#21 憑きもの殺し現る(敦彦)
宗教の勧誘や新聞の勧誘は、いつも朗らかな顔をしてやってくる。狙いをつけた対象者を巧みな話術と穏やかな笑顔で油断させ、隙あらばと切り込んでくるのだ。
といっても、僕自身がその勧誘を経験したことがあるわけではない。なにかの小説で読んだ覚えがあるだけだ。
その小説にはこのようなことが書かれていた。
彼らが使う気遣いや慇懃な態度は、善意か悪意か区別がつかない。
彼らはきっと爪の隠し方を知っているのだろう――と。
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だから――というのは明らかな詭弁だが、“憑きもの殺しの一派”が僕の家にやってきた時、僕は全く気づけなかった。
そもそも、宅配業者の恰好をした男たちの“中身”が、憑きもの殺しが差向けた“憑きもの”であったなど、誰が想像つくだろうか。少なくとも僕は想像できなかった。
「人手が足りないのです。およろしければ、お荷物をお運ぶのお手伝っていただけないでしょうか?」などという宅配業者としては、あるまじき言葉をいい放った時に警戒するべきだった。もしくは、「お」が異様に多いことを不審に思うべきだった。お人よしでお節介でお真面目な僕は、二つ返事で彼らの要求を引き受けてしまった。
この日、学校で試験があった。昨日行った勉強会の甲斐あって、自分でもびっくりするほどにすらすらと回答を記述できたことで、僕は上機嫌だった。それもまた、用心深いはずの僕が、疑りもせずに引き受けてしまった要因の一つであるといえるだろう。
――恰幅のいい人が三人もいるのに変だな、とは思った。
それほどまでの大荷物が届くことになるとは聞かされてなかったし、屈強そうな男たち三人でも持ち運びが困難になるほどの荷物が送られてくるなど思えなかった。
だが、武史さんの仕事がら、ゲーム機本体が家に送られてくることがしばしばある。なので斉藤家では、「届くものはとりあえず受け取っておく」少々がめついように聞こえるかもしれないが、それが通例となっていた。
とにかく、そのようにして、僕を路地裏まで誘き出すと、その宅配業者たちは、“人の皮を脱いだ”。
「……え?」
間抜けにもその寸前となるまで、こんな細い通りのどこにトラックを止めるスペースがあるのだろう、などと考えていた僕は大変驚かされた。
現れたのは三匹の憑きものだった。
一匹は蛇の姿をした憑きもの。仔細はわからないが、きっと蛇憑きと呼ばれるのではないだろうか。隣で唸り声を上げる、巨大な猫のような憑きもの――猫憑きか。
もう一匹は、大榎の憑きもの、“あずき”と同種の犬神憑きだった。シェパードのような姿をしたあずきよりも体格が大きく、その姿はまるでセントバーナードのようだった。普通のセントバーナードは温厚そうな見た目をしているのだが、僕の目前にいるそいつは普通のよりも気性が荒そうだと感じられるほどの、目つきの悪さをしていた。
足元に転がっている、意識を失った宅配業者の人たちと、憑きものを交互に見やる。
すっかり忘れていた。文字の通り、憑きものは人に憑依できるのだ。
初めて見たその光景は、セミの幼虫が羽化した時のような、ある種、神秘的ともいえなくもない魅力があった。宅配業者の背後を撫でるように、にゅるりと抜け落ちてきたのだ。
その神秘的な光景に目を奪われた……、次の瞬間には殴りつけられていた。
「う、ふぁ!」
鳩尾に蛇憑きの頭突きが食い込み、僕は肺の中の空気を一気に吐き出してしまう。そのまま、数メートル吹き飛ばされた。地面でこすれた痛みが、頬にじんじんと広がっていく。
情けなく地面に転がってしまった僕の頭上から声が聞こえた。
「あなたが、藤堂の末裔ね……」
と高飛車な口振りで物陰から現れた一人の女性。ハスキーな声色だった。短い銀色の髪が整髪料でがちがちに堅められ、ハリネズミの体毛のように逆立っている。気が強そうな凛々しい眉に吊り上った眸。口にはピアスがついていて、耳には大きなイアリングがぶら下がっていた。
そして、どこで鳴りをひそめていたのか知らないが、その女性につき従うように体格の良い四人の男たちが次々と僕の前に現れた。服装はみな、ラフな恰好をしている。一般人に溶け込むためか、とも考えられたが、彼女らは好き好んでそういった服装をしているのだとも感じられた。
「あなたたち、何者ですか……?」
と訊ねた時に悍ましいほどの恐怖に駆られた。なぜなら、それぞれの憑きものに見覚えのある猩猩緋色した印が刻みこまれていたからだ。
あれは――
――憑きもの殺しの印。
僕の問いかけを受けて、リーダー然とした金髪の女性が口を切った。
「私たち“憑きもの殺し”よ」
やはり、そうか。
恐怖が明確なものと化す。
「……こんな所まで呼び出して、なんのマネですか?」
「坊や、知らないのかな、あなたは私たちの組織に目をつけられているのよ。ただえさえ、膨大な妖力を所持した藤堂家の人間が、人間を脅かす小娘憑きと生活を共にしている。ということで、“処罰”の許可が下りたわ。よからぬことを考えないように、軽く痛めつけてきてもいいっていわれたの。だから、私たちがあなたの目前にいるということ。これでおわかり?」
――『それと憑きもの殺しは、あたしたちだけじゃない。きっと、あなたたちの関係を、快く思わない人が大勢いるはずよ』
過去、大榎がそのようにいっていたのを思い出した。
「さぁ、これだけの人数を前にあがいたって無駄よ。“大人しく痛めつけられなさい”」
「なにをいって……」
「ま、本当は人間を殺しちゃいけないんだけど、“痛めつけているうちに死んじゃった”場合は、仕方ないわよねぇ」
「……!」
こいつら――僕を殺す気だ。
途端、使命感に駆られた。殺されてたまるか。
それは藤堂家の血筋を絶やすわけにはいかない、というような立派なお題目ではなく――。
痛む腹部を抑えて立ち上がり、歯を食いしばって奴らと向かい立つ。
――僕が死んでしまえば、誰が沙夜や間宵を護るんだ。
そのただ一点だった。
間宵と僕。僕らは藤堂家、唯一の生き残りなんだ。そして、沙夜は僕の大事な憑きものだ。
どちら共に失うわけにはいかない。
僕が狙われるということは同等の理由で、間宵も狙われることになるだろう。
相手の数を確認する。五人の人間と三匹の憑きもの、人型のものはいない。人間と憑きものの頭数が合わないところから察するに、ひょっとすれば、もう二匹、憑きものを影の中に隠しているのかもしれなかった。それぞれの憑きものの仔細はわからない。
しまった――。
激しく後悔した。両親から与えられた憑きものの本に目を通しておくべきだった。ほとんどの種類の憑きものが掲載されたその本は、膨大なページ数を誇った本だったので、すっかり後回しにしてしまっていた。
そこまで考えた時、連中が、「わあ、鯛で鯛が釣れた!」と楽しそうに顔を仲間うちで見合わせて、笑いだす。
なにごとかと前方に目を凝らせば、
「ご主人様ッ!」
という声を伴って、憑きもの殺しをかき分け、沙夜が駆けよってきた。
きっと、僕の帰りが遅いものだから、健気な憑きものは様子を見に来たのだろう。
「お、おいバカッ! なんで来たんだよッ!」
「帰りが遅かったもので……。嫌な予感がしたんです。あの、大丈夫……ですか?」
「ああ、僕は大丈夫だ……」
沙夜に駆けよって、肩を抱き寄せた。
怖気づいている態度を見せないように、勇気を振り絞って、一歩前に出る。
「なんなんだよ、あんたら……」
「だから憑きもの殺しだっていってるじゃんかよ。危険な憑きものを殺す」
やはり、僕らを殺すつもりらしい。
だが、本当に“殺し”だけを目的としているなら、今の時間を利用して、沙夜に攻撃を加えられたはずだ。わざわざ、僕と沙夜を合流させる必要なんてない。道を存分に使ってくれといっているようなものだった。
「危険な憑きものだから殺す……なんていうのは建前だったりもする。本当はさ、楽しくてやっているの。殺戮のゲーム。危険とみなしたものは全て無遠慮に殺していいのよ。こーんなに気持ちのいい職業は他にないわ。私はね、あなたたちの噂を小耳にはさんで、潰してみたいなーって思ってたのよ。で、あまりにもあっけなく終わってしまいそうだったから……」
「だから、僕と沙夜を引き合わせたのか? どうかしてる……」
「その通り。知らないの? 大抵の憑きもの殺しってそういうものよ」
「でも……、あの人は違った……」
大榎悠子の顔が頭によぎる。確かに彼女は自分の判断で僕らを殺そうとした。だが――。
――『どうしてあなたが泣いているのよ!』
彼女は僕を殺そうとした時、悲痛な表情を浮かべた。なにかを諦めるような。沈痛な顔をしていた。彼女からは少なくとも人間味が感じられた。こいつらにはそれがない。人間として備わっているべき感情がない。
「ひょっとして、坊やがいっているのって、大榎悠子のこと?」
いい当てられたので、なにかしらの力を利用して、心を読まれたのではないかと勘ぐった。思わず頭を押さえてしまう。数いる憑きものの中には、人の心を読む憑きものがいても不思議ではない。
「知っているのか?」
「知っているもなにも、元々、彼女は私たちの組織の人間だったの。そういえば、そうだったわね。彼女は“あなたの担当だった”はずね」
“担当”というのは、僕が不穏なことを起こした時のため、監視しているという意味だろう。僕は憑きもの殺しの話を懸命に聞くふりをしながら逃げ道を探した。
「懐かしいわぁ、大榎悠子。ある日を境に脱退しちゃったけど、今も元気でやっているのかしら」
「……脱退した? 大榎悠子はもう憑きもの殺しではないのか?」
「いいえ、今も昔も彼女は憑きもの殺しよ。だって憑きもの殺しにライセンスなんていらないもの。私たちが徒党を組むのは、単に効率よく仕事ができるからってだけの理由なのよ」
「……憑きものを殺すのに効率もなにもないだろ……! 仕事だからって理由で憑きものを殺して、罪悪感とか……わかないのかよ……!」
「そんなものわかないわ。自分でいうのはあれだけど、憑きもの殺しは気狂った人間が大半なの。動物を殺して、喜ぶような人たちばかり」
ダメだ……。こいつらはどうかしている。
「あなたのいうとおり大榎悠子は例外よ。私たちの中では人格者な方。そして、落ちこぼれだった。犬神憑きを使役しているのにもかかわらず、憑きものに対する憎悪が足りていなかったのよ」
落ちこぼれ?
どう考えたって、こいつらよりも実力が上であるような気がする。
「そして、彼女はね、私たちの殺り方が気に食わず、造反者と化した。しかも厄介なことに、“とある事件”をきっかけにして、憑きものに対して尋常ならない憎悪を持ち始めたの。そして、彼女は一気に実力を……」
長々と無駄話をくり広げていてくれたので、その間に隙ができた。
「沙夜ッ! 裏手から逃げるぞッ!」
「は、はい!」
大榎の話が気になったが、僕は沙夜の手を取って駆け出した。この路地裏で相対するのはあまりにも分がなさすぎる。あれだけの人数を前に勝てるとは思わない。
せめて、今だけでも、逃げ切れれば――。
いや――。
逃げてどうなる――。
どうにもならない話だ。今だけ助かっても意味がない。
それに、あの日から、覚悟をしていたはずだ。
もし、もう一度僕らの前に憑きもの殺しが現れたら、覚悟を決める――と。
選択をすると決めていたはずだ。
逃げずに現実を受け止め、対立するのか、それとも、潔く命を絶つのか――。
だけど、――嫌だ。
彼らがもし、真っ当な正義感を持って、僕を殺そうとしているのならば、潔く死んだっていい。おそらく、それほどの覚悟をしていたところで、死期が直前にまで迫れば、「死にたくない」と思ってしまうのだろうが、納得はできる。
大榎悠子に殺されかけた時、僕は納得していた。沙夜のためならば、そして自分の我がままが憑きものの常識に背いているというのならば、“死んでもいい”という考えが脳裏のどこかでよぎった。
でも違う。こいつらは違う。
“殺しを享楽だ”と捉えている。
そんな奴らに殺されるのだけは絶対に嫌だ。
それに今僕が死ねば、問答無用で沙夜も殺される。下手をすれば、間宵までも――。
あってはならない。あっては――。
大榎悠子の言葉が頭に蘇る。
――『もし複数でこられた場合、対処の仕様がないじゃない』
どうすればいい。
とりあえず、今は逃げるしかない。
「さて、小手調べといきますか!」
後方から犬神憑きが道を使って攻撃してくる。発射されたのは青白い光の玉だ。大榎の犬神憑きが扱う道とは手法が大きく違っている。同じ種類であっても、犬神憑きによって闘い方はまちまちなのだろうか。
なんにせよ、この攻撃なら――。
「ご主人様、私の肩に手を添えてください! あの憑きものの能力値のことならば頭に入っています! 私の道で防ぎきれます!」
「わかった!」
すぐに背後へ向き直り、いわれた通り、沙夜の肩に手を添えた。すると、頭に激痛が生じた。道を発動する時に走る、脳みそを何者かにぐちゃぐちゃに掻き乱されるような、凄まじい激痛だ。
「う……くぅ……」
妖力を供給してやる時に味わう頭痛には慣れてきたが、この手の痛みはいまだにちっとも慣れやしない。
そうして、僕らの前に光の壁ができあがった。
これが沙夜の道。守護系統の道だという。
犬神憑きが放った盛大な攻撃が、霧状になって消え失せる。
「ふぅん。あなた、守護系統の憑きものだったのか。やるじゃないの」
奴らは口々に笑い声をあげる。数で押しているのだから、僕らがどれほどの道を使おうが、関係がないといいたいのだろうか。
「ねぇねぇ。もっと過激な技はないの? ほら、私たちを楽しませてよ」
剽軽だ――。奴らの言動がいちいち鼻についた。
まるで、弱い者をいたぶっているような口ぶりだ。実際そうなのだろう。
正義感を振りかざせるほど優位に立っているわけではないけれど、そういった行為をしているこいつらが憎たらしくて仕方がなかった。
女性の声を背後において、僕らは必死の思いで小路を駆ける。
「みんな、行きましょ。憑きもの狩りよ」
――なにが憑きもの狩りだ。ふざけている。
――こんな奴らに殺されてたまるか。
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またも遅れてしまって、すみません。
キーボードが故障していました。
次回は明日投稿します。




