婚約テト●ス 〜表舞台で働きたくないですわ!〜
仕事がテーマなのに、浮かぶネタが「働きたくないですわ〜」だったので。
年を超えてすぐ、お姉様が天に召された。十八歳。冬の流行病だった。
死は誰にでも訪れるもので、早いか遅いかだけ。仕方のないことだ。
それでも、わたくしが生まれて十五年、仲のいい姉妹だったから、哀しかった。
その哀しみから抜け出せていない頃――葬儀からまだ七日。お父様に呼ばれて、当主の書斎に向かった。
この部屋に呼ばれたということは、父と娘としてではなく、侯爵家当主と、その『財産』たる次女として話そうということだ。
うっすら用件を察しつつも、求められている挨拶をこなす。
「当主様。次女マリスローズ、罷り越してございます」
「あぁ、入りなさい。座っていいよ」
「有り難う存じます。――ベンジャミンも、ありがとう」
執務机の正面に、執事のベンジャミンが椅子を設けてくれたので、お礼を言って腰を下ろす。
ちなみにこの執事、我が家の分家にして、代々我が家に仕える家系の当主である。その立場を明確にするため、我が侯爵家の持つ従属爵位のうち、男爵位を与えられている。
つまり執事と言えど、男爵家の当主。未成年貴族のわたくしなんかより公的には偉い人である。
だからお礼を言わねばならない相手なのである。
そのあたりを間違えずに対応したわたくしに、お父様が満足そうに頷いた。
「長男エドワードには次期当主教育を、長女リリーフェルには高位貴族の当主夫人として嫁ぐための淑女教育を課してきた」
「はい」
「そして末っ子のお前には、やがて社交界を握る姉の助けとなるよう、子爵夫人あたりか、宮廷勤めの婦人として、見劣りしない教育を施してきたと思っている」
「充分な教育を頂いたと思っております」
「うむ、だがリリーフェルが天に還り、困ったことが起きた」
お父様のため息の意味は嫌というほど理解できる――お姉様の婚約をどうするか、だ。
「お姉様の婚約は、我が侯爵家と、東隣の公爵家の、領境にまたがる鉱山の発掘に関する協定の証ですものね……」
「そうなのだ。だから婚約が流れましたというわけにはいかんのだが……その、知っての通り……」
「えぇ……」
この場合、普通は妹のわたくしが次の婚約者にスライドする。
思いっきり政略結婚であり「鉱山の開発の間は裏切らないでね」という約束に過ぎないので、あちらの公爵家当主の子と、こちらの侯爵家当主の子であれば、どんな組み合わせでも良いはずなのだ。
公爵の長男と侯爵の長女が同い年だったから。それで双方が八歳の時に面通しして、問題なく婚約となった。
十年の円満な婚約期間を経て、年が明けて二人とも成人したため、春を待って結婚式を行う予定だった――その矢先の、不幸だった。
お姉様の婚約者の悲しみぶりは、それはそれは酷かった。
ここで二つ、問題がある。
一つ目。
十年に渡る婚約期間で、お姉様は次期公爵夫人としての教育を存分に受けてきている。元々高位貴族に嫁がせる要員として幼少より育てられていたので、その延長と専門化のようなものだったと笑っていた。
しかし、わたくしは違う。
お姉様を支えるべく、子爵夫人程度にはなれる教養と、社交界を上手く泳ぎ回るスキルを叩き込まれた娘なのである。
言わば小領地を見れる程度の数字の勉強を基礎に、官僚になるための勉強と、社交界の諜報役の勉強をしてきたのだ。
つまるところ、私では即座に次期公爵の婚約者にスライドするのは無理なのである。
仮にわたくしが成人するまで待っていただけるとしても、あと三年でお姉様のような完璧淑女になれと? 無茶言ってんじゃないですわ。
そして二つ目。
お姉様の婚約者は、それはそれは誠実にお姉様を愛していた。
葬儀での悲しみぶりを見るまでもなく。なんなら『白百合の小公爵』は王都の有名人だった。
なにしろお姉様とデートする時は、いつだって四の鐘で花屋に寄り、予約していた白百合の花束を渡す。
すると花屋の前に我が家の馬車が止まり、お姉様と侍女が乗って帰るのを見送り。
それから自分も一本だけ白百合を買って、軽く口づけ、ゴキゲンで公爵家の馬車に乗って帰るのだ。そりゃあ、そんな通り名も付く。
花束は、デートの最初に渡すと邪魔になるからそれを避け。
それでいて迎えの馬車が通りを邪魔しないよう、毎度同じ場所と同じ時間に迎えに来ればいいように計らい。
まだ婚前だからと婚約者本人には口づけもせず、名に冠する花に口づけるような……十代の割に人間ができすぎているような、次期公爵であればむしろ望ましいような、まぁとにかくそんな、誠実な方なのだ。
この方が「妻はリリーフェル以外考えられない、誰であっても当分愛せそうにないが、私の結婚をあまり先延ばしできないのも分かっている。しかしこのまま結婚すれば、奥方が周囲から『愛されていない妻』と侮られるだろう、それは気の毒なので、正直自分はしばらく結婚しない方がいいと思う」と言い出した。
要は二人目の娘をスライドで差し出すはずの我が家に、社交界のよろしくない性質を考え、即座に再考を促したのだ。
まったく、お姉様にもわたくしにも、とんでもなく誠実な人である。
誠実なのだが、結婚の話が先に進まなくなってしまったのは困った。
「結婚を急ぐなら、わたくしでは教育が間に合いません。そもそも、先方もお望みではない。ですから、他のご縁を立てませんと……ですわよね?」
「そういうことだ。そこでお前の知恵を借りたい。誰ぞおらんか?」
「そうですわねぇ……人の心がない提案なら……」
「ふむ? 言ってみなさい」
身代わり案、無いことはない。但し確実に人の心も無い。
「今回の流行病、先月罹ったエーデルワイス様も、酷かったようで」
「あぁ。一命は取り留めたそうだが……」
「お子を望めるかは相当難しいと、お兄様から聞いております」
「うむ。そうだな、そちらの問題もあったな……」
エーデルワイス様は、お兄様の婚約者だ。
お兄様は今十九歳だが、エーデルワイス様が十七歳なので、来年の春に結婚の予定――だった。
次期侯爵であるお兄様に嫁ぐ方に求められるのは、若い内に確実に跡継ぎを産み、シーズンにはタフな社交をこなしながら、農繁期になれば領地に戻り『実質当主』として切り盛りすることだ――現侯爵夫人たるお母様のように。
あるいは領地に戻らずとも、年間通して王都の社交界に居座り、わたくしと共にお姉様を支える予定だった。
はたして、子を望めるか難しい――最悪、ひとり産んだらそのまま天に召される可能性がある――女性を、次期当主の妻に迎えられるかと言えば、正直頷きがたい。
それは先方のお家も理解していて、エーデルワイス様の婚約はうっすら悲観視されている気配がある。話を詰めようとしたところでこの不幸があり、我が家が喪中に入ったため、詳細な話は出来ていないのだが。
「現実を見るならば、お兄様とエーデルワイス様の婚約は白紙となるでしょう。そして公爵家には、長女のアリアドネ様がいらっしゃいます」
「っ! お前、それは……」
「この政略結婚は、我が侯爵家と、先方の公爵家の、正統な血筋同士の婚姻であればよろしいのですわよね?」
「……そうだが……いや、そうなのだが、マリスローズ……」
「ですから最初に、人の心がない提案だと申しました」
「ぐぬ……しかし、哀しみで政治は動かんか……」
アリアドネ様は、正確には『お姉様の婚約者の異母姉』で、『現公爵が公爵夫人の侍女に手を出して、正妻より先に孕ませてしまった結果産まれた娘』である。
普通に不義の子なのだが、公爵夫人はそれが判明した時、めちゃくちゃに公爵をぶったという。
『私が!わざわざ!連れてきた!お気に入りの!侍女に!何しとんじゃワレェ!』と、それはもう二十往復とも三十往復とも言われるほど、左右の頬を銀製の扇で乱打したとか。
以来、公爵は総入れ歯だとか、武門の極みたる辺境伯の娘を怒らせるとこうなる、とか、色々まことしやかに囁かれている。
ともあれ公爵夫人は、侍女の産んだ娘も公爵の娘として認める、つまり戸籍上は自分の娘として、王家にすら嫁げる品格の娘として育てるとした。
ゆえに公爵家の子どもは、上から順に長女、長男、次男、次女となっているのだが、やはり長女の婚約者探しには頭を抱えていたらしい。
侍女といっても平民ではなく、子爵家の娘なのだそうで、血筋としては間違いなく青い血だが、いかんせん『曰く付きの娘』には違いない。下手なところにやれないし……と悩んでいる内に来年で二十歳になってしまう。
かといって、十年前の政略婚打診の時点で、お兄様には既にエーデルワイス様がいた。九歳と六歳の婚約だったが、有力な分家の血を本家に戻すための親族婚なので、令嬢側によほどの欠陥事由がない限り、気軽には替えられない。
それが、である。今回の、連鎖する大惨事。
個々人の気持ちさえ無視してしまえば、案外上手く収まる。
エーデルワイス様との親族婚約は残念ながら白紙に戻し。
公爵家長男と侯爵家長女の婚約が無くなり。
お姉様しか愛せないという公爵家長男には、無理強いせず。
代わりに、公爵家が持て余す長女と、次期侯爵が婚約。
お兄様が「エーデルワイスじゃないとヤダぁ!」と言わない限りは、丸く収まる。
侯爵家としては、公爵家に二つも恩が売れるので、めちゃくちゃオイシイのではないだろうか――あくまで、人の心がないことさえ気にしなければ。
それを、どうか当主として決断しませんか? と父に揺さぶりをかける極悪次女がわたくしである。
「……マリスローズ、ひとつ聞かせろ」
「なんでございましょう」
「そんな複雑な提案をせずとも、当主の子供同士で結婚ができればよいのだから、お前とあちらの次男の結婚でも良いのではないか?
なんなら先方は、長男がどうしても結婚を拒むと言うなら、弟の方を当主に指名替えすることだってできるのだ。お前が十五歳、あちらの次男が十六歳。お前が成人するまでは教育の猶予期間があるだろう。
なぜ意図的にその可能性から目を逸らして、こんなややこしい提案をした?」
あはん、バレてますわ〜。
そりゃそうですわね、相手は仮にも侯爵家の現当主ですものね。
わたくしは「観念しました」の意を込めてひとつ息をこぼし、口を割る。
「これは、お姉様が受けていた教育を見ていての、わたくしの率直な感想なのですが」
「ん? うむ」
「わたくし、今から高位貴族や宮廷の高位役職持ちの夫人になんて、ぜっっっっったいになれませんわ」
「えっ」
「いいですか?お姉様は十八年かけて、次期公爵夫人にふさわしくなったのですよ? それを? わたくしごときが? 三年で? ――お姉様の人生、お姉様の十八年、ナメてんじゃねーですわよ!」
「「ヒッ」」
あらやだ、ベンジャミンまで怯えさせてしまったわ。ごめんなさいまし。
でも、今の発言だけは許せなかったので。えぇ。
「それにですね? 公爵様の次男様には悪いですが、わたくしのお相手としては一番『ナシ』ですの。繰り上げ指名で次期公爵ならわたくしが公爵夫人。そうでなくとも、現在は宰相府から声がかかっている優秀な方ですのよ? そうなったら未来の宰相夫人。どっちも無理ですわ」
「えー……? 父としては安心して嫁に出せるのだが……」
「わたくし、あんな女の戦いの最前線なんて、どうしても無理ですわよ? 裏方や情報操作や参謀でしたら致しますけれど、人には向き不向きがありますの」
「あ、あぁ……そうか、そうだな――お前の適性はそっちだろうな……」
頭を抱えたお父様。ご理解いただけて何よりですわ。
「そもそも、わたくしに高位貴族の夫人は無理だとお母様が早々に悟ったから、違う教育を受けさせたんですわよね? ばぁやからそう聞いておりますわよ」
「そうだったなぁ……そうか、マリスローズに公爵夫人は無理だなぁ……」
「社交界でお姉様を手伝う用意はありましたが、あくまで小細工部隊としてですわ。公爵夫人として派閥の中心で在り続け、敵対派閥の矢面に立てるような器はありませんもの」
その点、この策が成れば、現公爵夫人の引退後は、公爵家長男の奥方あるいは次男の奥方が派閥の中心となり、アリアドネ様が侯爵夫人として、公爵家次女がまた別の嫁ぎ先から、それを支えるので万全の布陣となる。
当初の我が家の予定のように、(義)姉妹で支え合うのだ。
そしてわたくしは裏方でせっせと働かせて頂く所存。一番ラクですわ〜。
「……良いだろう。お前の策に乗る。お前は引き続き、どうとでも動けるよう、官僚資格を取っておきなさい。嫁ぎ先の子爵家はどうにか用意する」
「はい、お父様――いえ、当主様」
自分に都合のいい未来を考えていたわたくしは、この指示をすっかり勘違いしていた。
どう転んでも身内となる公爵家が、どちらの令息を次期当主に指名してもいいようにしろ、と――つまり次男が当主にならずに将来の宰相候補になった場合はつかず離れずの距離でそれを支え、宰相候補にならなかった場合は単独で宮中工作を出来る人間になっておきなさい、ということだとばかり思っていたのだけど。
* * *
「……で、どうしてベンジャミンがわたくしの義父候補に?」
「はっはっは。お嬢様ほどの参謀を、うかうかと他家に出すわけには参りませんからな。どうせなら私めの持つ技能も伝授させていただきたく。それから官僚資格を活かして、必要とあらば宮中工作などをお願いしたく」
「あぁ〜、そういう……」
お父様の計らいにより、わたくしは我が家の執事見習い修行中の青年と婚約する運びとなった。つまりお相手は、執事であるベンジャミンの、長男である。
世代的には、お兄様が当主になった頃に我が家を内向きから支えてくれる人材である。
その妻のわたくしは、執事の妻というよりは官僚として、外向きの仕事から全力で侯爵家を支える手勢になる、というわけだ。
「当代と次代の二代限りですが、我が家に与えられる従属爵位も、子爵位にしていただきました。さすがに侯爵家当主のお嬢様をお迎えするのに、男爵家では都合が悪いですからね」
「あら、おめでとう。なら二代限りとは言わず、ずっと子爵以上でいられるように、わたくしの代で功績を挙げなくちゃね」
「そういう所が他家に出せないんですよ、お嬢様」
「あらやだ無意識」
でも、この婚約も悪くない。
少なくともわたくし、表舞台に立たなくていいんですもの!
お姉様みたいなすごい人にはなれませんけれど、わたくしはわたくしなりに、この侯爵家を支えてみせますわ!
裏方で働きアリのように動くのは好き。
でも人の心が無いので、正論ぶちかましまくるから、人付き合いが致命的にダメ。
そういう人、居ますよね。割と好き。




