#20 兄妹やめます宣言(間宵)
泰誠さんと美代子さんが家を出ていくのを確認してから、わたしは兄の部屋まで行きました。
兄の部屋に入るのは、こっちへ帰ってきてから二度目にあたります。ノックもせずにそのまま突入しました。
兄の部屋は上質な芳香剤のような甘い香りで包まれています。
沙夜ちゃんの匂いが広がって、染みついているのでしょう。
ルクリアの花の香り――。
ベッド上では、沙夜ちゃんがふしだらな恰好で寝転がっていました。寝相が悪いのか、服装が乱れ、艶めかしい太ももがほとんど露わになってしまっています。なにより、彼女は下着をつけていないので、もう少し腰を浮かせてしまえば、恥ずかしい部位が丸見えになってしまうのです。兄はそのことを知っているのでしょうか。
「ちょっとお兄ちゃん! 友達家に連れてくるのはいいけどさ、あらかじめいっておいてくれないと困るんだけど!」
「ああ、悪かったよ」
兄はテレビゲームをしていました。無線でゲーム機と繋がっているコントローラーを忙しそうに動かし、テレビに視線と神経が注がれていて、わたしに一瞥もくれません。
「ちょっと聞いてんの!」
電源と繋がっているテレビのコードを引き抜くと、テレビの画面はまるでまばたきをするように明滅した後、ぷつりと消えました。
「お、おい! なんてことを! それは究極の禁忌だ! くそ……、京子さんのみが扱える必殺技だと思っていたが……まさかお前まで……。どうしてくれるんだ! セーブ前だったんだぞ!」
「ゲームの方は抜いてないよ! 抜いたのはテレビのコンセントの方だけだってば! 人と話する時は、目を見て話してよ!」
「……なに怒ってんだよ? そもそも、勝手に部屋に入ってくるなってあれほど……」
「てかさ、ゲームばっかしてていいわけ? お兄ちゃんこそ“将来のこと”考えなよ!」ここぞとばかりに頭ごなしにいい返しました。
「ゲームばっかりしているわけじゃないよ。お前も知ってるだろ、さっきまで勉強してたんだぞ。それに、このゲームは、武史さんにぜひやってみてくれって頼まれているんだよ」
兄には、某有名ゲームメーカーで勤めている、武史さんが制作したテレビゲームをテストプレイする、という習慣があるのです。
真っ当な兄のいい分にわたしは押し黙ってしまいました。謝ろうかと口を開きかけましたが、その前に、兄はなにも気にしていないというように、
「手が空いてるなら、ほら、ツーコンあるから手伝ってくれ。沙夜じゃゲーム下手くそ過ぎて全然プレイが進まないんだよ」
といい、穏やかな笑みを湛えながら、わたしにコントローラーを差し出します。
「む。私だって慣れればこのくらい容易なのですよ、はい!」いつの間にか起きていた沙夜ちゃんが、声を張り上げました。
「わかった、わかった。まずはボタンの配置から覚えような」
「む、むぅ~! こうなったら、昼夜兼行で猛特訓してご主人様を驚かせてみせますからね!」
「いやいや、それは勘弁してくれよ。横でカチャカチャやられたら眠れなくなるだろ」
「ふふふ、寝不足の疲労と私の成長ぶりの驚きをダブルで味わうがいいです! そして、ご主人様が混乱しているところを狙い打ちます! はい!」
「おまッ! どんな知将だよッ! それにこれ、対戦ゲームじゃないから! せめて協力する意思表示だけでもしてくれ!」
そうして沙夜ちゃんと接している時の兄の顔は、優しげで親しげで、温かで――。
十五年間、ずっと一緒に暮らしていましたが、それは初めて見せた表情でした、
兄は腰を浮かせ移動し、すぐそばにクッションを置いて、そこに座るよう促してきます。わたしは指定された通り、兄の横に腰をおろし、『ツーコン』と呼ばれるコントローラーを手に取りました。
再度点けなおした画面を見れば、ぴっぴこぴっぴこと二等身のキャラクターが、まるで、「それしかやることがないのでひたすらに踊っています」というように存在を主張しています。リズムゲームのようでした。
「こうやって、お兄ちゃんとゲームやるの、何年ぶりのことだろ」
昔はよく一緒にやっていたような記憶があります。
「え、そんなに久しいかなー。あ、そこ十字キーをグルグルしなくちゃいけないからな、心して掛かれよ」
「了解しました~」
それからしばらく、大した話題もなく、お互いが沈黙している時間が続きました。時おり、「そこ難しいから」だとか、「アイテムはお前が取っていいぞ」とかいう声がぽつぽつと聞こえてくる程度です。
隣を見れば、兄は真剣な表情で、画面に集中していました。
いうとすれば、ここが――頃合い……かな。
「あのね、お兄ちゃん、わたし……」
「んー? どうかしたか?」
勇を鼓して話しかけたのですが、兄の気の抜けた言葉に、わたしは出鼻をくじかれました。
「いや、なんでもないよ……」
「変なやつだな……。お、ほら、それ取ってみろよ。パワーアップするぞ」
「あ、うん」
面と向かって真相を伝えるということが、これほどまでに、難しいことだとは思いませんでした。頭の中で何度もシミュレーションを繰り返したはずの言葉の数々が、小さな衝撃でバラバラに砕けていくようです。
本当のことを知ってしまった時、兄はどんな顔をして驚くのでしょう。考えるだけで嫌な気を起こします。それにもう少しだけ、兄とこうして遊んでいたい。そんな純粋な気持ちが多少なりともありました。
「血液型では、最悪の相性らしいね……、わたしたち」
ゲーム画面のキャラクターを操作しながら、わたしは何気なくいいました。画面上のコミカルなキャラクターが思い通りに動いてくれないようで、兄はぶつくさと文句を垂らしながら、わたしに返答しました。
「あー……。あんなの信じなくてもいいよ。僕は占いがやっぱり苦手だ」
「どうして?」
「占いで自分の性格が決めつけられているような気がして、なんだかむず痒いんだよ」
「あ、それはわかるかも」
「ちょっと想像しにくいかもしれないけどさ。お前は、これからどうするつもりなんだ?」
「唐突になに? どうするつもりって……」
「今後のことだよ。留学した経験を活かしてなにかを始めるとかさ。そういうのしないの?」
「しないよ……」
「なんだよ、もったいない。せっかくアメリカに行ったんだから、なにかしら……」
そして、わたしはその宣言をもの凄く、あっさりと発していました。
まるで、「部活辞めます」だとか、「バイトやめます」だとかいう要領で、咄嗟の衝動に駆られたように、わたしの口を衝いて出てきた宣言でした。
「もうあったまきたッ! わたし、お兄ちゃんの妹やめるッ!」
わたしは立ち上がって、思いきり兄を睨みつけていました。
「………………は?」
「お兄ちゃんの“妹やる”のやめるっていってるのッ!」
「な、なにいってんだよ。……おい急にキレるなって」
当然のことですが、事情を汲み取れない兄は頬を引きつらせ、困惑した顔を浮かべています。
「やめる、やーめた! たった今やめたっ!」
「やめるってなんだよ! そんな簡単なもんじゃないぞ!」
「えんがちょ!」
「……」
「これで、やめれた!」
「お前にとって僕の存在はその程度のことなのかっ! なんかもっと、こう……、心細くなったりするだろ!」
「いいもん! わたし、アネモネの妹になるから!」
そういいながら、わたしはアネモネと腕を組みあいます。それまで無言、無表情でいたアネモネが明らかに迷惑そうな顔をしていました。
「ぶッ!」
兄は口に含んだミネラルウォーターを噴き出しました。水を口からだらだらと垂らしながら、こちらにがばっと顔を向けます。
「はぁ!? なにいってんだ、お前ッ!」
「そんな無粋で、唐変木なお兄ちゃん、大っ嫌い!」
わたしは勢い余って、首にかかっていたヘッドホンを兄目掛けて投げつけていました。
さすがにわたしのこの行いには兄もムッとなったようで、語調を強くします。
「帰ってきてからずっと機嫌悪いと思っていた……、それを僕は今までずっと我慢していた。久々に会うからさ、なるべく、角突き合わせないようにしようって、いい聞かせてきたんだ。僕はお前が気が立っている原因に気付けない愚か者だよ。でもな、……モノには当たるなッ!」
「そんな利口なこというのも、お兄ちゃんらしくないっ!」
「わかったよ。お前みたいなじゃじゃ馬妹、こっちから願い下げだッ!」
「ちょっと、ご主人様……」
心配そうに成り行きを見守る兄の憑きもの。
それでも、兄の口は止まらない。
そんな沙夜ちゃんの肩を抱いて、
「じゃあ僕は沙夜のお兄ちゃんになるッ!」
「ちょ、ちょっと! ご主人様っ!」
あろうことか、そんなことをいってのけました。
そして、沙夜ちゃんもなにを喜んでいるのか、頬を赤く染めて、満更でない顔をしています。
そこで、どうしてだか、わたしは猛烈に悔しくなりました。
「なによ、そんなに沙夜ちゃんが大事なの! 所詮、赤の他人じゃないッ!」
そうです。おかしいのです。
兄と再開して以来、ずっとあった違和感。
――『沙夜になにするつもりだったんだッ!』
――『……本気で心配だったんだ。……だから探したよ』
彼はもう、わたしの知っている兄ではありません。
一年前の兄は人に無頓着であり、冷淡であり、“他人のことを思いやる”なんてことしなかったはずなのです。
そんな兄が――。
「他人なんかじゃない……沙夜は――」
――大切な憑きものだ、といい放ちました。
途端、落雷を食らったかのような衝撃がわたしの身体にほとばしります。
足のつま先から頭のてっぺんまで衝撃が貫き、心臓が弾けて、頭の中が混濁の思考に埋め尽くされます。
ドン、という音が鳴りました。
いえ、わたしが鳴らしていました。
気が付けばわたしは、思いきり床を踏みつけて、兄につめよっていたのです。
「な、なによ、なんなのよ。昔はそんなんじゃなかったじゃんッ!」
「それは昔の話だろッ! 今は違うんだッ!」
「なによそれッ! 意味わかんないッ!」
「自分でもよくわからないけど……。今は変わったと思えるんだッ!」
すると、兄は頭を二、三度かいてから、声のトーンを沈めていいました。
「そうだな……。母さんと父さんが死んじゃってから、僕はお前に……、ずっとつらい思いをさせていたのかもしれない。……それは悪かったよ。いい逃れするつもりはないけど、自分のことで頭がいっぱいだったんだ……すまなかった」
「そんなこと……、謝んないでよ……」
「今はもう、昔の僕じゃない。だから、ほ、ほら、これからは大事にするから……」
「うるさい、うるさい、うるさいッ! これからはってなにッ!? そんなの、勝手すぎるじゃない――」
ヒステリックを起こしたように怒鳴り散らしていました。こんな自分勝手なことばかりを叫んでいる自分が、藤堂間宵自身だとは思えません。自分では制御できないのです。
そして、思ったままのセリフを吐き出しました。
「――わたしの気持ちなにも知らないくせにッ!」
けれど、わたしの気持ちって――。
わたしはどうして怒っているのでしょう。
わたしはなんで悲しんでいるのでしょう。
自分のことなのに、不明瞭になりました。
とにかく、一つわかっていたことは、こういう時、兄は決まって同じセリフを吐き捨てる。
「知るかッ!」
いつもと違っていたことは、わたしが涙目であったことでした。
「バカッ!!」
「い、ったぁ!」
わたしは兄のつま先を思いきり踏みつけて、兄の部屋から飛び出しました。
「いって、て、おい、こら間宵ッ!」
呼びかけられましたが、振り返ることをしませんでした。
悔しい。悔しい。悔しい――。
わたしは――。
お兄ちゃんが昔と変わってしまったことが悔しいんじゃない――。
前の無感情で冷淡な兄に好意をよせていたわけではないのです。
彼が沙夜ちゃんに心を魅かれている点について、嫉妬しているわけでもないです。
そもそも、そんな感情を抱いてしまうような独占欲はもとより持っていないのです。
でもなにが悔しいかっていうのは相変わらずぼんやりとしていて、なんらかの感情がもやもやした渦のようにわたしの胸で煮えたぎっています。言葉ではいい表せられない、炎のような激情がメラメラ薄暗い闇の中で、とぼしく、それでいてまばゆく燃えているみたいです。
一つだけいえることは、ちょっとした嫉妬心もあるということでしょう。
その嫉妬心の矛先は、沙夜ちゃんに向けられたものではなく、過去の兄、そして現在の兄を交互に向けています。
今更、変わったって遅いのです。
今更、誰かを思いやったって遅いのです。
今更――。
――『お前、将来学者にでもなるつもりなのかよ』
たったそれだけの発言にわたしは噛みついて、大人気ないにもほどがあります。
――『ほら、お前もこいつみたいに将来のこと考えておいた方がいいぞ』
でも悔しいのです。わたしだって、目いっぱい考えているのに――。
――『今後のことだよ。留学した経験を活かしてなにかを始めるとかさ。そういうのしないの?』
そこで、どうして自分がこんなにも悔しがっているのか、理由がわかりました。
その時、『全く……』と頭の中で響いたのは、アネモネの“思い”です。振り返れば、わたしのすぐ後ろにアネモネがいました。影で繋がっているので“思い”で会話をすることができます。
『最近のお前、不器用だな。らしくないんじゃないか……』
『うっさいッ! ほっといてッ!』
誰とも会話したくない気分だったので、彼とのコミュニケーションを断ち切るべく、自室のドアを閉めようとしました。しかし、後ろからわたしのことを追ってきたのであろうアネモネが、ドアの隙間に片足を差しこんできました。
ギリギリまで気付かなかったわたしは、構いもせずにドアを思いきり、閉めてしまいました。その衝撃は、ドアの軋む音が鳴り響くほどです。ブーツを履いているとはいえ、挟まれたアネモネの足にはそれなりのダメージがあるはずです。
『相手に抱いた素直な気持ちをありのままに伝えられるところが、お前の長所だと俺は思っていた』
なのに、顔色ひとつ変えることなく、アネモネはわたしを見据えてきました。
バカにしたような、憐れむような、彼の特徴的な吊り上った目が、わたしの心を切り裂きます。
違う――。
彼は彼なりに、わたしの心をいたわってくれているのでしょう。
『ほっといてよ……』
『そういうわけにはいかん。俺はお前から離れるわけにはいかない』
『だったら、屋根の上にいればいいじゃん……』
『ふん、随分と憑きもの遣いが荒いな……』
アネモネの気持ちは嬉しい。ですが、それ以上に彼の言葉は、改めて現実を突きつけるような――そんな残酷な言葉でもありました。
「お前は……」アネモネが緩慢な口調で呟きました。『あいつのことを試してみたんだろう? 違うのか? 俺のことをボーイフレンドだといった時も、さっき、俺の妹になるといい出した時も、あいつの顔色をお前はずっと観察していた。顔色から感情を読み取るのが得意なはずだ』
『……それがなに?』
図星だったので、わたしは警戒しました。わたしは人から忠告を受けたり、指図されるのを嫌います。その中でも、自分の考えや企みを誰かに見破られてしまうことを最も嫌います。
そんな自分勝手な理由で怒ってはいけないとはわかっているのですが、どうしてもむしゃくしゃしてしまうのです。
『なんていって欲しかったんだ?』アネモネがゆっくりと“思い”を伝えます。『あいつになんていってもらえれば、満足していたんだ?』
『なに……、なにをいわれたところで、きっと……、こんな気持ちになっていたんだと思う。自分の気持ちがわかんないの……』
『ふん、今のお前、バカっぽいぞ』
『は、はぁ! ほっといてよ!』
『人間はな、自分の感情をむき出しにしようとしない。なぜかわかるか?』
『知らないわよ……』
『それは他人から嫌われることを怖がっているからだ。こんなわがままなことをいって相手に嫌われないだろうか、ってな。だから、自分の感情をむき出しにして怒ったりすることを無意識に控えてしまうんだ。でも事実は全く違った様相を呈しているものだ。どれだけの弱音を吐いても、弱いところを見せつけても、この国の人間は受け入れてくれる。むしろ、「頼ってくれて、ありがとう」などと見当はずれなことを思うはずだ。そんなこと賢いお前は気がついているのだろう? お前が人に甘えないのは、他人を信じられないのではなく、自分のプライドが許さないだけなんじゃないのか?』
『わかったようなこといわないで……』
『沙夜とかいったか……。お前もあいつの憑きものみたくなってみたらどうだ? ことあるごとにぎゃあぎゃあとやかましくわめいて、自分の感情をありのままに伝えているところ、お前よりも賢いぞ。そもそも、この俺ですら受け入れるんだ、この国は――。感情表現を豊かにすれば、周りからも頗るわかりやすい』
『うっさいな……。あんたはさ、わたしに悔しければ泣けっていうの? 悲しい時は泣いて発散させろ、なんてありきたりなことをいうつもり? あんただけは違うと思ってたッ!』
『泣けとはいわん。ただ強がっていたら誰も助けにきてくれない。そういいたいんだ。肩肘を張っている人間の元に、救いの手が差し伸べられると思うのか』
『どういうことよ!』
きっと睨みつけます。
『ほら、溺れている人間だって、本来であれば、その場で大人しくしているべきなんだ。泳げないくせに無駄に暴れているから、誰にも助けてもらえないことだってある。バタバタと手足を振り回して、あれでは、「私が溺れているので、ついでにあなたも溺れましょう」といっているようなものじゃないか。溺死しないためには、せめて垂直で浮いていられる方法を極めておくべきだな。そうすれば助ける方としても助けやすい』
『なにそれ……おかしい』
憤りが胸元に込み上げてどうしようもなかったわたしでしたが、アネモネの妙な例えに、噴き出していました。
『嘘偽りの言葉を並べていては、相手に本心が伝わることなんて絶対ないんだ。それなのに、お前のやっていることは、ヒントのないクロスワードを相手に与えて、「どうして、わかってくれないんだ!」と怒り散らかしているぐらい理不尽だぞ。「気持ちや感情は思ったように伝わらないから、言葉を下手くそに使うな」――それを俺に教えてくれたのはお前だったはずだが?』
わたしはぐっと息を呑み込んでいました。
確かに、それはわたしがアネモネに、過去いった言葉。
『俺からいえることは、特にない。ただ――』
アネモネは――。
「――頑張れ」
と一言だけ、力強くいいました。
彼の表情を見て、目頭が熱くなります。心の奥底で凍りついていた感情が、解凍されていくようでした。そして、気がつけば、「アネモネェ……」情けない声がわたしの口から洩れました。
「ほんとはね……。こんなはずじゃ、なかったの……」
涙が止まらなくなりました。わたしの口から嗚咽が漏れ、呼吸が乱れ、力が抜けてしまいます。
そうか――。
わたしはこんなにも悔しかったのか――。
悲しかったのか――。寂しかったのか――。つらかったのか――。
「こんな、はず、じゃ……なかったのになぁ……」
自分の足腰では立っていられなくなり、アネモネにすがりついていました。アネモネは優しくわたしの身体を支えてくれました。アネモネの胸の中で、兄に聞こえない程度の声量でむせび泣きました。
「バカだなぁ……、わたし……。ほんとうに……バカだよぉ……」
この時は自分のことで頭がいっぱいで、尚且つ、身体の調子が悪かったです。
なので、翌日、兄が命の危機に瀕することになるなど、想像もつかない話でした。
次回 ⇒ 4/1
更新が遅れてしまってすみません。こちらでは、遅れることを報告していませんでした。
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4幕 試験の噺 終
5幕 激闘の噺 続




