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小娘つきにつきまして!(2)  作者: 甘味処
2幕 研究の噺
11/51

#10 ノーブラジャー・ノーパンティ(間宵)

◇◆挿絵(By みてみん)◆◇


 というわけで――現在。

 ここは、桜下女子高等学校の女子トイレの中。

 ちなみに桜下女子は母の母校でもあります。


 わたしは兄の憑きものをひっ捕らえて、ガムテープで口を塞ぎ、じっくり観察してみることにしました。凶暴な性質を持っていないようなので、沙夜ちゃんへ対する警戒心は解いてもよいでしょう。


 彼女に近寄ると、いい香りがしました。

 思わずドキリとしてしまいます。

 懐かしい香り――。

 母が好きだった花、ルクリア――。


「んんんんんんんんんんッ!!!」


 かぐわしい香りを巻きちらかしながら、蒼白とした顔で足をバタつかせる兄の憑きもの。


「そんなに、怖がることないじゃん。わたし、あなたが信頼している主の妹なのよ。ほらほら、どうどうどう」

「ん、んんんんんんんんんーーー!!!」

「聞く耳をもたないってわけか。じゃ仕方ない♪」

「ん? んんん?」


 どうやら相当に怯えているようで、大きな目をばっちりと見開いています。ここへ拉致してきてからずっとこの調子です。


「……アネモネ、ガムテープ、50センチ」


 わたしが指示を出すと、後ろで控えていたアネモネがびびびとガムテープを引きはがし、わたしに手渡してくれました。


「んんんんんんんんーーッ!?」


 受取ったわたしはそれで沙夜ちゃんの両足首をしっかり固定します。

 すると沙夜ちゃんは暴れるのを諦め、窮屈そうに腰の位置を取り直しました。これでもう逃げられる心配はしなくともよさそうです。


『それ以上はやめておいた方がいいんじゃないか』


 といったのはアネモネです。


『んー、危険な憑きものってことはないんだろうけど、一応逃げ出さないためにね』

『まあ、危険ではないことは見ればわかる。そもそも主がいなければ、憑きものにできることなど限られているしな。俺がいいたいのはそういうことではない。こんな野蛮なことをしても大丈夫なのかと聞いている。その小娘憑きは、あいつの大事な憑きものなんだろう?』


 と“思い”で会話を交わしながら、わたしは沙夜という憑きものの服をはぎ取っていきます。

 上下繋ぎになっているゴスロリ調の黒服をたくしあげると、真っ白なお腹が露わになりました。お腹の下部にはきちんとおへそがあります。

 そもそもおへそとはへその緒があった時の痕であり、つまりは人がまだ胎児だった時に母親から酸素や栄養を送ってもらうためにあったものの名残なのです。

 憑きものには家族がないとアネモネから聞かされていました。なので、たとえそれが、“いらないもの”であっても人間と同じ形状をしているのだという考えに至るわけです。まるで命を吹きかけられたマネキンのようです。


 おへそをくりくりと指先でいじってみますが、


「んふぅ!」

「感度は良好」


 その反応もまた、とても人間らしかったです。


 ちなみに彼女は胸にも下腹部にも、下着をつけていませんでした。

 いくら小振りの胸とはいってもぎりぎりBカップはあるので、本来ならつけているべきバストサイズです。下腹部の方は、当然つけていなければならない部位です。

 しかし、それを見てもわたしは破廉恥だとあざわらうことはしなかったです。

 なるほど、最低限の衣服しかまとっていないのか、と感心すらしていました。


 もちろん、服を脱がしているのは、嫌らしい趣味や嗜好のためではなく、憑きものの生態を研究するためです。


『あいつって、お兄ちゃんのこと? 知ったことじゃないわよ』


 ちなみに、“思い”で会話というのは、半憑依状態の時に使える憑きもの筋と憑きもののコミュニケーション方法であり、この手段を用いれば外に声を漏らさずに会話できるのです。


「うわー……。本当に人間と何一つ変わらないのねー」


 そのつややかな素肌に、わたしは驚かされました。


「むしろ、人間よりもきれいな肌……」


 触れてみると、同性であるわたしでも思わずうっとりとしてしまうほどの滑らかな肌でした。

 そして、血色のよい憑きものであるのにもかかわらず、その肌から透明という抽象的すぎる印象を受けました。


 透明な肌などありえません。それこそ幽霊が持つ肌の色でしょう。それでも透明と印象付けられるその肌は、薄いガラスのように強く抱きしめただけで壊れてしまいそうな気がします。

 人形のような澄んだ眸に潤った唇。少々発育はよろしくないですが、その妖精のような可憐さに、兄が骨抜きにされたというのならばうなづけます。


「んふ、んふふふ。んふふふふ」


 わたしが要所要所をまさぐっていくつど、沙夜ちゃんは身体をくねらせてくすぐったそうに悶えていました。


 持ってきたメジャーで小振りな胸のサイズを観測し、腕の細さ、腰回り、頭のサイズ、太もも、つま先までじっくりと観察していく。スケッチや撮影はいりません。記憶力はいい方なのです。


「むふ、むふふふ。むふふふふ。ふぐーー!」


 沙夜ちゃんは苦しそうに、というよりも頬を真っ赤にして――。


「アネモネ。なんかこの子が喜んでいるような気がするのは、わたしだけかな?」

「さあ、日本の憑きもののことはよく知らん」

「日本の憑きものと外国の憑きものって反応違うものなの?」

「一応は同一なようだが、詳しいことは俺にもわからない。どちらかといえば人間と同じように個体によって反応がまちまちであるというデータの方が正確なんじゃないか」

「ふぅ~ん……」


 ならば少し反応をうかがってみよう、などとわたしは考えつきました。

 携帯を取り出してカメラ機能を用いシャッターを切る。もちろん、そのレンズは沙夜ちゃんの裸体を捉えています。自分ごとながら外道なマネをしているな、とは思いました。


「沙夜ちゃん。もし、下手なマネを考えたり、逃げようなんてしたら、あなたの大好きなご主人様にこの写真を送っちゃうから」などと脅しつけてみます。


 メールの送信画面を見せつけ、どういう対応をするのか待ってみました。人間と同じような反応を示すならば、泣きながら「お願いします! 送らないでください!」と懇願してくるはずです。


 しかし、反応はとても希薄なものでした。

 脅迫されているというのにもかかわらず、彼女は小首を傾げて、目をしばたたかせることしかしません。

 不審に思ったわたしはもう一度問いかけます。


「お兄ちゃんに送るのよ? あなたの恥ずかしい写真を」


 それでもほとんどといっていいほど彼女は動じませんでした。


「ん……ん……」


 もごもごとなにかをいいたげに口を動かしていたので、口に接着していたガムテープをはがしてやります。

 すると、沙夜ちゃんは肺いっぱいに空気を取り入れた後、


「は、はぁ……。脅迫行為のようにお受け取り致しましたが……そのことのなにが問題なのでしょう?」


 なんのてらいもなく、そんなことをいってのけました。


「あ……れ……?」


 予想だにしていなかった返答に、わたしは薄気味悪さと奇妙さを同時に覚え、口をぽかんと開けていました。

 そういえば、アネモネ《男》がいるというのに、なにひとつ動揺の色を見せません。かといって、強がっているとも思えないのです。


「お、送るわよ? ほんとに送っちゃうわよ? 大好きなご主人様に恥ずかしい姿を見られてもいいっていうの?」

「はぁ。特に思うところはありません」


 どういうことでしょう?


「……アネモネ。日本の憑きものはみんなこんななの?」


「こんななの?」という言葉の裏には、「はずかしめられても平然としているような痴女なの?」という意味が含まれています。


 わたしの問いかけに答えずに、「これはいい」とけらけらと笑っているアネモネが腹立たしくて仕方ありませんでした。


 わたしは沙夜ちゃんの方へ向き直り、


「いいのね! 送るわよ! 引き下がるなら今のうちよ!」

「ええ! いいですよ! 大体、ご主人様は私の裸なんて見慣れていますからね!」

「見慣れて……ってええええッ! なにやってんのお兄ちゃん!」



 わたしの頭は混乱しました。

 見慣れているはどういうことでしょう。

 もしや、わたしがいなかった間、そういった行為に及んでいたとでもいうのでしょうか。そして、昨夜もわたしが眠っている間に――。寝坊した理由って――。


「あー! やだやだやだ!」


 みだりな妄想が膨らんでしまいます。そのくだらない妄想をかき消すように頭をひたすらに振りました。


 その際、携帯を握りしめる手に力を入れたのがいけなかったのでしょうか、元々送るつもりなどなく、あくまでも挑発するだけのつもりだったのですが、


「あ……」


 やりとりを繰り返しているうちに、兄へメールを送ってしまっていました。

 慌てて画面を見ればすでに手遅れで、ペンギンのキャラクターがドヤ顔でピースサインをしながら、送信完了とのたまっています。


「どうしてくれるのよっ! お、おお、送っちゃったじゃないっ!」

「し、知りませんよ! あなたが勝手に送ったんじゃないですか」


 兄になんて説明すればいいのだろう、とため息をつきそうになりました。

 そんな時、トイレの外から呼びかけられます。


「間宵さん、説明会が始まるから体育館に行くわよ」

「あ、はーい」


 学校の案内をしてくれていた担任の先生に急かされたので、心惜しいですが研究を切り上げ、女子トイレを後にすることにしました。

 まだまだ、調べてみたい部位もあったのですが、仕方ないでしょう。またの機会があれば、その際にはもっと奥深くまで調べ上げたいと思います。


 どうしようかな――。


 沙夜ちゃんの方へ視線を投げます。このまま彼女を教室につれていくと面倒なことになりかねないでしょう。そもそもアネモネと二人だけでもなにかと不便だというのに、三人となれば要領がいいわたしでもさすがに対処しきれません。

 とりあえず今しばらくは、ガムテープで口をふさぎ、女子トイレに放置しておくことにしましょう。


「んんんんんんーーー!!」


 沙夜ちゃんは叫び声を上げながら抗いましたが、両手両足を封じられているので、大した抵抗はできませんでした。なすがままに口をふさがれます。


 その瞬間、憑きものという生き物が哀れに思えてしまいました。

 なぜなら、彼女の悲痛な叫びは残念ながら一般人には聞こえないのです。

 叫んでも、もがいても、誰も助けにきてくれないというのには、つらいものがあります。


「あ、そうか」


 わたしは踵を返して、トイレの奥へ戻っていきます。彼女を解放するつもりはありません。


「そうだよね。わざわざ口ふさがなくてもよかったよ」


 一般人に聞こえないのだから、ガムテープで口をふさいでも意味がないと思いなおして、ガムテープを剥がしてから、トイレを後にしました。

 後ろには縛られた沙夜ちゃんが涙声でうめいています。


「うう……、ご主人様ぁ……」


 兄に救いを求める声を聞いて、わたしは内心でほくそ笑んでいました。


 無駄だよ――と。

 お兄ちゃんは助けになんてこないんだから――。


 昔から感じていました。どうしてあの人は常にあんなにも冷静でいるのだろうと。

 そして、気が付いたのです。あの人には大切なものが欠落しているのだと――。

 他人への思いやり、気遣い、興味、愛着、愛情。


 その証拠といっては、浅はかなのかもしれませんが、わたしは兄が泣いている姿を一度たりとも見たことがありません。まだ幼かったころ、両親の葬儀の際でも、彼は一粒の涙すら零しませんでした。妹の前だから強がっていたというわけではなさそうでした。

 愛すべき親が死んだ時ですら泣かないのです。ならば一体彼はなにがあったら悲しむというのでしょう。


 きっと彼は自分以外のことでは悲しんだりしないのではないか、とわたしは勘ぐっています。冷淡です。

 それが決めつけであることはわかっています。真相がどうかなど兄以外知り得ません。


 ですがわたしは――。


「おい」

「……っ!」


 黙々と思考を働かせていたわたしは、アネモネに声をかけられて驚き、身体をはね上がらせてしまいました。


『なによ、アネモネ。人がいるんだから、“思い”で会話するようにしなさいよ。わたしもつられて声に出しちゃいそうになるじゃないの』


 目の前にはわたしをここまで引率してきた、樋口ひぐちという女教師がいるのです。彼女に聞こえないようにとアネモネには“思い”で返答しました。


「すみません。ちょっと待っててください」

「大丈夫?」

「ご心配なく~」とだけ口にして、わたしはトイレに引き返します。


 樋口さんは、またわたしが催したのではないかと疑ったに違いありません。


 わたしはアネモネを影で包みながら、“思い”を交わします。こそこそ話を交わすほどの距離になったのですが、結局“思い”は一般人に聞こえないので、この行為に意味はありません。


『どうしたっていうの?』

『いや、ずっと気になっていたんだが』

『なに? はっきりいいなさいよ』

『あいつに“本当のこと”を伝えなくていいのか?』

『なっ!』


 後ろから刃物をぐさりと刺されたような気分です。まさか、アネモネからそんな気遣いを受けるなど思ってもみなかったからです。


『い、今はまだその時じゃないわ』


 内心でわきあがる空しい感情に自分自身ためらいました。

 今がその時ではないというのならば、一体その時は、いつくるのでしょう?

 限られた時間の中で、お兄ちゃんにすがりつくことはあるのでしょうか?


 多分――ないでしょう。


『ひょっとして、もう“さよなら”なの?』

『いや、お前がそういうならば、俺はもう少しだけお前と行動を共にするとしよう』

『あら? 意外に寛容なのね』

『それともう一つ気になったことがある。これは俺の興味本位で聞くことだが――』


 そこまでいうとアネモネは沙夜ちゃんの方へ視線を向けます。


『――なぜ“今さら”になって、憑きもののことを調べる?』

『わたしは物事を途中で放り投げるのが嫌いなの。気になることは最後まで調べるし、ぎりぎりまで目標を達成しようとする人間なのよ。悪い?』

『ふ、悪くないんじゃないか。お前らしい』


 昔からそうでした。

 たとえば、もし圧倒的大差で負けている試合であったら、最後まで手を抜いたりしなかったですし、もし対戦ゲームで負けることがあったら、勝てるまでリベンジマッチを挑みました。どれだけお腹がいっぱいであってもご飯を残したことはありません。

 とにかくわたしは、途中で投げ出すのが嫌いな、諦めの悪い――そういった性質を持つ人間なのです。


『それよりもアネモネ。どうして、わたしと一緒にいるの? 約束はもう果たしたはずよ』


 と訊ねると、アネモネは歌うように“思い”を返しました。


『知らなかったか? 俺は“気まぐれ”なんだ』

『そ。まーいいや。とりあえずそろそろ行こっか。入学前に変な目で見られたくないからね』

『あれはあのままにしておいて平気なのか?』


 指さした先には沙夜ちゃんがいました。アネモネは同族を気遣っているようです。アネモネが誰かに情けをかけようとするのは、大変まれな行動パターンです。

 妖力の心配をしているに違いありません。憑きものは身体に蓄えた妖力がなくなってしまうと、昏睡状態に陥ってしまい、下手すればそのまま死んでしまうからです。


 冷たそうな見た目のわりに他人に気を遣うことができるこのアネモネは、そこらの人間よりも人間らしいというべきかもしれません。少なくとも、兄よりは――。


『いいのよ、今日は授業がないからすぐ戻ってこれると思うし』

『だが、ここにおいとく意味もないんじゃないか?』

『意味はあるわよ。一般人でも匂いは認識できるんだから、芳香剤の代わり♪』


 これもアネモネから聞かされたことですが、たとえ一般人でも嗅覚だけは憑きものの存在を認知することができるのです。


「間宵さん、まだなの?」と樋口さんからお呼びがかかりました。

「はーい、今いきます」


 わたしたちは今度こそ沙夜ちゃんを置いて、トイレを後にしました。


 この時のわたしは想像だにしていませんでした。

 まさかこれが、他人に対して無頓着、冷血人間の兄の逆鱗に触れることになるなど――。


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