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財団法人能力測定開発機構:東京本部B2駐車場には10名を越す機構の幹部や名だたるメンバーが揃っていた。
今日の午前10時過ぎに掛かってきた1本の電話が原因である。当然のことながら、電話をかけたのは成島であった。
成島は急発進させた車の中から機構本部にいる上司へと電話をかけた。まごうことなき、ながら運転である。(良い子は真似しちゃダメ)
成島の支離滅裂で気持ちが動転しまくりな言語からはすぐに内容は伝わらなかったが、徐々に理解をしていく内に上司の額から汗が滴り落ちてくる。成島に続いて支離滅裂な言語となってしまった上司はどんな手段を使ってもいいから、1秒でも早く機構本部へ戻れと厳命した。完全防音の部屋でなければ今頃大騒ぎになっていたはずである。
そこからは機構内は上から下へと大騒ぎに……は、ならなかった。成島の上司が報告した相手が良かったのだろう。その相手とは財団法人能力測定開発機構に12人いる理事の1人である狩野明人であった。彼はすぐさま対応を始めた。
警視庁と連携し上空からの警護と地上では成島の車のGPS情報から機構本部への最短で最も安全なルートをパトカーと警護車を出動させ信号待ち無しで走らせた。さらに身辺警護に特化した能力者の中でも特に信頼が厚く長期に渡っての活動が可能な者を選りすぐり、数名はすぐさま移動中の成島の車へ向かわせ、残りのものは本部待機とし、警護対象が到着次第任務に着くことを指示、さらには情報規制を指示し最終測定を目撃したであろう中学校卒業式に出席した人間全てに対し記憶の抹消と記録媒体の回収した上で情報の拡散が無かったかを徹底的に調べ上げるように差配した。この指示を出すのに要した時間は、わずかに5分程度であった。
そしてその彼は現在機構本部の地下駐車場にて成島の運転する車の到着を待っている。
「で、話がまったく見えないんだけど誰を待ってるわけ?これは?」
狩野明人に多少のいらつきをもって問いただしているのは同じ12人の理事の一人である狩野麻衣子である。この2人は実の姉弟であり、近親者で強大な能力もしくは特殊能力をもって生まれてくることは珍しいことなのだ。2人の両親は一般的な能力者であった。
「うむ、わたしにすらまだ内密とは余程のこととは分かるがね、狩野君」
その言葉に、この場にいる全員が目を剥いて驚きを示した。それもそのはず、たっぷりとした髭をたくわえた一見人の良さそうなご老人はこの機構本部の長、つまり財団法人能力測定開発機構のTOPであり世界でも5人といない能力者の1人でもある氏家勝又であったからだ。
「狩野君、警視庁への手配とこの本部での緘口令はまだしも随分と大規模な情報統制をやったようだね?これについては一理事である君の独断では済まされることではない。が、君がやるからにはそれなりの理由があるのだろう。後でわたしがうまく片付けておくとして、そろそろ話してくれてもいいのではないかね?ここには理事である君らと、狩野君が選んだ警護チームしかおらんだろう」
「……理事長には召集の連絡は入れていなかったはずですが?」
「ほっほっほっほ、なにやら楽しそうにしておったのでな、良いではないか」
軽くため息をつきながら狩野明人は周囲が防音や監視の遮断が成されたことを確認し、ゆっくりと口を開く
「まだ、確定事項とはいえませんが、現在の状況ではほぼ間違いはないと見ています。」
そこで言葉を区切り、なにやら言い淀んでいる明人を見て、姉である麻衣子は珍しいものを見たと思った。なにしろこの2つ下の弟は幼い頃から可愛げというものを持って生まれてくるのを忘れていたし、やることなすこと全てにおいて卒が無く無駄が無く、感情的で本能で生きてきた麻衣子とは水と油ほどに合わなかったのである。その明人がこんな言葉に詰まるだなんて始めて見た。
この場にいる者達も普段の狩野明人からは想像もつかないような様子に、これはいよいよただ事ではないと改めて現状の説明に耳を傾けようとしたその時、
「狩野理事、あと5分程で成島さんの乗る車が到着する模様です。」
先行して警護に向かっていた者からの連絡を受けた警護チームの1人からの報告に、
「どうやらゆっくりと説明できる時間もなさそうです。理事長、申し訳ありませんが保護が完了後にに改めて報告にあがります。その時には事実の確認もあわせてご報告できるかと思われます。」
「ふむ、まあ仕方ないのう。余り大勢でいても仕方ないからな、わたしは上で待つとしよう」
そうして恐らくは理事長室へと戻るのであろう氏家の後を数名の理事がついていき、ここに残ったのは明人、麻衣子と理事が2人、待機組みであった警護チームの2名の6名であった。
良くも悪くも世界の中で日本の機構は各国に比べて無用の軋轢を生まない、付き合いやすいと評判の組織であった。民族性なのか国民性なのか日本人には他社を虐げたり攻撃的な能力を持つものが比較的少なく、事務的であったり軽作業であったりといった、実務に有用なものが多かった。故に全国に支部を持ちつつも各国のような監視や規制、場合によっては処断を主とした機構というよりは、管理や流用を主とした日本の機構は昔から穏やかな時が流れる組織であった。
しかし、そんな機構を途轍もない嵐が襲わんとしていることを予見しているのは、この時はまだ狩野明人、ただ1人であった……。