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「一体どうなってるのよ!なんなのよあの子は!?なんでこんな……、どうなってるの!!」


機構本部2Fにある応接室に続く控えの間のソファーの上で、狩野麻衣子の叫び声が響き渡る。それもそうだろう。なんの予備知識も無しに「今から到着する車に乗っている少女が1人いるから見てくれ。どこまで見れるかは分からないが、どんな些細な情報でもいい、1つ漏らさずだ。」と、実弟である明人に言われて、警護チームの車両に前後を挟まれる形で到着した成島の運転する車から降り立った少女を見た。その時の麻衣子はまさに驚天動地の極みであったといえる。


麻衣子の能力は『透視』だ。強弱や志向性に程度の差はあれど極々ありふれた能力である。理事の就任には能力の程度が大きな割合を占めることからも、麻衣子のそれが突出したものであることは容易に想像がつく。

物質の透視だけでなく、精神・事象・現状への透視も行うことができる。千里眼とも呼べる人知を超えた力と思えるかもしれないが、やはり制約もある。精神、つまり麻衣子が見ると認識した相手の思考や記憶、個人データなどを見ることができるが、相手が麻衣子からの透視を拒絶する意思を持っていた場合には読み取れる情報は少なく且つ浅いものとなってしまう。さらには、精神力の強いもの相手では麻衣子を認識していなくともやはり全てを見ることはできない。

だが、余り大きな声で言えた事ではないが、薬物などにより精神状態を錯乱状態に持ち込めば透視は容易となる。他にも相手をひどい混乱状態に持ち込むとか、睡眠中といった場合にも読み取れる情報の精度はあがる。また事故現場を見ればそれが自然災害なのか人為的に起きた能力者による事件なのかは麻衣子に掛かれば一目瞭然である。


明人は声を荒げ、今も忙しなく両手で顔を覆ったり髪を掻き揚げたりしている麻衣子を見ながら確信に近いものをもっていた。

この姉である麻衣子は端から見れば感情的に行動しているとしか見えない。直情型で思考より先に身体が動くタイプと思われがちだが、実は状況把握能力が極めて高く、且つ思考の閃きが天才的に早いために決断し行動するまでが常人のそれに比べて早すぎることから勘違いされているのだ。そんな麻衣子がこの有様である。いよいよもってあの少女は自分の予想の通りであると見て間違いは無いだろう。越権行為を承知で打てる手を全て打ったのだ。無駄に頭を下げるような事態は免れたな、と思案をしていれば、


「明人、そろそろ説明をもらえないか?あの少女はいったいどこの誰だ?そして狩野女史、いったい、なにを見た?」


そう問いかけるのは理事の1人である山下徹だ。曲者揃いというか曲者しかいない機構上層部において、稀有なほどに善人で常識人である。彼の持つ『密室』の能力が無ければこの場は成立しない。物理的に限られた空間でなくとも彼が指定した範囲を密室とすることができ、指定された条件を立ち入る人間に課すことができる。無論それに抵抗する意思を持てば条件は課されることは無い。しかし今回は密室内の映像音声等全てが外部から認識できなくなるという密室内にいる人間へのメリットを盛り込んだ条件であった。これで情報の秘匿が完璧に守られることになるのだ。

彼の能力は主にこうした特殊条件下での会議や尋問や査問、調査や検証に使われることが多い。かなり多岐に渡る機密事項を知りうる立場に置かれて尚、彼はまっすぐな心根を持ち、他者を労わり、理事間の調整役もこなしている。15年前に現理事長の氏家が就任の際に新たな理事として指名したのは、狩野明人と山下の2名のみであった。


「そうね、いい加減に訳もわからず巻き込まれているのには飽きてきたわ。用が無いなら失礼させて欲しいのだけれど?」


うんざり、といった様相で腕を組みつつ明人を睨みつけるのは、4人の理事の最後の1人冬木葛葉である。

彼女は珍しいタイプの能力者であり、且つ希少な能力であった。葛葉は幼少時に両親を失った。父親は事業に失敗し自殺、それを苦にした母親は失踪。その後身元引受人であった親類からの虐待から逃げるように夜の町での生活が始まった。この時、葛葉はまだ12歳であった。見も心も切り刻まれるような日々を送るうちに、幼い頃の温かな思い出は黒く塗りつぶされていった。死んだ父親を、逃げた母親を、親類や己を食い物にする大人たちを、全てを憎んだ。なによりも、自分自身を憎んだ。汚泥に塗れ、夢を見ることもできない自分はなんと汚く憐れで滑稽な生き物なのだろうと思っていた。15歳の最終測定などでなにかが変わるわけは無い。暗鬱とした心持で迎えたその日のことを、葛葉は一生忘れないだろう。

測定結果は『要経過観察』であった。極稀に現れる成長型の能力の開眼の場合に出されるものだった。このタイプは能力者の精神状態や想い、経験や記憶や趣味嗜好によって変化すると思われている。

葛葉の生活は一変した。確かに食事はいいものになったし12歳から通っていなかった学校にも通えることになった。これまで搾取され従う立場であったものが、保護され養われる立場へと変わった。

この当時の葛葉の荒れっぷりは知る人ぞ知るものである。同じ年であった麻衣子とのライバル関係と、当時の理事長との養子縁組を経て葛葉は大きく変わることになった。安定しなかった能力が大きく花開き理事の1人へと上り詰めるまでになったのだ。前理事長は存命であり、いまだに葛葉の理事就任には反対している。葛葉曰く「死ぬ前にせめて孫の顔を見せてくれとか、理事を辞めて家にいてくれとか、うんざりよ!」とのことだが、若干顔を赤くしながら嬉しそうに見えたと、2人で飲んでいた麻衣子は思ったとなんとか……。


そんな2人に事態の説明を求められるのも当然のことだろう。普段は用意周到に虫の入り込む余地も無いほどに、完璧に物事をことを進める明人が非常手段のオンパレードである。さらに普段から感情の起伏は激しいが、判断力と対応力は理事の中でも随一であるはずの麻衣子のこの狼狽振りからして、途轍もない事態に発展しつつあるのは誰でも想像できる。そして、それがあの少女が大きく関わっているということも。


「そうだな、今現時点で把握できているのは、先ほど成島が連れてきた少女が今日の最終測定で白色の発光を見せたこと、そしてそれが恐らくはレベルS+の可能性が高いということだ。」

「なっ…、は、白色だって!?……本当なのかそれは??」

「とんでもないわね、早いところ臨時の理事会を召集するべきね……、どうなの麻衣子、彼女、見たんでしょ?」


3人が揃って麻衣子を見れば、彼女はいまだに落ち着き無く両手で頭を抱えながら身体を小さく揺すりながらため息をつく。よくよく見れば額にはうっすらと汗がにじんで見えた。ここにきて明人は姉の様子に不安を感じ始める。姉の精神的なタフさは自身が1番よく知っている。いくらなんでもここまでの動揺を見せたことが想定外であったし、なにか予期せぬ事態に発展している可能性もあり得た。


「麻衣子、いったいなにを見たんだ?彼女の、なにが見えた?」


明人の問いかけに顔も上げずに麻衣子は答える。のどを押しつぶすような低い声で、頭を抱えながら…


「間違いないわ、彼女は『治癒能力者』よ。ただ……、だめよ、まずいわ……。こんなの公表したら世界戦争よ、でも隠し通せない。どうするのよ……。」


問いかけた明人も知らず知らずのうちに手に汗を握っていた。そして麻衣子が事実を述べていくに従い、次期理事長とも言われ幼少時より神童の名を欲しいがままにしてきた明人の口は大きく開き、最終的には立っていられなくなり麻衣子の横にどかっと座りこんでしまったのだった。伝えられた事実は余りにも衝撃に過ぎた。さすがの明人でさえも予想だにしなかったことであった。

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