表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小娘つきにつきまして!(2)  作者: 甘味処
8幕 真相の噺
37/51

#36 死の契約と悪魔の約束(アネモネ・回想⑦)


 ◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


 ――なにがどうなっている!


 なぜ、こんなに肌身が粟立つのか。わからない。わからないが、ひたすらに嫌な予感がする。それは恐怖なのかもしれないし、焦燥なのかもしれない。どちらにせよ、これまでの俺が直面したことなかった感情だ。


 自宅の方向から異様な妖力の流れを察知した俺は全速力で来た道を走っていた。屋根の上を駆け、淀んだ空気をけるように跳び、屋根から屋根へ移り、着地、跳躍、反復、そうしてまた駆けていく。


 間宵の身になにかよからぬことが起きている。それが今抱いている危惧感の正体だ。もしや、憑きもの殺しの連中に感づかれたのか。その可能性は大いにある。だとすれば、俺のせいだ。


 だが、感じる気配はもっと異質であるようにも思えた。憑きもの殺しが発する妖力の濃度などたかがしれている。生まれてからこれまで、危険が迫った時いつでも反応できるよう周囲を察知し続けてきたが、これは今まで嗅いだことのない気配だった。そう、マリア・フランクリンの近くで感じとった悍ましい匂い、それと酷似している。


 ――くそ、あれほどいっただろう!


 格段と気配が近くなった狭まった通りに足を踏み入れた。そこに藤堂間宵がいた。……が、辿りついた時には遅かった。そこにあったのは周囲の景色が濁流に呑み込まれたかのような残骸。そこにあったはずであろう物体が、パレッドの絵の具をかき混ぜたかのように散乱している。このような破壊力に富んだタオは生まれてこの方見たことがなかった。


 吹き飛ばされた間宵の身体を受け止めることはできたものの、すでに彼女は満身創痍といった状態だった。


 間宵を斬った、少女の見た目をした憑きものに視線を向ける。俺と同族ではない。悪魔憑きよりもっと珍しく、そして強大な力を持った憑きもの。俺の手に汗が滲んだ。冷や汗を流すなんてのは何年ぶりのことだろうか。


 古くから話には聞いていたが、この目で見たのは初めてだった。まさか本当に実在しているとは――。


 禍々《まがまが》しい鎌。

 そして異常な匂い。悍ましい妖力。

 点々と宿主を変えて妖力を奪い去り、人に害悪を及ぼすためだけに棲息する憑きもの。


 間違いない。あれは“死神憑き”だ。


 小柄な体型をしたそいつが、俺たちの方へ真っ赤な目を向けた。


 ――しまった。


 死神憑きに一瞬の隙をつかれて、よろけ、手放してしまった間宵の身体。俺が間宵の元にたどり着く前に、彼女の身体に突き立てられた禍々しい鎌。


 だから俺は、死神憑きが間宵の影に潜り込み、取り憑くすんでのところで、右手を伸ばし、咄嗟に――。


 だから――俺は――。


 咄嗟に俺は――。


 咄嗟に――。


 俺は――。


 ――。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ビルの屋上から路面を覗き見ると、異常な数のパトカーのランプが爛々と輝いているようすがうかがえた。あれから三時間以上が経過しており、日はすっかり傾いている。警察の連中が慌ただしく捜査を進めているようだが、無駄だろう。憑きものという生物の存在を認知できない警察機構に、この事件の主犯を突き止めることなどできやしない。それに死神憑きによる大量殺人など異例中の異例だ。それらの理由から未解決な怪奇事件として処理されること必然だ。


 証拠もなければ、それを証明する手段もない。あまつさえ、唯一ことの成り行きを把握できるであろう憑きもの殺しの組織は、だんまりを決め込むに違いない。あいつらは影にいようとするためか、臆病なまでに面倒ごとを恐れる。だから、あの場で死んだ連中の名前は偽装されることとなるに違いない。といえど、俺にとってはそんなことはどうでもいいことだが――。


 ビルの屋上。俺はここに間宵の身体を横に寝かせて、彼女が覚醒するのを待っていた。無事に俺の思惑が通るのならば、いずれ目を覚ますはずだ。


「……う、ううん」しばらくすると予想通り間宵が小さくうめき声をもらした。

「……気がついたみたいだな」

「あ……れ? わたし……生きてる……。どう……して? わたし、さっき、たしかに……」


 ゆっくりと目を開けた間宵は、即座に身体を起こし、驚きを隠すことなく自分の身体をあちこち触りだした。それは、まるでそこにある生を確かめるように――。


 生きていることに安堵しているというよりは、なにがなんだかわからず、そこしれない不安感との対面にひたすら恐怖しているようだった。その証拠に彼女の頬に一筋の涙が伝っている。


「そうだ、マリアさんは……!」

「運び出そうと考えたが、すでに死んでいた」

「……そっか」

「人の心配をしている場合ではない。お前は自分の身を案じるべきだ」

「そうだ……。どうしてわたしの身体に傷がひとつもないの?」

「……生きながらえているだけだ。お前は……いずれ死ぬ」


 実際に彼女は死んで、そして生き返ったのだ。このまま事実を伏せておこうかという考えが頭によぎったが、誤認してしまわぬうちに真実を伝えることにした。知らないよりは知っておいたほうがいい。下手な喜びを与える前に奈落へと突き落とした方がよほど楽になれる。


「……え、なんで、まだ生きていられてるの?」

「死神憑きが回復系統のタオを使ったためだ。奴らは死に絶えた命を条件つきで蘇らせることができる」

「でもわたし……その死神憑きに殺されたん……だよね?」

「そうだ。だから条件というものが重要な役割をになっている。死神憑きは死にかけた人間の無意識に語りかけその契約を結ぶ。よって術者であるお前は生き返った。いうなれば回復系統のタオと呪縛系統のタオとの併用だな。死神憑きがお前の影に潜み、身体を癒した。無抵抗で殺されるという条件つきでな」


「殺される……って。じゃあ、どこかにまだあの子が……」

「お前の影の中に潜んでいる」うっそりと伸びた影を指差しながらそういった。


「じゃあ、もうじきに……また、あの子が現れて……」

「それはない」

「どうして?」

「俺のタオのことを覚えているか?」


「憑きもの封じの……タオ

「そうだ。お前の影に潜り込み、行使しようとした寸前のところで、死神憑きのタオを俺が封じた。あの死神憑きが死の契約を結んだんだ。だから俺がタオを停止させた瞬間に死神憑きが呪縛から解放され、お前は死を受け入れることを余儀なくされる」


 死神憑きが扱う、独特のタオ。弱った憑きもの筋に取り憑き生命を与え、妖力が回復するのを待ってから、もう一度殺すという。そのタオを行使した術者は抗うことができずに殺される。つまり、死の契約。今もなお死神憑きは間宵の影に存在しており、虎視眈々と機会をうかがっているのだろう。


「そっか……わたし死んじゃうんだね……」

「ああ……」

「それまでに心の整理……しないとね……。ありがとう……時間をくれて」

「いや……」


 感謝されるいわれなどない。なにをしたというわけでもないのだ。余命を伸ばしただけで、救済したというわけではないのだ。俺がしたことは時を誤魔化したにすぎない。


「あーあ……。やりたいこといろいろ残ってたんだけどなあ……」


 間宵が涙を拭った。しかし、次から次へとこぼれてくる涙を止めることなどできないようだった。

 そろそろ頃合いかと、俺は立ち上がって間宵に背を向ける。


 別れの言葉はどういえばいい?

『じゃあな』か『さらば』か『さようなら』か?

 どんな言葉をかければ、こいつは――否――俺は満足できる?


 どういうわけか、足が思うように動かない。気がつけば俺は彼女の方へ振り返っていた。


「……さあ、今度は悪魔の契約といこうか」


 俺の口はなにをいおうとしているのだ。自分のことながらに、途端わけがわからなくなった。


 俺は悪魔憑き。人間に情けをかける必要などはない。そうだ。この時こそ、あの日俺を裏切った人間の復讐をすべきだろう。「すまん」と声をかけて去っていけばいいではないか。この小娘を見捨てて、見限って、見殺してしまえばいいではないか。俺を捨てた連中がそうしたように――。


 ――否、違う。否否、わかっている。ここでこの娘を切り捨てたとして、それはただの腹いせに過ぎない。人間に対しての復讐を間宵に果たしたところで満たされるものなどなに一つないだろう。なにもないが、ここで情けをかけて得るものだってなに一つない。俺の身体をまとう堅牢けんろうからがぐらりと鳴動めいどうし、だんだんと落ち着きをなくしていく。なんなのだろう、この甘ったれた感情は……。


「契約? 約束ってこと?」涙声の間宵がはっきりした口調でそうただしてきた。


「そうだ。俺がタオを使い続けている限り、お前は生きていられる。だが、期待するな。永久に、というわけにはいかない。そこで契約だ。お前は……いつまで生きたい?」


 間宵はまつげを伏せて黙り込んだ。つぐまれた口が小さく開かれる。


「……お願い、アネモネ。あと三ヶ月、三ヶ月だけ時間をちょうだい」

「三ヶ月? やけに長いな。別に俺は構わないが、それではお前の体が持たないかもしれない。いくら莫大な妖力を生成できる器だといえ、お前の妖力にも限界があるはずだ」


 実際のところは、三ヶ月もの間、タオを使い続けているとなれば、俺の身体も危険かもしれなかったが、それは黙っておくことにした。


「うん。でもね。このままじゃ“や”なの」


 また、“嫌”なのか。

 人間は変なところにこだわる。


「嫌だとは、なにが嫌なんだ? 死ぬことが嫌だなんて理屈は通らないぞ」

「うん、わかってる。でも中途半端は嫌なの。とりあえず、残り二ヶ月、アメリカでの生活を終わらせたい……」


 そうだ。こいつは……ものごとを途中で放り出すのを嫌う女だった。こんな境遇に立たされてなお、己の信念を変えないということか。


「それでね……、日本に帰るの……」

「日本に? なぜ今更……?」


 彼女は一粒だけ涙をこぼしてから、ぐっと顔を上げた。


「最後に……最後に本当の家族に――」


 顔を上げた間宵は決意の意思を満面にたたえており、

 そして、もう――泣いていなかった。


「――お兄ちゃんに会いたいの」



 次回 ▷ 早いうちに


 原因不明のスランプに陥ったので、当初の予定を変更し、こちらの方を優先して更新させていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ