#16 クラス替えと担任発表(敦彦)
出会いは時に美徳なものだ。
別れは時に残酷なものだ。
そして両者は常に繰り返されていくものである。
出会いと別れ、その二つは人の成長において、重大な役割を担う。
人は別れによって、自分の愚かさや未熟な部分に気がつくことができる。
その後迎える出会いによって、新たな自分を試すことができる。
会うは別れの始め、会者定離、すなわち出会うということは、いつかは別れを味わうということ。だから一期一会、一つ一つの出会いを大切にするべきだ。
――と世間ではよくいわれるけれど、学生である僕らにはまだまだ、『出会いが大切だ』というような実感がわいてこない。
なので、学校にはてっとり早く、出会いと別れ、その両方をささやかながら体験することができる行事があるのではないだろうか。
そう、それはいわゆるクラス替えと呼ばれる行事だ。
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桜舞い散る、新学期。
気持ち高ぶる、新学年。
幸か不幸か、クラス替え。
今日は、兄妹そろって――憑きものも従えて――銭湯に行った日の翌日。つまりは火曜日。
僕らの学校では始業式が執り行われた翌日に、新しいクラス分けが発表される。
クラス分けは校門をくぐった先の所に掲示されており、それぞれが確認してから教室へ向かうこととなっていた。僕は自分のクラスを確認してからまっすぐ教室に向かった。
教室内には、変わったばかりのクラスに慣れていない生徒も多数いるのだが、皆がどうにか“カラ”を破ろうと躍起になっている。そのため、笑い声や冗談ごとをいう声が室内に響き、教室全体が和気藹々《わきあいあい》としているようだと僕は感じた。
ちなみに、僕の学校では、二年から文系と理系に分岐することとなっており、十二月の面談の際、僕は理系を選択していた。
「よう、あっちゃん」
「おはよ、泰誠。今日は遅かったじゃないか」
クラスは全部で八つある。だが、理系のクラスは少なく、二クラスしかない。A組とB組が理系のクラスで、僕は理系クラスの二年A組となった。泰誠と同じクラスになるのは二分の一の確率である。
「ちょっと野暮用でな」
「また、駅でやましいものを覗こうと必死になっていたんじゃないだろうな?」
「げ、あっちゃん、超能力者かよ」
「僕は自分の超能力の素質に気がつくよりも、否定してくれることを望んでいたんだけどな……、友達として」
これもなにかの腐れ縁、今年度も彼と同じクラスになった。
「それよか、一年の時とクラスが一緒の奴あんまりいないから、これから先大変だな」
「まぁ、そのうち慣れるんじゃないか?」
理系クラスは女子が少ない。男子の半分に満たないほどの生徒数だ。
なぜ女好きで有名な泰誠が、そんな理系クラスを選択したのか、そこを訊ねたことが前にあった。
彼曰く、「将来のために決まってんだろ。俺の場合、理系に進んだ方が安定した職業に就けんだよ」とのことらしい。変に真面目な変態軍帥はきちんと将来のことを考えている。
一方僕はというと、入学初期にあった古典の試験で壊滅的な大敗を来していたので、文系に進むという考えはとうの昔に打ち消されていた。理数系の点数はそれほどまでに悪くなかったはずなのだ。だから進路を決める十二月の段階では迷いもせずに理系を選んだ。
しかし、正直な話、二月の学年末試験ですっかり自信をなくしてしまっている。
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予鈴が鳴ると、周囲の生徒が一層騒ぎ立てはじめた。「誰だろう?」「誰、誰―?」「竹内とかだったら嫌だなー」と予鈴が鳴ったというのに、教室内は大変やかましい。
というのにもきちんとした理由がある。
これから担任となる教師が発表されるのだ。
担任の教師が誰になるかにより、一年間の学園生活がどのようなものになるのか、おおよその察しがつくものだ。だから、クラスメイトたちは一様に色めき立っていた。
この学校では、生徒たちが新しいクラスに集まり一度落ち着いたところで、担任の先生が教室に入ってくるといった、半ばサプライズ的に発表される。
そして遂に、そわそわと待ち焦がれていた僕らの前に、担任の教師が現れた。
教師は通常、警察の次に嫌われる職業であるように感じている。
なにかと多感なお年頃である僕からいわせてもらえば、なにかと多感なお年頃な子どもたちに教養や礼儀や生き方を教えるのは難しい。優しく接すればつけこまれてしまい、厳しくすれば陰口を叩かれる。下手をすれば免職、などという事態も平気で起こり得る。
不遇な職業であると思う。
しかし、“彼女”は例外だ。
「グッモーニング! このクラスの担当になりました、マリア・フランクリンと申しまース!」
「ぶッ!?」
「今年から特別教師ではなく、この学校の常任の教師となりましタ! みなさんと共々に色々な経験をしていけるのを楽しみにしていまス! みなさーん、一年間よろしくお願いしまース!」
彼女の挨拶が終わると、拍手喝采と共に、「うぉぉぉおおおおおおッ!」と凄まじい歓声が巻きあがった。さっそく、クラスメイトの心が一束したのではないだろうか。
彼女が教室に入ってきた時、僕にはなにが起こったのかわからなかった。
頬を十度ほどつねったところで頭が冷静さを取り戻していき、現状を理解するに至った。
僕のクラス担任があろうことか、マリア・フランクリン、もとい大榎悠子になってしまったのだ。
――なんてこった!
驚きのあまり、椅子から転げ落ちてしまう。だが、そんな小さな物音など歓声にかき消された。彼女の本性を知らない周りの生徒たちは、男ばかりで落胆していたクラスに女神が降臨したといわんばかりのテンションだった。
僕の隣にいる沙夜が、ごくりと息を呑んだ。
見れば、彼女は顔を真っ白にさせ、金魚鉢から飛び出した金魚のように口をぱくぱくさせている。目は黒くよどんでいて、全く精気がなかった。
「このクラスには始業式をサボタージュしてしまうような、不躾な生徒もいるようなので、これから素行指導の方も力を入れていきたいと思っていまス」
といいながら、大榎が僕らを一瞥した。
その拍子に、ずっと硬直していた沙夜が狂ったように騒ぎ出した。
僕の制服の袖をものすごい力で引っ張ってくる。
「ひゃ、ご、ご主人様ッ! これはダメですッ! 危険ですッ! 即刻速やかに帰宅しましょうッ!」
まるで避難訓練の警報だ。
『落ち着けって、沙夜。大丈夫だよ。今はまだ僕らに手を出したりしないらしい』
『そ、それならいいんですけど……』
『……うん、きっと。……多分、大丈夫な、はずだ』
『物的証拠はないのですね……』
『一応、言質を取ったけどさ、あの人の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないよなぁ』
『外国人が担任?』と差別に近い発想がよぎったが、昨今の日本では、外国人教師を常任の教師として採用することが認められている。それに至り、『日本人としての志が低い!』と反論やバッシングの声もあるようだが、国は隠密裏に近い形で、採用することを許可しているというらしい。
そこまで考え、そういえば、マリア・フランクリンは外国人でもなんでもなく、大榎悠子という日本人であったことを思いだし、ならば別にいいのか、と納得したような納得しないような曖昧な気分にさせられた。
大榎悠子に関わる組織が、なんらかの操作をしたのかもしれないが、その真相はもはや闇の中である。




