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猫と少女

 それから、双六以外にも花札やトランプ等で遊び、外が暗くなりだした頃にお開きとなった。

 部室には他にも色々と、椿姫の持ち込んだ物があって、海外製の輸入物等もいくつかあった。

 ちなみに、先ほど使ったお茶の道具などは水琴の私物だそうだ。苗字からして何となくそう思っていたが、旧家の出身で、瑞原が今の形になってからは代々外交官をしているらしい。

 どうして沢山遊び道具があるのかと静音が尋ねると、椿姫曰く、

「け、研究のためよ!いい?遊びも立派な文化なのよ」

とのことだった。

 遊びが文化として研究対象になるなんて考えたことも無かった静音は、やっぱり椿姫さんって凄い人なんだなぁ、と感心するのであった。抱きついてくるのが玉に瑕だけれども。




「それじゃあ、また明日ね」

「はい!」


 寮まで送ってくれた椿姫と別れ、自室に戻ると、今日は千夏が先に帰ってきていた。


「おかえりー」

「あれ、千夏ちゃん、今日は早いね」

「今日は部活休みだったからね。――なんかご機嫌だけどいい事でもあった?」

「えっとね」


 静音は、今日の実習授業での事と、そこで会った先輩に誘われて文化研究会に入ろうかと思ってる事を話した。


「へー良かったじゃん!実は結構心配してたんだよ?最近元気無さそうだったし」

「そ、そんなに元気無さそうに見えたかな?私」

「そりゃもう。ボクが男だったら付け込んでアレやコレや出来そうなぐらい」

「そ、そこまで……」 


 落ち込んでいる自覚はあったが、それでもある程度はしっかりしているつもりだった静音は、そう断言されて軽くショックを受ける。


「それで気分転換にでも、うちの部に誘おうかなって考えてた所だったんだけど、その様子だと大丈夫そうだね」

「心配かけてごめんね」

「いいのいいの。ボクもこのところ全然一緒に居られなかったからね」


 千夏の長いウサ耳が、静音を気遣うようにピョコピョコ動く。

 こんなに自分のこと考えてくれてたのに、相手にしてくれなくて寂しいなんて思っていた自分が恥ずかしい。

 静音がそんな風に考えていると、ふと千夏が思い出したように言った。


「ん、そう言えば先輩って3人だけだったの?」

「そうだけど?」


 遊んでいる最中に何気なく尋ねた時に、確かにこの3人で全員だと椿姫が言っていた。


「部室借りるのって5人以上部員必要なんじゃなかったっけ?確か5人未満になると部室取り上げられるとか聞いたような気がする」

「ふえ!?」


 3人ともそんな事は言ってなかったけれど……、もしかして気を遣ってくれたのかな。と解釈する静音。

 実際のところ、静音に気を遣ったというよりは折角の新入部員を逃がしたくないという思惑の方が強かったのだが、その事を静音が知る由もなかった。


「ま、今気にしてもしょうがないし、ご飯食べに行こ!」

「そうだね!」


 部員数の話は気になったが、それはそれとして、静音は久しぶりの千夏との食事を楽しむのだった。




 翌日、授業を終えた静音は、瑞原文化研究会の部室に向かっていた。

 今日の天気は久しぶりの晴れで、初夏を思わせる日差しが辺りに降り注いでいた。


「そろそろ梅雨明けかなぁ」


 と、汗が滲むのを感じながら歩いていると、ふと猫の鳴き声が聞こえた。

 声が聞こえた方に目を向けると、道の脇の木陰で丸くなっている三毛猫と、猫の前に佇んでいる巫女服を着た、静音より少し幼いぐらいの狐耳の女の子がいた。濃い茶髪のおかっぱ頭の少女である。

 どこかで見たような、と巫女服の女の子も気になったが、猫好きの静音としては、猫への興味の方が勝っていた。猫を驚かせないようにそっと近づく。

 すると、巫女服の女の子の隣まで近づいた時、女の子の呟きが聞こえた。


「ねこ……なべ……」

「食べるの!?」


 思わず声に出して突っ込む静音。


「じょうだん……ふふ……こんなにかわいいからつい……」

「つ、つい?」


 どうやら彼女は静音が近づいているのに気付いていたらしい。あまり抑揚のない、たどたどしい喋り方だが、不思議とはっきりと聞こえる声だ。

 そんな二人のやり取りの間も、猫は特に気にした様子もなく丸まったままであった。


「結構人に慣れてるのかな?」


 思い切ってさらに近づいてみる。手を伸ばせば撫でられる距離まで近づいても逃げる様子がない。

 そのままそっと撫でてみた。

 猫は、静音の撫でる手に合わせて気持ちよさそうに目を細めている。

 野良と言うにはそれほど毛皮が汚れていない。もしかしたら大学で飼っている猫なのかもしれない。

 

「わたしも……なでる」


 静音が撫でているのをじっと見ていた巫女服の女の子が、見ているのに我慢できなくなったのか、静音と同じように撫でようと手を伸ばした。

 ところが、彼女が手を伸ばすと、


「ふしゃー!」

「あう……」


 突然、猫が威嚇したかと思うとと、巫女服の女の子の手の甲を引っ掻いて逃げ出してしまった。

 引っかかれた所からは血がにじんでいる。


「だ、大丈夫?」

「へいき………でもいたい……」

「とりあえず、化膿しちゃうから洗わないと」


 近場の井戸まで引っ張っていき、傷口をしっかりと洗う。それから、持っていた手ぬぐいで手早く縛った。

 最近は勉強で篭もりっぱなしだったとはいえ、これでも静音は田舎育ちである。この程度の怪我の手当は慣れたものだった。


「ありがとう……」

「どういたしまして。しばらくは痛むと思うけど、あんまりいじっちゃダメですよ」

「うん……」

「それにしても、どうして急に怒っちゃったのかな」


 あれだけ大人しかった猫が急に怒り出すのは、いくら猫が気まぐれだといっても、そうそうある事ではない。


「わたし……むかしからきらわれやすいの」

「そうなんだぁ」

「しゃみせんにしたら……いいおとでるって、おもっただけなのに」

「それはダメですよ!?」

「?」


 かなりズレた考えの持ち主のようだった。


「そろそろ私行くね。一応、あとで手の怪我、お医者さんに見てもらったほうがいいですよ」


 そう言って立ち去ろうとすると、女の子が静音を呼び止めた。


「あ……なまえ……」

「ふえ?」

「わたしのなまえ……たま……」

「たま?」


 そういえば自己紹介をしていなかった。どうやら、たまという名前らしい。

 何だか猫の名前みたいだなぁ、と静音は思った。


「ほうじゅの……たまで、たま」

「珠ちゃんっていうの?」

「うん……」

「私は静音、静かな音って書いて静音」

「しずね……うん、おぼえた……それじゃあね、しずね……」


 静音も自己紹介をすると、噛み締めるように小さく頷きならが繰り返し、それから珠は満足そうな表情を浮かべて立ち去っていった。 


「不思議な子だったなぁ」


 そう呟きながら、静音も瑞原文化研究会の部室の方へと歩き出すのであった。

遅くなりました(´・ω・`)

あと1~2話程で一区切りになります(予定)

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