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小娘つきにつきまして!(2)  作者: 甘味処
3幕 銭湯の噺
14/51

#13 闘技場、SENTO(敦彦)

◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


 銭湯は最寄りの駅から少し歩いた場所にあった。決して近場にあるわけではないので、十分程度歩かなければならない。沙夜と初めて出会った時の道、ファミレスがある小ぢんまりとした通りをまっすぐ抜けて、道沿いに五分ほど進む。そこに銭湯がある。


「せんっとー♪ せんっとー♪」


 道中、どこかうきうきしている沙夜。先陣切って歩く彼女は髪留めとして使っている二つの王冠に巻きつけるようにして、バスタオルを引っかけている。

 沙夜はぶんぶんと振っていた腕の動きをピタリと止めて、僕の方へ振りむき首を傾けた。


「ところでご主人様、せんとーってなんですか?」

「お、お前、どこ行くかも知らないではしゃいでいたのか」


 元々、高級なビルの一室で生活していた沙夜は、庶民のたまり場である銭湯という施設を知らないのだろう。

 僕が口を開きかけた時、隣にいた間宵が口をはさんだ。


「沙夜ちゃん。せんとーってのは幾千の勇者が苦汁をなめさせられてきた、闘技場SENTOのことよ」

「ほう、SENTOですか! スリリングで面白そうなところですね!」

「ふふ、ちまたでは有名よ」

「早く行きましょう! はい!」


 間宵の冗談を真に受けてルンルンとスキップし出すうちの憑きもの。

 なんだか非常にバカっぽかった。


「おい、間宵。うちの憑きものに適当なことを教えるの、やめてくれないか」

「いやぁ、まさか信じるなんて思わなかったからさ」


 純粋な上、人を疑わないから、スポンジ以上にあることないことなんでも吸収してしまう。

 興にのった間宵は、遠くの空にうっすら見えるスカイツリーを指さして、


「ほらほら沙夜ちゃん。あれがトッポギセントリーツリーよ」

「ほう、トッポギセントリーツリーですか!」

「おいこら、うちの憑きもので、『ト●と休日』みたいに遊ぶんじゃない! 男子中学生かっての!」

「それにしても、銭湯もスカイツリーも知らないなんて、いったいどんな暮らしをしてきたの」


 間宵もこの吸収力には驚いたようで、僕の耳元でそのようなことをささやきかけてきた。


「いや、それは――」


 ――あまりいいたくなかった。


 沙夜は僕の元に来る前、大手製薬株式会社の社長の元にいた。

 そこで、憑きものとして主に尽くしてきた。


 そして結果的に――。

 ――何人もの人間を殺した。


 多くの会社を倒産に陥れ、たくさんの人びとを失業へ追い込んだのだ。


 一時は罪悪感に蝕まれ、罪を償いたいと死を決意したほどのものだった。

 その心の整理は今もなお、彼女の小さな身体の中で終始行われているのだろう。


 僕の表情を読み取ったのか、間宵は深くまで訊かず身をそっと引いて、「ま、いいけど」と呟いた。そして彼女は、沙夜の首に後ろからぎゅっと抱きついた。


「沙夜ちゃーん。お背中流しっこしましょうねー」


 珍しく沙夜に気を遣っているな、と感心を越え、感動を覚えた。


 しかし、真相は違ったらしい。

 間宵の顔を覗いてみると、兄でも庇いきれないほど、下卑げびた笑みを湛えていた。


 ――なにかを企んでいる。


「ひッ!」


 沙夜は悲鳴をあげてから、ちらっと僕をうかがった。こちらに助け舟を求めているようだったが、悪い、今の間宵は僕でも制御がきかない。


「……そうか、お前は沙夜と一緒に風呂に入ることになるのか」

「そんなの決まってるじゃん」


 当たり前のことだが、そういうことになる。


 ――だとすれば、研究を再開する、絶好の場じゃないか。


 間宵がどうして上機嫌になったのか、ようやくわかった。

 彼女はずっと、邪魔者である僕を排斥して、沙夜の身体をじっくりと観察する場が欲しかったのだ。


「なに、お兄ちゃん。わたしと一緒に入りたかったの?」


 間宵は目を細めて、憎々しいほどの愛らしい視線を僕へ送る。


「そ、そんなわけないだろ」

「それとも沙夜ちゃんの裸が見たかったの? いいわよねー、別に。どうやら日頃から見慣れているらしいから」

「見慣れて……っておい沙夜、お前なんかいったのかッ!」

「へ、なにもいってないですよ」


 あらぬ誤解を招きたくなかったが、反論もしなかった。あの誤発メールを抜きにしても、二度は見たことがあるのだから――。

 一発目は沙夜が教室内で見せつけてきた時で、二発目は春休み、朝起きたら沙夜がどうしてだか全裸だった時だ。


「ま、とにかく……」


 ちなみに半憑依状態は、特別決まった憑きもの筋と憑きものとの間だけに限らず、憑きもの筋と憑きものである限りなれる。つまり、どういう関係でも妖力を供給してやれるので、入れ替わることも可能なはずだ。


 主従のペアが入れ替わることになれば――当然――。

 僕はアネモネに視線を投げた。


「……なにか用か?」


 今までじっとだんまりを決め込んでいたアネモネが急にしゃべりだしたので、まるで、石像が動き出したかのような衝撃が走った。


「いや、なんでもない」といいながら僕は視線をそらす。


 僕はこいつと一緒に湯につからなければならないらしい。


 このアネモネという憑きものの得体の知れなさ加減、自ずから漂ってくる不気味な雰囲気。

 こういっては誤解が生じるかもしれないが、こいつといると嫌な気持ちにさせられる。しかしその嫌な気持ちというのは、どこから生まれる感情なのか自分自身よくわかっていなかった。


 考えられるとすれば、

 彼が間宵の恋人だからか?


 時おり沸き立つ『二人はどういう関係なんだ?』『本当に恋人どうしなのか?』という疑問が、最終的に、『人間と憑きものだぞ、……まさか』という結論に行きつく。そしてそれは、『僕と沙夜はどうなのだ?』という自問に結ばれる。

 それらの考えは延々とループする。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 数分、時間を掛けてやっと銭湯についた。見た目ぼろくはないが真新しくもない、街中で誰もが一度は目にしたことがあるような、ごく普通の銭湯だ。


 帰り道を歩いている間に湯冷めしないようにとセーターを着込んで家を出てきたが、夜道は予想していたよりも温かかった。

 更に銭湯までの結構距離のある道程を歩いたために体温が上昇して、汗すらかきだしそうなほど身体の芯から温まっていた。これから湯につかるというのに、もはやそんな気分ではなくなっている。


 僕らは玄関ホールで靴を脱ぎ、中に入った。憑きものは土足のまま入る。ちなみに沙夜はニーソックスのような靴下を着用しているだけで靴は履いておらず、アネモネは黒く光るブーツを履いていた。憑きものによって履きものも様々ということか。


 子供のころに武史さんに連れられて立ちいった経験しかなかったので、その場所は思いのほか小さく感じた。ロビーには銭湯独特の塩素の匂いがほのかに香っている。

 沙夜はロビー全体を見渡すように、首をせわしなく動かしていた。


「ご主人様、戦士はどこにいるのでしょうか? あのおじいさん方が熟練の戦士だとでも?」

『失礼だから、お年寄りに指をさすんじゃないよ。見えないにしてもだ』


 柱には大人400円と記載されていた。当然ながら憑きもの一匹……という表記はどこにもない。

 フロントにいる女主人とおぼしき愛想の悪い女性に800円と料金を払い、二組に分かれそれぞれの更衣室へ向かう。

 その際、沙夜は平然と男性側についてこようとしたが、その首根っこを間宵が掴んで女性の更衣室へ引きずっていった。引きずられながら、


「ごしゅ……じん……さ……まぁあああ!!」


 よほど、間宵に苦手意識が芽生えているのか、今まで聞いたことのない大音声だいおんじょうを上げた。

 間宵と沙夜、二人を一緒にして大丈夫なのか、と若干の気がかりもあったが、間宵がそこまで過激なことをするはずはないだろう。

 僕とアネモネは彼女らを見送ってから、「男!」と大々的に書かれた暖簾をくぐった。


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