#33 繰り返される悪夢 その2(敦彦)
アネモネと闘ってから二日が経ち、本日を凌げば休日が始まるという金曜を迎えていた。
ちなみに屋上でアネモネと暴れた夜の翌日に京子さんが、「化けネズミがでた!」と騒いでいたが、それはおそらく僕らの戦闘による騒音のことをいっていたのだろう。京子さんの口ぶりから察するに、戦闘により生じた震動は僕が思っていたよりも、よっぽど酷く響いていたらしかった。
もちろん、屋上で起きた真実を包み隠さず話すわけにもいかず、「猫が騒いでいたんじゃないですか、僕の部屋からは鳴き声が聞こえましたし」と真相を二重三重と包みまくったような返事をした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本日金曜は、昨日まで執り行われていた実力試験の結果が返ってくる日だった。
妹のことも気が気でないが、試験のこともそれなりに気にかけないといけないだろう。特に過去、数学の試験で烈々なる敗北を期しているため、かなり不安だった。
しかし、次々と返ってくる試験は僕の想像以上に良好なものだった。どれもこれもが平均点以上で、その中にはクラス順位の上層部に食い込むほど芳しい結果なものもあった。
野暮なことこの上ない推察だが、それらの結果は今後起こる悪い出来事の予兆であるようにも感じた。立たされている状況が状況なだけに、素晴らしかった試験の結果を素直に喜べないのは結構つらい。
とはいえ、それなりには喜んでいた。放課後、返ってきた解答用紙を学習机にだだっ広く並べるぐらいは――。それを見ながら鼻を鳴らすぐらいは――。
「ふふん、勉強の成果ってやつか。やればできるんだな、僕も」
僕の席の周りには泰誠と手嶋がいる。傍に二人を置いて、答案用紙を自慢げに広げているという状況だ。ご満悦な僕の気持ちに水を差すように、
「いや、師がよかったんだろ」
と泰誠がすげなくいい、
「うん。師がよかったんだろうね~」
泰誠の言葉に手嶋も同調した。
「……」
二人は僕の試験結果を見ても当然だという顔しかしなかった。彼らの曲がりに曲がった物差しで測ってしまえば、僕の結果など勉強すればとれる“当たり前の”点数に値するのだろう。
ちなみに、パンチラ王子こと坂土泰誠は勉強の成果あって、クラス順位一位という結果だった。勉強の成果があますことなく結果として返ってくるあたり、本当に化け物じみていると思う。手嶋の方は泰誠に次ぐ二位という結果。まだ細かな結果が出ていないのでなんともいえないが、彼らはきっと学年順位の一位と二位を独占しているに違いない。そんな病的なまでに優秀な二人から勉強を教わったのだから、僕のこの輝きに満ちた結果は確かに当然といえば当然か。豆腐のおから、清酒の酒かす、ではないが、僕の結果などは泰誠と手嶋の結果に付随して得られた副産物でしかない気さえして、ちょっとだけ空しかった。
とはいっても、二人とこうして肩を並べているのが誇らしかったりとした。心なしか――もちろん、うぬぼれているだけなのだろうけれど――周囲の生徒から見られる目が一変したように感じる。
泰誠と手嶋は、別に僕がいい点を取ろうが悪い点を取ろうが、彼らの中での評価はほとんど変わらないのだろう。そう考えてくれている点はとてもありがたい。
しかし、僕としては謙虚にこの結果を受け止めることができず、もっと褒めてもらいたい、というのが実の気持ちであり、どうにかして褒めてもらえないものかとそんな欲求に駆られていた。僕の結果は当然の結果であるわけで、二人は僕によくやったといってはくれないのだ。
「ほ、ほら、でもこの問題なんてお前らに教わってないところだぞ!」
解答用紙の一か所を指でさし示しながらいった。そこの問題は、二人に教えられていなかったところだったので、自信満々に己の手柄を主張したわけである。だが二人は口をそろえて、
「運がよかったんだろ」
「運がよかったんだね~」
というだけだった。
「あんまりだろッ!」
隣りでは沙夜が腹を抱えてけたけたと笑っている。それを横目で見る。僕のことを慕っているはずの小娘憑きは、爆笑のあまり涙まで流していた。
『なにがおかしいんだよ?』
『いいえ~。ご主人様、ご主人様のくせに威厳がないな~、と思いまして~』
『ほっとけよ!』
試験の最中に沙夜が、「ご主人様、いざとなれば私を利用して、カンニングという手段も取れますが、いかがなさいます?」とささやきかけてきたあの時ばかりは、可憐な沙夜の姿がさも悪魔のように映った。文字通り、悪魔のささやきだった。
『まあ、よかったじゃないですか! えへへ、私、ご主人様のことちょっとだけ見直しました! はい!』
『なんだよ、そのとってつけたような言葉は! それと、今までずっと失望していたみたいないい方するのはやめろ! 主として空しくなるから!』
といいつつも内心で安堵していた。その気持ちを代弁するような溜息が幾度か零れる。
これで、問題ごとが一つ減った。
このようにして、新生活を迎えてから膨大に抱えた問題ごとを、一つずつ、一つずつ着実に減らしていこう。決心を新たにして前を向く。
「まあ、こんだけ結果が良好だったら、あの日の悲劇の再来ということはないだろう」
「さすがにね~」
なんにせよ、落ちこぼれという烙印を押される事態からは免れたはずだ。これでテストなどという厄介ごとがやっと片付き、これからは本格的に妹のことを――。
――不意に――嫌な予感がした。
それは背筋がぞっと冷えあがるような情感であり、例えば、背面に気配を感じ室内を見渡せば、実際に壁にゴキ●リが張り付いていたという経験はないだろうか――。僕には――ある。この時もそれと同等の嫌な予感を催したのである。念のためという心持ちで、おそるおそる教室後ろに設置されている、深緑色した掲示板へ振り向いた。
そこに張り出されていたプリントには――
〈補充授業該当生徒:二年A組、藤堂敦彦〉
「あ……れ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
補充授業というのは、知識が足りていない生徒のための救済処置であり、これをしっかりと受けなければ、もう一年、学園生活を――云々。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――既視感だ。四月を迎えたばかりの教室は大して暑くもないのに、僕の身体からは汗が大量に噴き出てくる。いや、既視感ではない実体験だ。二か月前、あの時も同じ場所に僕を補充授業へと誘うプリントが、同じような感じで張り出されていたのだ。
この事態には泰誠もいぶかしんだ表情をしていた。
「おいおい、あっちゃん。今度はなにをやらかしたんだ……?」
「ほあ~、進級そうそう凄いね~。これってベストタイム更新じゃない?」むしろ感動したといわんばかりの手嶋。彼女の眼鏡越しの眸から僕に尊敬のまなざしが注がれている。それは劣等生を蔑むような目ではなく、偉人を崇め称えるような目だった。
「ご主人様、凄いです! また見直しました! はい!」沙夜までもが快哉を叫んでいる。
学年がくりあがって一番初めに挑んだテストで、どういうわけか『補充授業が必要あり!』と断言されたようである。
「……いやいやいやいや、今度こそ本当に身に覚えがないぞ!」
第一、これは実力を測るためだけのテストではなかったのか――。成績にかかわらない、いわば、みんなで仲良く走るランニングのようなものだから、気を抜いてもよかったはずなのだ。今回ばかりは、作為的に仕掛けられた学校側の陰謀なのではないかと現実を疑った。無実が発覚した暁には、こんな不名誉なことを書かれたことを裁判沙汰にでもしてやるつもりだった。
そんな気持ちの半面では、こんなことをするのは、“彼女” しかいないだろうと考えていた。
というよりも、それ以外に考えられない。
足が鉛のように重たくなった錯覚に見舞われながらも、僕は一棟一階にある生徒指導室へ足を向けた。
次回 ⇒ 5/9
『#34 どいつもこいつも(敦彦)』




