第53話 さらば臨時店長! 永遠に完売しない愛とDIY(最終回)
「……さて、最後の仕上げだ」
世界の最果てに、朝日が昇っていた。
かつて白亜の虚無だった場所には今、木材の香りとオイルの匂いが漂う、温かみのある平屋の建物が建っている。
看板は、俺がアウラと一緒にペンキで塗った。
『エデン・ホームセンター:世界の果て店』
俺は腰の万能レンチを一度強く握り、それをカウンターの定位置に置いた。
人間に戻った俺の腕は、連日の「閉店作業」で筋肉痛の絶頂にある。だが、この痛みこそが、俺がこの世界の一部として「存在している」という、何よりの見積もり証書だった。
「……店長。この、【商品名:防草シート】の敷き方が……まだ少し、甘いでしょうか」
ギリアムが、泥だらけの軍手で頭を掻きながらやってきた。
かつての全能の管理者は今、この店の「新人アルバイト」として、雑用を一から学んでいる。効率至上主義だった彼にとって、手作業の「誤差」はまだ苦痛のようだが、その表情には以前のような冷たさはない。
『ギリアム、0.1ミリのズレを気にする前に、そのシートの下にある「土の感触」を楽しめ。……完璧な仕事なんてのはな、面白くもなんともねぇんだよ』
「……『面白さ』のコスト計算は、まだ時間がかかりそうです。……ですが、このコーヒーの味だけは、論理を超えて理解できました」
ギリアムは、アウラが淹れた「不便な手回しコーヒー」を啜り、小さく微笑んだ。
世界を支配しようとした男が、今は一枚のシートを敷くのに汗を流している。これ以上のリフォームはないだろう。
「店長! 見て見て、この『魔導式・自動追尾型・お買い物カート』! アウラ様特製の最新在庫よ!」
アウラが、ルンボに無理やり買い物カゴを持たせて走り回っている。
彼女はこの店を拠点に、世界中の「壊れたもの」を直して回る『移動リフォーム団』を結成するつもりらしい。
「店長殿。……各国の住民たちから、感謝のメッセージと共に『追加注文』が殺到しています」
レヴィンが、もはや規約集ではなく「顧客満足度調査票」となったタブレットを操作する。
「……どうやら、この世界の再建には、あと数百年分の資材が必要なようです。……臨時店長、任期満了どころではありませんね」
「ギギ……。ボク……ずっと……店長……守る。……レジ打ち……覚えた!」
ルンボが不器用な手で「ありがとうございました」と頭を下げる。
仲間たちの声が店内に響く。俺が求めていた「理想の店」は、本店のカタログの中ではなく、ここにあった。
「……仙太さん」
夕暮れ時。 店の裏手にある丘で、俺はミアと二人、世界を見渡していた。
黄金の命綱が空を繋ぎ、遠くの街々に明かりが灯り始めている。
「……もう、『臨時』じゃなくなっちゃったね。……これから、どうするの?」
俺は、懐から一冊の、手垢で汚れたカタログを取り出した。
それは本店の指示を仰ぐためのものではなく、俺がこの旅で出会った「人々の笑顔」を書き留めた、俺だけの在庫目録だ。
『……俺はさ、やっぱり「店長」だよ。……誰かの困りごとを解決して、ピッタリの道具を提案して……たまに一緒に、不格好な棚を作ったりして笑う。……そんな、どこにでもあるホームセンターの店長が、俺の天職だ』
俺は、ミアの方を向いた。
彼女の瞳には、夕焼けと、そして俺の姿が映っている。
『……ミア。……俺と一緒に、この店の「永久欠品」を埋めてくれないか?』
「……え?」
『……俺一人じゃ、自分自身の「心のメンテナンス」が追いつかねぇんだ。……あんたが隣にいてくれないと、俺の人生は、完成しない』
俺は、ポケットから小さな箱を取り出した。
中に入っているのは、宝石ではない。
【商品名:世界に一つだけの、手作り真鍮リング】。
旅の途中で拾った端材を、俺が不器用な手で、何百回も叩いて磨き上げたものだ。
「……ふふ。……店長さんらしい、最低で最高のプロポーズ」
ミアは、涙を浮かべながら笑った。
彼女が差し出した左手の薬指に、少し歪なリングが収まる。
それは、どんな魔法のアイテムよりも強く、俺たちをこの世界に繋ぎ止める「最強のアンカー」になった。
俺たちの人生の質(Quality of Life)を、最後に計算してみる。
※困難(Challenges)と絆(Bonds)の積を積み上げ、そこに無限の希望(Hope)を足し合わせる。答えは、常に「測定不能(無限大)」となる。
翌朝。
エデン・エクスプレスのエンジン音が、再び鳴り響いた。
『世界の果て店』の留守番をギリアムに任せ、俺たちは再び、リフォームを待つ次の街へと出発する。
「店長! 次の現場は、海の中に沈んだ『泡の王国』だって! 潜水用の断熱材、積んだ?」
「……店長殿、水中でのネジ締めトルクを再計算しました。……完璧です」
『……よし! ……行くぞ、野郎ども! ……世界が続く限り、俺たちのDIYに終わりはねぇ!』
俺は、助手席で笑うミアの手を握り、アクセルを強く踏み込んだ。
看板には、今日もこう書かれている。 【ただいま、元気に営業中】
俺の名前は、仙太。 この世界で一番熱い、ホームセンター店長だ。
(完:ご愛読ありがとうございました!)
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