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小娘つきにつきまして!(2)  作者: 甘味処
7幕 言葉の噺
32/51

#31 悪魔憑きとしての過ち(アネモネ・回想④)

 ◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


「俺は――悪魔憑きだ」


 自分の正体を打ち明けることにした。

 どうして打ち明けることにしたのだろう。

 失望されたくなかったからか。


「あーっ! そうだったんだ!」


 大抵の人間は悪魔という言葉を聞いただけで怯み、脅えを見せるはずなのだが、この間宵という小娘はむしろ嬉しそうな顔をしている。


「なーるほどねぇ、どうりで“嫌な感じ”がすると思った!」


 それどころか、合点がいったといわんばかりに手を打った。わからない難問がやっと解けた数学者のような、傍から見ても清々しい笑顔を浮かべている。ある意味で気味の悪いほどのにやけ顔だった。


「ふん、奇妙なやつだな。“嫌な感じ”がしていたのに俺を助けたのか?」

「いいじゃない別に、なんだって目の前で“倒れられて”いたら起こすでしょ。本だって倒れていたら立てとくよ、わたし綺麗好きだし。なんかダメなの?」

「警戒心がたりない。もし、俺が元気になった瞬間、お前に危害を加えたらどうする? お前だけじゃない。俺が本気を出せば、町中の人を殺すことだって可能だ。そうなったらどうするつもりだった?」


「ああ……」とうめきをもらし、俺の脅しに少しだけ怯えを見せた。


 ごまかすように笑いつつも顔が引きつっている。しかし、すぐになにかに思い至ったかのように笑った。笑い直した。


「その時は、あれだよ、あれ。マッチポンプだね。わたしがあなたを倒して、国民的ヒーローになりあがるよ」


 力こぶを作るように華奢な腕を振り上げた。


 ちなみに小娘のいう、マッチポンプとは文字通り、マッチで火を付け騒動を起こし、それをポンプを用いて鎮火する。つまり、騒動の主犯は自分であるのにもかかわらず、それを自ら解決することで手柄や名誉をものにしようという行いのことだ。

 平和ボケしきった頭に俺は呆れていた。


 そんな時、俺達の近くを何者かの影がちらついた。俺はすぐにそれらの正体がなんなのか察しをつけた。


 ――憑きもの殺しの印。


「し! 伏せろ!」


 小娘の頭を乱暴に掴み、地面に押しつけた。幸運なことに、この通りはいやに薄暗く、近くに置かれたポリバケツがうまく奴らの視界の妨げとなってくれていた。


「うぐ、な、なにすんのよ!」


 掌の中でもがく娘の頭を更に強く押しつける。


「静かにしていろ……! 殺されたいのか……!」

「……ってなに、今目の前を通っていった人たち何者? あの人たちが引き連れているの、憑きもの……だよね?」

「そうだ。あれは憑きもの殺しの連中だ」


 俺は連中に狙われていたことをすっかり失念していた。ことを辿れば、奴らに狙われ、逃げ続けているうちに妖力が尽きて、ここで倒れていたのだった。


「ああ、憑きもの殺し。それなら知ってるよ。憑きもの殺しの友達がいるからね」

「友達がいるのか。意外とこの世界に精通しているんだな」

「それで……、どうして隠れるのよ? 別に悪い人たちじゃないでしょ」

「知らないのか? 俺はあいつらに殺されても仕方ないほど危険な憑きものなんだ……」

「へぇ、知らなかった。前科何犯? 罪状は?」

「む……」


 わざととぼけているのかわからない対応に俺は困惑させられる。やつらが行き過ぎたのを確認してから、俺はすっと立ち上がり、小娘に鋭い視線を落とした。


「人殺しは数えきれない」


 とはいうものの、幾ら人間を殺そうが、おそらく、“関係ない”のだ。悪魔憑きは悪魔憑きである限り、“悪魔憑きだからという理由で”問答無用に殺される。


 それよりも、知り合ったばかりの小娘に俺はどうして心を許してしまっているのだろうか。それと胸の中に空いてしまった、この空洞はなんだ。先ほどから調子を狂わされてばかりいる。


 生死の狭間を彷徨したからか――。

 それとも、この少女と邂逅を果たしたからか――。


「ふぅん……。といっても、憑きものの基準はわからないなぁ。わたしの友達の憑きものだってたくさん憑きものを殺してるよ。でも悪いことをしているわけじゃないし」

「憑きものを殺すのと人間を殺すのとでは話が違うだろう」

「違わないでしょ。わたし、そういう考え方はあんまり好きじゃないかも。人間も憑きものも同じ生きとし生けるものなんだから、平等に扱うべきだわ」

「まぁ、たとえ、その考えが通用するとしても、だ。アメリカでは、悪魔憑きは危険な憑きものと見なされ、問答無用で殺されるんだ」

「へぇ、世知辛い世の中だね」

「では、俺はこれで……」


 今度こそ、小娘と別れようと思った。さすがに今の話を聞かされれば、少女も俺を解放してくれるだろう。


 しかしそういうわけにもいかないらしい。去ろうとしたところ、襟首を思いきり掴まれた。世界が急に揺れ動いたので、なにごとか、と横目で小娘を見る。

 見れば、頬をふくらまし、上目づかいで俺のことを睨みつけていた。


「なんだ……、まだ俺に聞きたいことがあるのか?」

「いや、どうして立ち去っちゃうの? まだ話の途中じゃん。これから、たっぷり同情してあげようと思っていたんだけど?」

「同情などを好き好んで聞きたがるやつなんているのか」

「しかも、『これで』っていうもの不愛想でむかつくし」

「なんだ、またその面倒な日本語講座か。……だったらなんていえばよかった? 『じゃあな』か? 『さらば』か? 『さようなら』か?」

「っていうか、『じゃあね』も『さらば』も『さようなら』も違うでしょ。なんで颯爽とどっか行こうとしているのよ。せっかく知り合えたのにさ。わたし、あなたに妖力を供給してあげたばっかりに、くたくたになっちゃってるんだけど?」

「だからなんだ、もう少し優しく接しろと?」

「ちっがう! そこまでわたしは恩着せがましくないよ! ほら、縁は異なもの味なものっていうでしょ? もうちょっとさ、巡り合いを大切にすべきなんじゃないかっていいたいの」

「聞いてなかったのか? 危険なんだ、悪魔憑きである俺といると。さっきのやつらを見ただろう。俺を殺そうとしているんだぞ」


 執拗な呼び止めにいい加減、辟易していた。


「あなたがどうであろうと知らないわ。わたしとしてはチャンスなの。わたしのお父さんはね、星回りをとても大事にしていた人なんだ。人型の憑きものと巡り合えたのなんてデスティニー。これもなにかの運命だわ」

「だから、俺は…………」

「うん、わかってるよ。この際、危険でもなんでもいいや。行くとこないならわたしの夢に付き合ってよ」


 夢に――付き合う?

 目の前の小娘はさっと右手を差し出した。


「わたしの名前は藤堂間宵。留学してアメリカの土地に踏み入れた、日本人だよ」


 差し出された右手を俺は無意識に握っていた。

 その際、『よろしく』だとかそういう慣例的なあいさつを交わすべきだったのだろうが、いかんせん慣れていないので、思ったように言葉を使いこなせなかった。そして、そのもどかしい意味合いをつまびらかに伝える言葉すら考えつかなかった。


 だから、黙った。

 黙りながら、気がつけば――

 無自覚に笑っていた。


 その瞬間、ガガガ――と俺の中のなにかが崩壊する気配を感じた。

 悪魔憑きとして作ってきた“殻”が、破られようとしているのだ。

 俺が俺でいるための、悪魔憑きが悪魔憑きたらしめている、大切な殻が――。


 きっと、これを破られては生きていけぬだろう。

 “生まれてはならない意味が生まれてしまう”から――。

 悪魔憑きは悪魔憑きとしてでしか世を渡ることが許されないのだから――。


 しかし、それでも構わないと俺の身体は受け入れている。


 この時、俺が要求を拒んでいたら、結末はもっと清々しいものになっていたのだろうか――。否、結果がどうなるにしても、俺はこの時、今後来る兆候を早々に察知して、引きさがるべきだった。


 しかしながら、初めてみる優しさというものに、小娘の魅力を前に、引き下がる術がなかった。


 それが初めて犯した――

 ――悪魔憑きとしての過ちだったのだろう。


 次回 ⇒ 4/30

 間宵パート、回想


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