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◆◇エピローグ◇◆

 ◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


 今現在、俺は大榎が運転する車の後部座席に乗せられていた。優雅さを振りまくようにラベンダーの香りが車内に広がっている。大榎悠子の車に乗せられて学校から帰宅するところだった。カーステレオから流れる音楽に身を委ねていると、昨日の戦闘の疲れからか、いかんともしがたい睡魔に襲われた。


 睡魔か――思わず笑みがこぼれる。危機感が足りないのかもしれない。甘えているのかもしれない。


 俺は耳を澄まして音楽に意識を没入させた。オーケストラのメロディも捨てがたいが、ジャズの自由な旋律も性に合う。かしこまらずに自由に奏でられるその旋律は、俺をしがらみから解き放ち、自由にしてくれるようだった。


 ちなみに、大榎の助手席に座っているのはあずきという名の犬神憑きだ。上下関係をはっきりさせるというように、厳格な態度で腰を据えている。時おりこちらの様子をうかがって、したり顔でへっへっへと舌を出していた。助手席よりも後部座席の方が上座だということをどうやら彼は知らないらしい。


 大榎悠子の家へ向かう途中、不意に大榎が「あー……」と気の抜けた声を発した。なにを思い立ったのか知らないが、車を路肩に寄せた。そして、こちらに視線を投げることなく、前方を向いたままいう。「ねえ、アネモネ。あたし喉乾いたから。そこにある自動販売機で飲み物買ってきてくれないかしら?」


「は?」彼女がなんといったのか、俺は理解に苦しんだ。「憑きものに使いばしりさせる人間は初めてだ」


「パシリも立派な仕事よ」

「パシリを強要する教師がどこにいる」

「ここにいるわ。いいからいきなさい」


 あずきが犬らしい鳴き声で「わん」と吠えた。「新入りはご主人様の命令に大人しく従え」とでもいいたいのだろうか。先輩の催促があってというわけではないが、水掛け論をしていてもしかたないと判断した俺は、しぶしぶ立ち上がって車内から足を踏み出した。


 俺の頬を撫でるのは生暖かい風。春の風はぬくい。全身で春を感じる。現実を感じる。長い――長い夢を見ていた気分だ。都会の街、大きな交差点をまたいだ先に四台の自動販売機が並んでいる。しかし距離が結構あった。わざわざ人ごみをかきわけ、交差点を横断せねばならない。


 車内でくつろいでいる大榎に目を向けた。もう少し、よせてくれてもよかったのではないのか――。


 その疑問はすぐに氷解した。春の風よりも温かな気配を感じて、俺はゆっくりと振り返る。そこには――人の波に押しよせられ、それでもまっすぐとこちらを向いてたたずむ――藤堂間宵の姿があった。



「ありがとう……」



 彼女は大粒の涙をこぼしながらも、

 懸命に笑みをたたえようとしている。


 間宵はそれだけいうときびすを返して、雑踏をかき分けるように歩き出した。俺は――。伸ばしかけた腕をおろす。踏み出した足を戻す。彼女を引きとめることをせず、後ろ姿を目だけで追った。彼女の背中を見つめ続けた。


 とにかく、これでは――


『そういう時はね、あざといぐらいの笑顔でありがとうっていうのよ』


 ――話が違う。


 周りの人々はみな、「なんだ、どうした?」というような奇異な視線を彼女に注ぐ。憑きものの姿が見えない者たちは彼女の奇行が不思議に思えるのだろう。そういう誤解から怪奇現象なるものが生まれるのだ。


 だが、俺たちはただ普通に過ごしているだけにすぎない。

 人間のように、泣き、笑い、悲しみ、喜び、憂い、


 生きて、死ぬだけだ。


 この街を行く人々はみな、死んだような目をして、それぞれがそれぞれの道を行く。働くことだけにとらわれ、それが正しいと信じて疑わない。人生の本質をわかっていない。利益至上主義であるこの世の仕組みは、すこぶるわかりやすいが、呆れるくらいに愚かしい。


 いいさ、俺はどうせ悪魔憑きだ。

 人間を莫迦にして、なにが悪い。


 けれど――今は――少しだけわかったような気がする。死んだような顔をして働くのも、自分の人生を惜しみなく犠牲にできるのも、他人を思いやっている証なのだろう。酔狂な人間が溢れている日本の民は、そのことばかりに夢中になれるのだ。大切な誰かのためにと――。それがこの国の国民性だというのならば、これほど暮らしやすい国は他にはなかろう。


 歩くだけで身体が雑踏に巻き込まれ、窮屈さのあまりに息をつく。あの兄妹の顔を思い浮かべながら、今日も温い風を切った。




(了)




 ご愛読ありがとうございました!


 追記:そろそろ第三弾を連載開始する予定です。その際はよろしくお願いします。(2013/12/04)

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