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彼、成島幹雄(なるしまみきお)は絶賛混乱中であった。

財団法人能力測定開発機構での勤務は今年で10年になり、15歳の最終測定時に能力開眼を得てからというもの、学生のうちは見習いとして現場研修を7年、大学を卒業後はそれこそ全国各地を回り幾多の子供たちの成長と旅立ちを見守ってきた。

彼は自身の能力が、決して全ての人に恩恵をもたらすものではない事を痛いほどに知っていた。

10万人に1人の割合ではあるが能力に目覚めない人もいる。それを、事実として突きつけるのは、成島なのだ。それまでの成長測定においてあきらめや周囲の理解もある程度はあるのだろうが、それでも、もしかしたら……という希望は捨てきれるものではない。

多感な時期である15歳という年齢で無能力であることを突きつけられるというのは、余りにも重い。

絶望し、己を卑下し、将来を夢見ることも忘れてしまうかのような姿は心が痛む。

子を思うが故に、成島の能力が悪かったのだと責められたことも一度や二度ではない。

だが、能力開眼の能力者に力の強弱がないことは、自分たちが一番よくわかっている。

ただ、粛々と業務を行うしかないのだ。たとえどんな状況でどんな結果になろうとも。


その日はおかしな日だった。

中学校の卒業式での能力開眼の実施の依頼があったのは先週のことだった。

本部でそれを聞いたときに、成島本人も、指示を出さんとしていた上司も首をかしげた。


「卒業式の壇上……ですか?」

「ああ、おかしいと思って問い合わせたんだがな、間違いないそうだ」

「はあ…」

「依頼も学校と校長の連名で、教育委員会の承認もおりている、おかしな点はないんだ」

「前代未聞ですけど、聞いたことないですよこんなの」

「だが公的な、正式な依頼だ、こちらとしては受けるしかない」


そして釈然としない思いを抱えたままで迎えた依頼の日、東京本部から車で3時間、かろうじて首都圏ではあるが緑豊かな田園風景を横目に見ながら目的地である学校へと向かった。

測定機器を用意し、実施場所へと案内を受ける。

なにかの間違いか?との疑問は事実卒業式の真っ只中であった壇上へと通されてやっと信じることができた。

だが、その後の展開には眉をひそめる等という表現では生易しいくらいであった。意味不明であった依頼の実情は一人の女生徒を標的とした公開処刑であり、その首謀者が依頼主である校長であるのは一目瞭然だ。事情も背景も何もわからない、だがこれは余りにも常軌を逸していると言わざるを得ない。

目の前でじっと下を向いてこの惨劇に耐えている女生徒を見れば、身体を震わせている。

…何とかしてやれないものかと考えても、正式な依頼が成され、機構がそれを受けた時点で成島にはやれることはただ一つ、己の能力を使って目の前の女生徒の能力開眼を行うだけ、だ。


成島が思案をしている最中、捨て子だの無能力だのブスだのといった言葉があちらこちらから聞こえてくる。だが、これから自身が行うことによってこの女生徒はさらに追い打ちを受けることになるの

だろう。

ほぼ無能力と判断されたものが15歳の最終測定で能力が突然開花することは、まずあり得ない。ごく稀に特殊なケースはあるにはあるが100年無かった時期もあるし、現在では世界で10人といないはずだ。各国が秘匿し公にされてないケースも考えられる。

余りにも特殊すぎる能力を持って生まれたがために15歳までその兆候もなにも見ることができないのだ。神の采配だとか色々と言われているが実際のところは不明である。


なにもしてやれることは無い、わかってはいる。だからといっていつも通りに粛々と作業をできずに女生徒を笑いものにする者達に睨みをきかす。と、視線を感じ正面に立つ女生徒を見やればこんな状況にも関わらずにまっすぐに自分を見ている。その目を見たときに成島は思わず、

(きれいな目を、してるんだな)

と思った。淀みの無いまっすぐな目をしていた。そして彼女はそれまでの震えていた様子であったのが嘘のように背筋を伸ばしてゆっくりと目を閉じた。

まるで、全て受け入れる覚悟を決めたかのように思えた。こんな状況で、こんな扱いをされて、それでも彼女はまっすぐに立っていた。15歳の女の子が、見事なまでの立ち居振る舞いだと思った。ならば、成島のやることは一つだ。


測定機器を用意し、いざ開眼を促すために女生徒の額に手をかざす。

この時成島は能力測定開発機構の立場を使って、無能力との結果を得た女生徒を別室へと連れて行くつもりであった。成島は最終測定時に無能力と判断された場合の15歳の子供の保護を目的として、精神状態に異常が見られた場合には適切な判断をしなければならないというマニュアルの一部を利用するつもりだったのだ。この状況で最終測定を行わないという選択肢は取れないが、なんとかこの状況から彼女を助けたかった。


だが、結末は誰もが予期し得なかった方向へと向かっていった。

後日成島はこの時のことをこう語っていたという。


「あの時、始末書だとか責任放棄とかくだらない義務感に縛られないで、彼女を連れて別室で測定すればよかったよ……。でもさ、あの時の彼女の立ち居振る舞いは見事だったな、ほんとにすごくきれいだったんだよ、いやマジだって…」

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