーブルに移動する。先に母が座り、その後母に背を向けた私の脇に母の手が伸び、そのまま抱き上げて、膝に乗せてもらった。
ちなみに、抱き上げてもらう際に母は私の体をくるっと百八十度回転させ、目が合うようにして膝に乗せる。ちなみに足は開いた状態です。
「ライカ、最近はお父様も忙しくてライカとお話する時間が取れないけど、寂しくない? 大丈夫?」
「あい! にいしゃまもいるからへーき」
「フォルトとは、仲良くなれてきた? お話しできてる?」
「………………にいしゃま、おこる」
「ライカが、フォルトを怒らせてるんじゃない?」
「にいしゃま、ライカがいるとこあい」
「あー、それはフォルトが悪いわ」
……………母よ、顔を合わせて兄の話ってどうだろう。兄、私が生まれて三年たっても冷たいのですよ。怖いのですよ。えぐえぐ。涙が浮かんできたぜ。
「大丈夫よ、ライカ。ライカはいい子だから、フォルトも優しく接してくれるようになるわ」
「ほんとぉ?」
「もちろん! フォルトもいい子ですからね」
そうしていると、母がタオルを手に、流れてしまった涙を拭ってくれつつ、優しく告げる。
うん、優しくなってくれるといいな、兄。
「さ、フォルトのことは考えないで、今は母様とライカでお話しましょうね」
「あいっ!」
ちなみに、現在シトラスは侍女たちに肉を貰っておいしくいただいている。ええい、嬉しそうじゃないかシトラス。
「ラーイカ。今、ライカが一番に考えるべきはシトラスじゃなくて、お母様よ」
「あい、ごめなしゃいかあしゃま。ライカ、かあしゃまだいしゅき」
「母様も、ライカ大好きよ」
うん、私は母が好きだし、母も私が好き。万事解決!
「んーっ、ライカってばいい笑顔! 可愛い!」
「かあしゃまだいしゅきっ!」
ところで、今日は何の話をしましょうか、母よ。楽しい話を期待して来たんだよ?
「楽しい話? そうねぇ………お母様の生まれた国の話をしてあげましょうか」
「かあしゃまのうまれた国?」
「そう。ここの隣の国。イリディアっていうの」
「いりりあ?」
……………うまく言えませんでした。はい。イリディアですよね。
「お母様は、そのイリディアの第二王女なの。分かる? 二番目の女の子ってことね」
「にばんめ? かあしゃまには、ねえしゃまがいるの?」
「そうよー。ライカは賢いわねぇ。ついでに言うと、お兄様もいるわよ。弟もいるわよ。妹もいるわよ」
「いっぱいだぁ!」
「そうね、いっぱいよ。でも、それも王族の義務だから―――義務っていうのは、しなくちゃいけないことね」
「ぎむなのー?」
「そう。もしもの時のために、王家の血を絶やさないためにも、子供をたくさん作らなくちゃいけないの」
………でもさ母。これは楽しい話というよりは、微妙に重いんだけど。
ていうか、兄の境遇を知った時の疑問の答えは、これか。
兄は仮にも、母の夫、父がほかの女に産ませた子なのに、母は何も思わないのか。
その答えは、これだ。母の中には、王族は子をたくさん残す義務があると考えている。そのためには、自分の夫がほかの女のところに行っても別に気にならないのか。
………そう言えば、祖父も祖母以外にも妻はいるんだっけ。後宮に三人くらいいるんだっけ。
「事実、お父様―――あ、ライカのお父様よ。お父様も次のこの国の国王だから、たくさん子を作る義務があるわ。だから、ライカの兄弟もいっぱいになるわよ」
「きょーだい、いっぱい?」
「そうね、今にたくさんになるわ。お父様も兄弟はたくさんですからね」
「でも、ライカあったことないよ?」
「そうねぇ。お父様のご兄弟はみなさん他国にお嫁に行ったり、国内の貴族と結婚したりでほとんど城におられないから」
「けっこんー?」
「そうよ。王族は、他国や貴族との関係を深めるために結婚するのよ。ライカも、もし結婚したい人がいたら、まず母様に相談するのよ。父様に相談しちゃダメよ。いーい?」
「どーちて?」
「父様に話したら、ライカの相手が抹殺されちゃうわよ」
………………………………………………………。
あの、どうして父に相談したら父がその相手を抹殺しちゃうのかな。父、怖い。
「……って、あら? 意味、分かっちゃったの? あら、あらららら」
「とーしゃま、こあいのぅ………」
「ああ! 冗談よ、冗談。もっちろん冗談だからね」
「とおしゃまこあい~。うあーん」
「嘘よ、嘘。お父様はそんなことしないからね。ね!」
いや、すごいナチュラルに言ってたよね。それ、やる気だよね。父怖い。
「な、ななな、泣かないでライカ! ね? いい子だから!」
って、いつの間に泣いちゃったんだろうね。でも、仕方ないよね。まだ三歳だから、感情に引きずられて泣いちゃうんだよすぐに。
「わあぁぁああああぁぁん!」
そして、自覚した瞬間に一気に来た。涙が浮かぶだけだったのに、本泣きになっちゃったよ。
「ライカ!」
そうしているとなぜか父が来たのだが、今の私には逆効果だ。
「とうしゃまやだこあいー!!」
「ラ、ライカ!?」
「とおしゃまこあいのー! こっち来ちゃやーなのー!」
「ライカ!? ミルシア、何を話したんだ?」
「将来について、ちょっとね………」
「ミールーシーア?」
「ライカが大きくなって、もし付き合いたい子がいたら、母様に相談しなさいって、話したら……」
「それだけじゃ、ないよなぁ? 絶対に、他にも何か言ってるよな?」
「何かあったら、父様が相手を抹殺しちゃうわよ☆ って、つい……。理解できると思ってなかったの」
「理解してしまったのか。―――――まあ、多分抹殺するけどな」
「でしょう? だからつい、理解できないと思って言ったら、こうなってしまって………」
ぎゃー! 父、こっち来るな! 抹殺宣言の主が近寄るな怖い!!
「ぎゃわわわわわあああああん!!」
「ラ、ライカ………」
父がしょぼんとしているが、でも近寄るな! 怖い!!
ちなみに、この大号泣は泣き疲れた私がうとうととし始めるまで続いた。
「さ、ライカはもう寝ましょうね。お昼寝の時間よ」
「ん………ひくっ」
うん、目いっぱい泣いたからか、父の恐怖発言がどうでもよくなってきたよ。母、お部屋連れてってください。お昼寝します。あ、シトラスお願いします。
そう思っていると、母が私を抱っこしててくてくと動いてくれる。
シトラスは、お肉を食べ終わったらお部屋連れてきてください。
うん、いっぱい泣いたから眠たいの。………おやすみなさーい。