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運命の出会い?

 部室棟で3人が不毛な議論をしていた頃、静音は実習室で授業を受けていた。


「おおそうじゃ、明後日の実習は総合魔法学科の3年との合同になるから、この機会にしっかり先輩に教えてもらうんじゃぞ」


 実習授業の終わりに、初老の男性――錬金術科の実習授業を担当している源内教授はそう告げて教室を出て行った。年齢を感じさせない明朗な声である。

ちなみに源内教授は、世界でもかなり名の知れた錬金術師であり、魔法ではなくエレキテルというもので動く装置を錬金術で生み出した事で有名である。


 実習授業といっても、一年生の間は薬品の調合が中心で、実際に錬金術の実習に入るのは2年生からとなっている。

 これは、錬金術を使うためには錬金過程の正確なイメージが必要になるためで、まずは錬金術を使わずに調合して具体的な感覚を身に付けようというものである。

 それ以外にも、先ほどの告知にあったように魔法学部の学科の3年生との合同実習があり、魔法の実演と指導をしてもらうといった趣旨の授業となっている。

3年生側は後輩を指導することで、自分の成果の確認と理解を深めるのである。


「合同授業かぁ……」


 組む事になる先輩はどんな人だろう、優しい人だといいな。

そんな事を考えながら、静音は校舎の外に出た。今日の授業はさっきの実習でおしまいだ。

 特にする事も無いので寮へと帰ることにした。

 外は相変わらずの梅雨空で、道のあちこちに水たまりが出来ていた。

 瑞原に来てから買った茄子色の番傘を差して歩いていると、 傘で視界が塞がれるためか、同じように傘を差して歩いている人が沢山いるのに、妙に孤独に感じる。

 

 程なく静音は自室にたどり着いた。千夏はまだ帰っていないようだった。


「今日もお泊りかなぁ」


 最近は部活や学部の友人のところに泊まりに行く事が多く、千夏と会話する機会も少なくなっていた。

 別に仲が悪くなったとかそういうことは無いのだが、千夏は学部や部活で交友関係を広げているため、静音に割く時間が減っているのである。

 静音が、学業や金銭面を理由に買い物や遊びの付き合いが悪いということも理由の一つかもしれない。

 やはりどこかの部に入ったり、多少金銭面が苦しくても買い物なんかに付き合ったりするべきだったのだろうか。

 5月頭にあった学科の同級生を集めた食事会にも参加するべきだったかな。

といった事を考え、


「はぁ……」


 思わず静音は溜息をついた。静かな部屋に、雨の音だけがさらさらと響いている。

 実家の宿屋では、こんな日は雨に足止めされた客でむしろ賑わっていて、雨音をじっくり聞くことなど滅多になかった。

 食堂は、寮の食堂程ではないが人で溢れていて、いつも厨房を手伝っていた。

 薪が足りなくなって小屋に取りに行く時はいちいち傘を差す余裕もなくて、薪をなるべく濡らさないようにしながらも自分は濡れるのを構わず走っていた。

 そうして厨房に戻ると、料理をしていたお母さんが『風邪引いちゃうでしょ』と手ぬぐいで拭いてくれた。

 それから、それから――

 

(ダメだ)


 故郷の思い出と今の状態とを比べてしまっている自分の思考を静音は無理矢理断ち切った。

 そこでようやく、着物の裾が濡れていることを思い出し、足袋と一緒に脱いで洗濯物を入れる籠に放り込む。

 着替えは――いいや。

 下着姿でも風邪を引くような季節でもないし、夕食の時にでも着替えよう、と静音は考え、そのまま畳に寝転んだ。

 はしたないと咎める人もいない。

 その事を考えると、また寂しさがこみ上げてきた。

 夕食まであと2時間弱。勉強しなければ、とは思うものの、身体が動かない。

 静音は、実家から持ち込んだ、毛糸で出来た母親お手製の猫の小さなぬいぐるみをぎゅっと抱きかかえ、ただ雨音に聞き入っていた。




 それから2日後、初めての合同授業の日がやってきた。

 外は雨こそ降っていないものの、相変わらずの曇り空。


「キミが私のペアの子かな?」


 魔法実習専用の大きな実習室の中の指定された場所で静音が待っていると、後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこには、栗色の髪の快活そうな少女が立っていた。


「あ、えっとそうだと思います」

「そっかそっか。私は椿姫、琴平の椿姫よ。よろしくね!」

「し、静音です!」


 目の前の人が苗字を名乗ったことに少し驚きつつも自己紹介する。

 瑞原では苗字を持つのに特別な制限があるわけではないが、一般市民には特に必要がないためわざわざ名乗る人は少ない。

 必然的に、苗字を持っている人は旧貴族などの特定の家柄の人々が中心となるのである。

 よく見てみれば、椿姫の服装は装飾こそ簡素なものの、生地などは静音のものとは比べ物にならないほど上等なものである。

 失礼な応対をしてしまったんじゃないだろうかとか、私なんかが同じ場所にいてもいいのだろうかとか色々考えてさらに緊張する静音。

 ちなみに現在の瑞原では階級制度は廃止されており、種族差別と同様、公的には階級差別は存在しない。


「ん、ああ、もしかして苗字の事?」

「はう、ご、ごめんなさい」


 静音の反応を察したらしい椿姫に、静音はさらに萎縮してしまう。


「気にしないでいいよ。というかうちはただのしがない商家だからね」

「で、でもその、あの――」


 静音の耳が、おどおどした様子に合わせてピクピクと動く。


「あーもう、可愛いなぁ!」

「ふえ!?」


 それをじっと見ていた椿姫が、突然静音を抱きしめた。

 驚いた静音が手をバタバタさせてもがくが、しっかり掴まれていて抜け出せない。

 助けを求めて周囲を見渡しても、1年生は戸惑うばかりで、3年生は『またか』といった様子で、椿姫を止めようという人は誰もいなかった。

 

「あ、あの、離してください!」

「ダメー、あと5分」

「ふえーん!」


 離して欲しいというお願いは当然の如く却下された。

 結局その後、実習が始まるまで静音が解放される事はなかったのであった。


 それから授業が始まり、源内教授による簡単な説明も終わって、いよいよ上級生による魔法の実演となるのだが、静音は不機嫌なままであった。



「ねぇ機嫌直してよー」

「知りません!」

「だってほら、耳がピクピクしててすっごく可愛かったからつい……ね?」 

「ついってなんですか!まんま変質者の言い訳じゃないですか!それで済んだらお奉行様はいりません!!」


 思わず椿姫に食ってかかる静音。もし静音が猫のケモウドだったなら、耳と尻尾がピンと逆立っていたところだろう。

 相手が年上だとか、名家の出身なんじゃないかといった事もすっかり頭から抜けていた。

 さらに文句を言おうといきり立った静音だが、ふっと椿姫が穏やか目をして、


「ふふ、でも緊張は抜けたみたいね」

「――ふえ?」


 と言って、静音の頭を優しく撫でた。

 急な態度の変化に、さっきの奇行が椿姫なりの気遣いだったように思えてくる。

 やっぱり優しい人なのかな、そういえばあんな風に抱きしめられたのは何年ぶりだろう。

見た目や性格は全然違うのに、故郷の母親を思い出してしまった。 

 そんな風に静音が考えていると、


「だから――また抱きしめさせてね!」

「やです!」


 やっぱりさっき優しく感じたのは気のせいかもしれない。

 そう思いながらも、機会があったらまた抱きしめて欲しいかも、と思う静音であった。


「さて、あんまり遊んでると教授がうるさいから、そろそろ始めましょうか」


 そう言って椿姫が手早く魔法の準備を始める。

紙に五行を配した魔法陣を描き、魔法触媒の入った小瓶を手に取る。準備としてはそれだけだ。

 ちなみに、授業に用いる魔法触媒は大学側が十分な量を用意してくれている。なかなか高価なものだが、さすがは商業都市の公立大学といったところであろうか。


「今回使うのは五行式の火を出す魔法。知ってると思うけど、魔法には大きく分けて2系統あるわ。西洋の四大元素式と東洋の陰陽五行式ね。

 どちらの場合でも一番大事なのはイメージよ。どんな風に力が流れて、どんな風に変化が起きるのか、その過程をしっかりとイメージするの」


 その辺りのことは静音もよく知っている。これまでの授業でも何度も聞かされた魔法の基礎中の基礎である。

 それから魔法陣は制御を安定させるために用いるが、熟練者ならば魔法陣が無くても問題はない。

 

「そして、最後に呪文。これは意識を集中させるためのものだから好きな言葉でいいわ。私の場合は――」


 すぅっと息を吸い、意識を集中し、呪文を紡ぐ。


「水よ、火よ、木よ、金よ、土よ、絶えず、巡り、万物の理を示せ」


 呪文と共に、椿姫の手のひらに小さな火の玉が生まれる。

 その火の玉をボールのように軽く上に放り投げると、椿姫の頭より少し高い位置で静止し、さらに椿姫が手を動かすと、その動きにしたがって

火の玉も右へ左へと自在に飛び回る。最後に火の玉を手のひらに戻して息を吹きかけると火の玉は消えた。


「わぁー!」

「ふふん、ざっとこんなものよ。といってもこれぐらいなら、ちょっと練習したらすぐ出来るようになるけどね」


 感嘆の声を上げる静音に、少し照れくさそうに椿姫が応える。

 それから静音の指導が始まった。

 意外にもというべきか、椿姫の指導は丁寧で、今まで魔法を使った事がなかった静音にも分かりやすく、授業が終わる頃には椿姫ほどではないが火の玉を自由に動かせるようになっていた。

 

「うんうん、いい感じ!この分だとあっという間に追い越されちゃいそうね」

「そ、そんな事ないですよぅ。椿姫さんのおかげです」


 最近は色々と落ち込むことが多かったからか、褒められることがとても嬉しい。


「あ、そうだ。静音ちゃんってどこかの部に入ってたりする?」


 そんな静音に、ふと思い出したように椿姫が訪ねた。


「いえ、入ってませんけど……」


 その静音の返答を聞いて、椿姫の目がキランと光ったように見えた。


「ちょうど良かったわ!もし興味があったら私の部に来ない?」

「ふえ?」



「静音ちゃんみたいな子なら、うちは大歓迎よ!」

「えと、急に言われてもすぐには……」

「体験入部だけでもいいから!」

「それなら……でも……」

「決まりね!善は急げって言うし、早速部室に案内するわ!」

「ふえ!?」


 その時ちょうど終業の鐘が鳴った。源内教授は後片付けだけするように言い残して、さっさと教室を出て行ってしまった。

 生徒達も、それぞれ後片付けをして教室から退出を始めている。

 

「さあ、こっちよー!」

「ふえー!?」


 そんな生徒の流れの中、静音は椿姫に引きずられる様にして部室棟へと連れて行かれるのであった。

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