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小娘つきにつきまして!(2)  作者: 甘味処
2幕 研究の噺
8/51

#7 チートコード使ってます(敦彦)

◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


 どうやら、大変なところを目撃されてしまったらしい。

 駅の駐輪場で彼と対面して、本能のままにそう感じた。


 現在時刻、八時十分。

 間宵と奈緒を駅まで送り届けたところだ。


「あ、ああ、ああああ、あっちゃんッ!?」


 あんぐりと口を開けっぱなしにした坂土泰誠さかつちたいせいがこちらに顔を向けている。目を剥き、口を開き切っているその表情は、普通の人ならば異形なモノになるはずなのだが、彼の場合絵になるのだから不思議で仕方ない。


「お、おはよう、泰誠」


 と僕が呼びかけても、彼は表情を崩さなかった。強張った面構えのまま目を何度もごしごしとこすっている。よほど目の前で起こっていることが信じられないようだ。


「ちょっと待ってくれ。少し考える時間をくれないか。どうしてお前が可愛い女の子ふたりもはべらせながら、登校しているんだよ」


 そのまま泰誠はずんずんと距離を詰めてきた。奈緒と間宵を交互に見て、僕の耳元でささやいた。


「しかも、その制服は桜下おうか女子のものじゃないか。私立名門の……!」


 どうやら彼は、内向的な性格を持った超小食系男子である僕が、どうして桜下女子高等学校の制服を着た女性を二人も引きつれて歩いているのか、気になって堪らないらしい。

 一応美少女に値する女の子が僕の脇にもう一人いるのだが――ここでもまた沙夜はハブられた。

 つくづく哀れだ、と思う。


「彼、あーちゃんの友だち?」

「あ、ああ」


 なんのつもりか坂土泰誠の元に奈緒が歩みよる。

 ふわりと香るシャンプーの香りと化粧気のない美顔を前に、泰誠は落ち着きをなくし、ひたすらドギマギしていた。そんな間抜けな挙動をしていても彼の姿は栄える。どうしてだ?


「ちょっと待て、奈緒。確かに彼は僕の友だちだ。だけど……」


 だけど――、思うところあってあまり紹介したくない。

 そんな僕のささやかな望みをよそに、泰誠は身を乗り出して自己開示を始めていた。


「俺、坂土泰誠っていうんだ、あっちゃんの友だちやってます。よろしく」


 泰誠は相好を崩して白い歯を見せる。無垢な純情乙女はこの笑顔に騙される。

 爽やかな外見と反して、彼の内側に眠る“変態的思考”はただならぬものだ。腹に一物、どころではない。鈍感な僕ですら彼の性根の腐り具合を看破するのに、そこまでの時間はかからなかった。

 叩けばほこりが出る。いな、彼からは叩かずともぼろが出る。最近では校内で、『パンチラ王子』という蔑称が実しやかにささやかれているらしい。


 そんなパンチラ王子こと坂土泰誠に大切な幼馴染みが心を寄せるようなことがあってはならない、と念じていたのが幸いしたのか、奈緒は対して興味なさ気にぽっと息を吐き出した後、


「私は小早川奈緒。あーちゃんの幼馴染みだよ。よろしくね」


 社交辞令さながらの平坦な口調でいった。

 奈緒は人の表情から微細な感情の動きを分析できる慧眼を持ち、時々つく僕の嘘は平気で見破られてしまう。彼女にとってみれば、端正な仮面の裏に隠された泰誠の下心や裏心など、簡単にお見通しといったところなのだろう。


「お、幼馴染み……」


 泰誠が愕然がくぜんとした表情で、ぼそっとそういった。


 そして、僕の首に腕を回し、肩をぐっとつかんで身体全体を引きよせてきた。不意を突かれた僕は、まるで社交ダンスを演じるように一回転してしまい、女性陣に背中を見せることになる。彼の男のくせにきめ細かい肌がすぐ間近に迫った。

 先ほど述べた発言を撤回しよう。男にも縄張りなどを気にしていられない時がある。それは女子に聞こえない声量で密談をする時だ。今が正にその時だというように、泰誠がどこか気色ばんだ顔色をしてつぶやいた。


「おいおい、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか……。なんだよあの隠し玉。お前、あの子とどういう関係なんだ……!」

「あいつのいった通り、幼馴染みだよ」


 伝わらなかったのかと思い、「幼馴染みの定義はよくわからないが、奈緒は僕と幼い頃から馴染みのある女の子だ」と丁寧にいい直した。


「ふざけろッ! 漫画やゲームと違って現実の幼馴染みは、大抵の場合、残念ぶりっ子なんだよ!」

「残念ぶりっ子って、とんでもない偏見をお持ちだな……」

「俺にも幼馴染みがいるが、彼女はグリコのマラソンランナーみたいな顔してたぞ。それでいてぶりぶりだぞ、ぶりぶりぶりぶり。しかも居丈高いたけだかな態度で俺を足蹴にする。まったく嫌になっちまうよ」

「こ、個性的でいいんじゃないか?」

「いいか、あっちゃん。お前にいい言葉を教えてやる」

「またそれかよ」

「『幼いに、馴染みとかいて、夢と読む』だ!」

「いつにもまして、意味がわからん。もはや哲学の域だな」

「幼馴染みだ? 幻想なんだよ、そんなものは。俺が今見ているのは夢か幻か……」


 といいながら、手の甲でまぶたを何度もこすりだし、奈緒の姿を再確認して青ざめた。


「あれは本当に実像なの……か……?」

「こら、人の大切な幼馴染みのことを幽霊みたいにいうんじゃない」

「一体全体どんなチートコード使いやがったんだ!」


 反則技だ。といいたげな顔をして僕の頭を小突いてきた。


「チートって、お前、なにいってんだ……」

「それと、そこの可愛らしい子は誰だ!」

「可愛らしい子って?」

「ほら、ヘッドフォンぶら下げてる美少女のことだよ」


 今度は矛先が間宵へ向けられた。


「あれは――」


 ――妹だ、と包み隠さずいう。


「てめぇはチーターかよッッ!!!!」


 今にも殴りかかってくるほどの激昂げっこうっぷりで怒鳴りちらした。


「なんだよ、チーターって!」

「チート行為を存分に行って、悪逆非道の限りを尽くす悪辣な連中のことだよッ! おいおい、どうしてお前ばっかり神さまに愛されているんだよーッ!」

「神様に愛されているって、そりゃ――」


 ――お前のことだろう。


「大体、チートフル活用しているお前にいわれる義理のない話だ」


 思ったまま僕は口にした。


「は? なんの話だよ」


 ところが彼は意に介さない顔を浮かべている。


 彼の名は坂土泰誠。僕と同じ高校に通うクラスメイトだ。登下校の手段は電車を使う。高校の最寄駅がこの駅であるために、ここで偶然出くわしたということになる。


 なんといっても彼は風采が優れ、桁外れに頭がいい。

 容姿端麗、頭脳明晰。天から与えられたそれらの素質をチートと呼ばずしてなんと呼ぶべきか。


 ただし、彼には致命的な欠陥がある。

 それは、病的に持てあました性欲を日常的に発散させてしまう、という悪癖があることだ。

 たとえば、女子と話している時、セクハラワードを悪びれることなく連発したり、どうにかして女子生徒のパンチラを覗こうと階段下で白々しく待ち構えていたり――と。


 とにかくもったいない男だった。

 もし、女子を前にするとテンションが急上昇する病気が完治したとすれば、または、脳に性的思考を抑圧するリミッターを取りつけることに成功したとすれば、絶世の貴公子と世間でのたまわれることになってもなんら不思議ではない。


 僕らがおたおたしている間中も女子勢は足を止めてくれていたようで、駅の階段手前の所で待機していた。ふと見れば、間宵と沙夜が手を繋いでいる。どうやら知らぬ間に仲直りしたらしい。

 このまま男性陣の臨時集会が終わるのを待っていても何も生まれないと判断したのか、奈緒が口を切った。


「じゃ、あーちゃん。私ら学校遅刻するといけないから、そろそろ行くね」

「ん、ああ、いってらっしゃい」


 僕は声をかけた。ふたりに――。

 しかし――。

 我が妹は口を利かないまま、こちらに振り返ることもせず駅の構内へ駆け下りていった。


「あ、あれ……?」


 帰ってきてからというものの、間宵の調子がどこかおかしい。

 体調が悪そうだとか、元気がなさそうだとか、そういう目で見てとれる異変ではないのだ。単純にいってしまえば機嫌が悪く、怒りの沸点が低すぎる。

 しかもそれが僕に限ってのことだというのだから、思春期が原因というわけでもないらしい。


 その違和感は客観的に見ても存在していたようで、泰誠が眉をひそめながらぼそりと呟いた。


「あの子、ほんとにお前の妹? なんか機嫌悪くない? なんかあったん?」


「さぁ」としか答えようがない。


「ひょっとすれば、どこぞのサプライズ大好きアメリカ人さんが、うちの妹と入れ替わっているのかもしれん」


 至極、バカバカしい話だが本気で思った。



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