雪の妖精
~序文~
子供の頃、雪が降ると何だか無性にうれしかった。この感情がどこから来るのかわからないまま、ドキドキした。空中に漂う雑音が積もり積もった雪に吸い込まれ、静けさが耳を襲うとき、そのまま目をつむって雪に顔をうずめたくなった。
でも、どうやら大人は雪が嫌いなようだった。雪かきしなくちゃいけないし、移動も大変になるし、危険だから、雪が嫌いな大人の気持ちも良くわかる。僕自身、大人になった今、それほど雪を好きではいられなくなっていた。それでも、僕は子供の頃と同じように、変わらずドキドキしています。
―――まるで雪の妖精みたいに、白くてやわらかな、あなたを思う度に
冬の童話祭2012参加小説
「雪の妖精」
<第1章>
リク君は今年で7歳。雪がとっても大好きな男の子。今年も冬が来てから、いっつもウキウキそわそわ。
“はやく雪、降らないかなぁ”
そう思いながら夜眠りにつき、
“雪が降り積もっているかもしれない!”
と思いながら、朝起きて窓を見る。そんな日々が続いていました。でも、今年は中々雪が降ってくれません。
“まだかなまだかな”
そう思っているうちに、リク君の起きる時間はどんどん早くなって行きました。
そんなある日、リク君は朝の5時に目を覚ましました。いつものようにワクワクしながら窓を見ると、まだ真っ暗。冬の朝日はお寝坊さん。さぁ、雪はどうかな?
“雪……降ってないや。今日はすごく寒いから、雪が降ると思っていたのになぁ”
残念。リク君はがっかり。もう一度布団に入ってふて寝をするリク君。
「コンコン」
急に、窓をたたく音が聞こえました。誰でしょうか?
「コンコン!」
先ほどよりも強く、窓をたたく音が響きます。リク君は少し怖かったけれど、勇気を出して窓の外を見ました。
「こんにちは」
そこには、“雪の妖精”がいました。小さな顔に小さな目。背中には6枚のシャボンの様な羽がパタパタとゆらめいています。
「君はだれ?」
「私は雪の妖精。名前は“パトリシア”。よろしくね」
「うん。よろしく。僕はリクっていうんだ」
「リク君? いい名前ね。実はね、リク君にプレゼントがあるの」
「プレゼント? 何?」
リク君が首を傾げた次の瞬間、真っ暗な空に、白い雪がフラフラと落ちてきました。
“わ、わぁ! 雪だ! 雪だぁ!”
「どう? 喜んでもらえたかな? リク君がすっごく楽しみにしていたから、本当はまだはやいんだけど、無理やり雪を降らせたんだ。すごいでしょ!」
リク君はパトリシアの話を全く聞いていませんでした。リク君の五感は、雪の虜だったのです。目を輝かせるリク君。そんなリク君を見て、パトリシアは嬉しく思いました。
「よかった。喜んでもらえたみたいね」
しかし、一つ疑問に思うことがありました。
「……でも、何で声に出して喜ばないの? どうして、心の中だけで?」
そんなパトリシアの疑問は雪と共に、冬の朝焼けにしんしんと積もりました。
<第2章>
朝10時には、辺り一面白銀世界。パトリシアは張り切りすぎたようですね。
「ねぇねぇ、リク君。はやく外に行って遊ぼうよ!」
「ダメ!」
リク君はうずうずしています。今すぐにでも外に出て、雪で遊びたいのです。でも、リク君にはパパとの“約束”があります。
『一人で外に出ないこと!』
リク君は素直でやさしい子です。約束を破るなんて、できません。約束を破るということを、教えられていないのです。
「ふぁーあ! リク、おはよう」
そうこうしているうちに、パパが起きてきました。パパもお寝坊さんですね。
「パパ! おはよう!」
リク君は大好きなパパに抱きつきます。
“雪だよ! 雪だよ見て!”
けして口に出さない思いと共に。
「うお! 雪積もってんじゃん……はぁ、めんどくせぇ。雪かきしないと。それに車のタイヤも変えないと」
パパは雪が大嫌い。パパが嫌いなものはリク君も嫌いなのです。今までずっと、そう思って来たのです。だからリク君は、けして口に出して喜びません。
「よし、雪かきするぞ。リク、手伝え」
「うん」
リク君はパパと一緒に外へ出ました。目に映る雪はふわふわしていておいしそう。キラキラしていて、やわらかくて、どんなふうにも形を変える、素敵な雪。
“パパの目にはこの雪が、どんなふうに映っているのかな? こんなに素敵なのに、なんで嫌いなんだろう?”
リク君の疑問は降り固まった雪のようになかなか解けません。
「リク君、雪で遊ぼうよ。せっかく雪を降らせたのに、なんでスコップであっちにやったりこっちにやったりするの? まるで、雪が邪魔みたいじゃない! 失礼しちゃうわ!」
パトリシアはぷんぷん怒っています。それもそのはず、パトリシアはただリク君の喜ぶ姿が見たかったのに、先ほどから全然楽しそうではありません。
「うるさいなぁ。パトリシアは黙っていてよ!」
「どうしたリク? 誰としゃべっているんだ?」
パパにはパトリシアが見えません。だから、リク君が独り言を言っているように見えたので、不思議そうな顔をしています。
「ううん、なんでもないよ」
その後もリク君はずっと下を向いたまま、黙々と雪かきのお手伝いをしました。
「ふん! どうなっても知らないよ」
パトリシアはとても不機嫌でした。
<第3章>
家の前だけ不自然に、ぽっかりと雪の穴が開きました。
「よし、こんなもんでいいだろう。リク、戻るぞ」
「うん」
雪かきも終わり、家に戻ろうとした時、リク君は異変に気付きました。なんと、空から真っ黒い雪が降って来たのです。
「うぉ! な、なんだ!! ぐ、ぐあぁ……」
黒い雪は何故かパパの頭上にだけ降り注ぎ、ものの数分で、パパは黒い雪だるまになってしまいました。
「パパ! パパ、大丈夫!? ねぇ!!」
リク君は黒い雪だるまに向かって必死に叫びました。でも、全然返事がありません。
「ぐへへへぇ。お前が雪で遊ばないせいだぞ」
どす黒い声が聞こえたのでリク君が振り向くと、そこには羽が真っ黒に変わっているパトリシアがいました。羽の色だけではなく、声や雰囲気までも違っていて、リク君はすごく驚きました。
「まさか、パトリシアがパパを雪だるまにしたの!? ねぇ、パパを戻してよ!」
「これから言う“3つの条件”のうち、1つでもクリアできたら、もとに戻してやる」
そう言うと、パトリシアは不気味に笑いました。
<第4章>
「条件その1.家より大きなかまくらを作れ!」
パトリシアの出した条件は、小さな子供一人ではとうてい成し得ない内容でした。
「わかった。ぼく、作るよ」
それでも、大好きなパパを助けるために、リク君はかまくらを作ることを決めました。
「ケケケ、せいぜいがんばりな!」
パトリシアは不気味に笑い、羽をバタつかせながら高みの見物です。
「うんしょ、うんしょ」
リク君は一生懸命雪を集めて、固めて、集めて、固めて、を繰り返しました。
「はぁ、はぁ」
それでも、リク君の小さな体では、せいぜい犬小屋くらいの大きさのかまくらしか作れません。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
いぢわるな表情を浮かべて、パトリシアが近づいてきました。
「嫌だ! ぼくはパパを助けるんだ!」
「もう十分かまくら作りは楽しんだだろう? とりあえず、次の条件を聞きなって」
そう言うと、パトリシアはリク君のことなど気にせずに、2つ目の条件を話し出しました。
<第5章>
「条件その2.雪合戦。雪玉を俺様に当ててみな!」
そう言うと、パトリシアは黒い羽を器用に使い、縦横無尽に空を飛びまわりました。
「よーし! 絶対に当ててやる。パパを助けるんだ!」
リク君は雪玉をたくさん作りました。そして、パトリシア目掛けて雪玉をたくさんたくさん、投げつけました。
「へへーん。そんなんじゃ当たらねぇーよーだ」
しかし、全然当たりません。リク君の雪玉はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。ついにはたくさん作った雪玉もなくなってしまいました。
「もう終わりか? 雪合戦、十分楽しんだな。それじゃ、最後の条件だ」
<最終章>
「条件その3.巨大雪だるまを作れ!」
これまた、小さなリク君一人では到底できそうもありません。それでも、リクくんはがんばります。
「うんしょ、うんしょ、うんしょ」
小さな雪玉が、見る見るうちに大きくなっていきます。小さなリク君でも、下り坂を利用して、大きな雪玉を作ることができました。
「うんしょ、うんしょ、うんしょ」
続いて、雪だるまの頭となる大きな雪玉も作りました。あとは、先ほど作った雪玉の上に乗せるだけです。
「うーーん。うーーーーん!」
しかし、それが小さなリク君にはできません。どうがんばっても、小さな子供にはできないことがあるのです。それでもリク君は最後まで諦めません。これがパパを助ける最後のチャンスだからです。
「……もういいよ。リク、お前十分楽しんだだろ? かまくら、雪合戦、雪だるま。すごく楽しかっただろ? おまけでもう1つ、“条件”を出してやる。『条件その4.雪で遊んで楽しかったと言え!』、 そうすれば、お前のパパをもとに戻してやる」
全く諦めようとしないリク君を見かねて、パトリシアはもう1つ条件を出しました。パトリシアも、悪気があったわけではないのです。ただ、リク君に雪で遊んでほしかっただけなのです。家よりも大きいかまくらを作れるくらい、思う存分遊んでほしい。空中を逃げ回る妖精に雪玉を当てられるくらい、熱中してほしい。そんな純粋な気持ちが、あんないぢわるな条件を生んでしまったのでした。
「全然楽しくなんかなかった! ぼくは、雪が大好きだよ。雪で遊びたいとずっと思ってた。でも、一人で遊びたかったわけじゃない。パパと一緒に、遊びたかったんだ!」
気がつくと、リク君は涙を流していました。涙を流しながら、必死に巨大な雪玉を持ちあげようとしています。
「うーーん!」
リク君はめいっぱい力を振り絞って雪玉を押し上げました。すると、急に雪玉が軽くなりました。
「リク、よくこんなに大きな雪玉作れたな。えらいぞ」
後ろには、パパの大きな手がありました。そして、一人の力ではどんなに頑張ってもあがらなかった雪玉が、二人の力でいとも簡単にあがりました。ついに、巨大な雪だるまが完成したのです!
「パパ、ぼく雪大好き!」
この日リク君は初めて、自分の“思い”を言葉で表現しました。これは、リク君のこれからの人生において、とても大切な出来事でした。リク君はきっと、十年後には忘れているのだろうけれど、今日の出来事はこれからのリク君の人生を支える、思い出せない思い出となるでしょう。
~エピローグ~
「これは“おまけ”だからな」
そんな小言を呟いて、パトリシアは冬の空に消えました。
「パパ見て、雪が、雪が……」
地面から空に向かって降る雪は、まるで立ち上る湯気のようにゆらゆらと空を漂い、そのまま宇宙へと消えていきました。
―――それはもう、幻想的でドキドキの止まらない、冬の景色でした。