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小娘つきにつきまして!(2)  作者: 甘味処
終幕 決別の噺
47/51

#46 とっておきの道《タオ》(敦彦)


 ◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


 散り散りになって空に溶けた死神憑きの残像を眺めながら、僕は空を仰いでいた。どうして、止まらないんだろう。止められないんだろう。自分自身、この胸からあふれる抑えきれない感情にためらって、整理できないまま混乱していた。


「終わったわ。無事に死神憑きは討伐した」大榎悠子が僕の方へ向いて、ぎょっと目を見開く。「まったく……。あんな憑きもののために涙を流すなんて……。相変わらず不気味な血統だわ」


 異形な生物を眺めるような目を向ける。僕は彼女の言葉に耳を貸さなかった。いや、自分の中で出来事を整理するので頭がいっぱいだった。大榎は明らかにイラついているという風に、髪を結んだ真紅の紐を解いたうえで頭をかきむしった。


「あなたは一体なんなの? あの死神憑きが逃げたら、何百人もの被害者が出たのよ。たくさんの人が死んで、ここいら一帯が事件の渦に巻き込まれていたわ。そんな覚悟はできていたはずよね」


「覚悟……していた……つもりです。ただ……やるせないだけなんです」

「やるせない? だったら、どうなればよかったのよ? どんな結末を望んでいたというの? どうにもならないって最初にいっておいたわよね」


「わかってます。わかっているんですが、どうしても止められなくて……」


「あの憑きものが可哀想だとか思っているなら、それはお門違いな感情よ。あたしたちは死神憑きだからという理由で殺したわけじゃない。あの憑きものは触れてはならないルールを破ってるの。天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさず。悪い憑きものは誰かれ構わず殺す。あなたの妹を殺した憑きものに情けをかけるだなんて、間違っていると思わない?」


 そうだ。死神憑きは間宵を殺した憑きものだ。相応の憎しみがあり、殺される筋合いだってある。


「あの死神憑きのことが不幸だとでも思ってる?」

「……はい」

「ええ、そうね。もちろん、不幸よ。あたしたちはみんな幸福に慣れているだけなの。いつ死んだっておかしくのない日々をのうのうと過ごしているだけ」

「そっか……。だから死神憑きはあんなこといったのか……」


 ――『ボクの方が生に近がった! なのに、どうしてだッ! どうしてゆるされない!』


「そう。あたしたち、そして死神憑きは生きようとしただけ。今回は運良くあたしたちが勝った。でも次はわからない。今度はあたしたちが不幸な結末を迎えることになるかもしれない。それでも、やり直したいと思うの? お手手繋いだハッピーエンドを迎える未来を望んでいるの? どちらも助けようとなんて甘い考えを抱いていると、いずれすべてを失って負けるわよ」


「いや、多分……これでよかったんです。僕は大切なものが失われるのが怖いだけのはずだった。周りのこととか考えていない無鉄砲な愚か者かもしれない。……けど……なんていうんですかね、周りの者を虐げてつかんだ幸福がこんなにつらいものだなんて……考えたことなくて……」僕は服の袖で涙を拭った。「大榎さん……一つだけお訊きしてもいいですか? 彼女はどうして生まれてきたんですか。人間を殺して、人間に殺されるためですか……? ぼくには、どうしても割り切れないんです……」


「ええそうよ。少なくとも、この世界ではそういうことになっている」

「……ご主人様。あなたに私たちのルールに則れとはいいません」沙夜が口を開く。「けれど、たしかに存在するんです。触れてはいけないこと、どれだけ不条理でも認めなくてはならないことが……この憑きものの世界には」

「そうだな……」


 僕は大榎の方へ振り向き、頭を下げて礼を述べた。


「大榎さん、あなたには感謝しています」僕が本心をいうと、大榎はくすぐったそうな顔をした。「自分勝手な判断をして、死神憑きを殺した。それなのに、やっぱり……間宵の命を救えたことが嬉しい。この感情って勝手なんですかね……?」


「いいえ、それでいいのよ。人間らしくて素敵だわ。あなただけではなく、大体の人がそんな感じ。全てを救えるはずなんてない。どれだけ力を持っていようが、結局のところ、あるのはちっぽけな身体だけ。目は二つ、手と足は二本ずつ、身体は一つ、それだけよ。結局、限られた人だけを護るための力しかないんだから」それだけいって、「あなたの両親は、大切なものを選びきれずに死んだ」と続けた。


「大榎さん……なにか……知って……」大榎の口から両親のことが出てくると思っていなかったので、僕は驚いた。


「無理に真実をたしかめろとはいわない。真実なんてものを追求しようと迷ったり悩んだりする、それほど愚かな行為はないわ。あたしたちのような人間にできることは一つしかない」大榎は僕の肩を強く掴んだ。鋭い眼光で僕を見据える。「藤堂敦彦、敵味方の分別をつけなさい。その胸の痛みに慣れるのよ。憑きものの世界に限らず、この世界で生きていく限り、皆がそういう風に割り切って生きているのだから。そうでもしないと――」ひと呼吸入れて、「――向けるべき矛先を見失うわよ」と結んだ。


 大榎悠子の言葉は染み入るように、僕の心に響いた。


「あと勘違いしないでちょうだい。あの憑きものはあなたじゃなく、あたしが殺したのよ」手柄を横取りしないで――ともいった。僕はもう一度、大榎に感謝をした。この無上の悲しみは、一人だったら抱えきれなかっただろう。今だからわかった。彼女が一番、つらい立ち回りをしているのかもしれない。


「そんなことよりも、藤堂間宵は平気なの?」

「間宵……」


 僕は横になっている間宵のもとに駆けよった。大丈夫だ。心臓の音が聞こえる。呼吸をしている。濡れ縁に横にして念じるように彼女の覚醒を待つ。


「おに……い……ちゃん」間宵の目がゆっくり開いた。


「間宵!」僕は反射的に彼女を抱きしめた。その存在をたしかめるように――。「よかった……。本当によかった……」


 たしかな間宵の温もりを全身で感じた。こよない喜びがわきあがってくる。僕は叫びたくなる。妹は生きている。生きているんだ。


「あはは、痛いよ……」不器用に抱きしめる僕を見て、間宵は呆れたように微笑した。「もう……、妹が助かった時くらい泣いてよね」


 妹は泣いていた。僕は泣いていなかった。結局、両親が死んだ時から変わっていない。今ならわかる、涙が出ないのはもっと簡単な理由だったんだ。


「違うんだ……。嬉しくて……お前が生きていることが、どうしようもないくらい嬉しくて……、だからさ……」


 間宵を見る。今置かれている現状に強く感謝した。


 僕は大切な人の生死の狭間で泣くことができない。それ以上の混乱が襲いつけてくるからだ。妹が助かった今でさえ、その事実を確かめるので精いっぱいで、喜びをかみしめることにいっぱいいっぱいで――。両親が死んだときは悲しくて、空しくて、現実が認められなくて――。つまりは――。


「……泣いてる場合じゃないだろ」

「あはは……なにそれ、おかしい」涙目になったまま、間宵が微笑んだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 これですべてが終わった。そう思った。そんな時――

 ――僕らの背後にいたアネモネが音もなく倒れた。


 間宵の目が見開かれて、僕は遅れて気がついた。


「アネモネッ!」僕が駆けよるよりも先に、間宵がアネモネを抱きかかえた。


「当たり前だわ。体力が限界だったのよ」と大榎がいった。


 日本へ来る前からずっとタオを使い続け、そして、疲弊しきった身体を奮わせ、死神憑きと闘った。全ては間宵のために――。傷だらけのアネモネは、呼吸しているのもやっとといった状態だった。僕は彼の肩を激しく揺さぶる。


「おい、目を開けろって! 間宵が助かったんだぞ! おい!」ぴくりとも動かない。


「アネモネ……そんな……、嫌だ、嫌だよ、そんなの……」間宵の眸に涙がたまっている。

「アネモネさん……」沙夜も目を真っ赤にしていた。


 先ほどまであった安堵は一転し、僕らは一斉に絶望していた。


「起きてよ、アネモネ……。あんたが死んじゃったら意味がないじゃん……」


 死ぬ。死ぬのか。悪魔憑きも死神憑き同様に、死ななくてはならない存在だから死ぬのか?


 そんなことってあるのか――。アネモネは――もう自分は定めを果たしたというように、誇らしげな顔をしたまま、少しも動かなかった。妹の頬に涙が伝う。間宵は動かない肉体に、何度もアネモネという憑きものの名を呼び続けた。


「ふふ、愚かね。だからあれほど妖力を使い続けるなといったのに……」大榎悠子だけが取り乱していなかった。呼吸も、挙動も、口調も、一切、取り乱していない。「いい? あなたたちに教えといたげる。人の忠告を聞かない者は早死にする。憑きものであれ、人間であれ、他人を頼りにしなくては生きていけないんだから」むしろ、清々しく笑っている。


「大榎さん……。そんないい方って……!」


 少しショックだった。僕は大榎を睨みつけたまま、なにもいえなくなってしまった。一時期、沙夜を殺そうとした彼女と慣れ合っていたつもりはないけれど、心を許したわけではないけれど、僕の頼みを受け入れ、間宵を救うべくもろ肌を脱いでくれた大榎悠子に、好意を感じていたのに――。やはり、悪魔憑きは悪魔憑きであり、どう生きようが殺される運命にある、憑きものの常識に従って死ぬべきだ、と考えているのかもしれない。


 わかっている。それが正しいのだ。そのごまかしようもない現実に目を背けてはいけない。それでもショックだった。友のためにあれだけの怒りを覚えることができる人間が、こんなにも薄情なのかと――。


 大榎はもう一度――今度は微笑みを湛えるように――口を開いた。


「なにやってんの、ばか兄妹。ちんたらしてると“本当に死ぬ”わよ。まだ間に合うわ。“とっておきの手段タオ”があるでしょう」


 そういうが早いか、大榎がアネモネに口づけをした。


「「「……え?」」」僕と沙夜と間宵は同時に言葉を失う。


 ふらふらとおぼつかない足取りで屋敷の柱に寄りかかった大榎は、僕らを順々に見やったのちに憎々しげにつぶやいた。「……ち。これだから、子供は嫌いなの」


「わーお……」すぐ横では、欧米風のリアクションで沙夜が驚いている。



次回 ▷ #47 過去――これから――(アネモネ)

日時 ▷ 今日中か明日

 あと四話ほど続きます。


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