第44話 極寒の氷雪王国! 凍てついた心を溶かす「断熱リフォーム」
「……はぁ、はぁ……。……空気が、刃物みたいに冷てぇな」
エデン・エクスプレスのタラップを降りた瞬間、俺を襲ったのは、肺の奥まで凍りつかせるような極低温の風だった。
次なる目的地、氷雪王国『フロストヘイム』。かつては美しい雪景色を誇った観光地だったというが、今は前任者が遺した「究極の省エネシステム」により、太陽の光さえも遮断された永久凍土の地と化している。
(……身体が、重い)
ロゴスでの激闘、そして連日の長距離運転。人間に戻った俺の身体は、限界を迎えつつあった。節々の痛みは引かず、寒さで古傷がズキズキと疼く。
「テン……チョウ。……ムリ……シナイ。……ボク……メンテ……スル」
背後から、ルンボが不器用な手つきで俺の肩に触れた。
ルンボは、俺の疲労を察知したのか、自分の内部ユニットを一部改造したらしい。
『……おわっ!? ……なんだ、これ、あったかい……それに、振動が……』
ルンボの腕から、微かな魔力による「超音波振動」と「温熱ヒーター」が伝わってくる。アウラが冗談半分で教えた「マッサージ機」の機能を、ルンボなりに解釈して実装したようだ。
「ふふ、ルンボ特製の『店長専用・マッサージアーム』よ。少しは楽になった?」
ミアが心配そうに、俺の首元に厚手のマフラーを巻き直してくれる。
仲間の温もりに支えられ、俺はなんとか意識をシャキッとさせた。
フロストヘイムの街並みは、巨大な氷のドームが点在する異様な光景だった。
驚くべきことに、人々は一つの家で暮らすのではなく、一人一人が独立した「個別断熱カプセル」の中に引きこもっている。
「……あそこにいる人たち、隣同士なのに一言も喋らないわね」
アウラが眉をひそめる。
前任者がこの国に導入したカタログは、『究極の個人暖房システム』だった。
他人と体温を共有する(集まって住む)のは非効率だという理屈のもと、人々は最小限の魔力で自分だけを温めるカプセルに依存し、会話という「エネルギー消費」さえも切り捨てていた。
「……店長殿、これはロゴスとは別の意味で末期的です」
レヴィンが、氷の壁に刻まれた「エネルギー管理条例」を読み上げる。
「『熱量の無断譲渡は窃盗と見なす』……。つまり、ここでは『親切』や『愛』すらも、エネルギーの不当な浪費として禁止されているのです」
そんな中、俺たちの前に一人の少女が倒れ込んできた。
彼女のカプセルが故障したのか、肌は青白く、呼吸は浅い。
「大変、この子、凍え死んじゃう! すぐに火を魔法で――」
『待て、アウラ! 魔法で無理やり温めても、この外気じゃすぐに熱を奪われる。……まずは「囲い」を作るんだ!』
俺は、エデン・エクスプレスの在庫から、一見地味な「ロール状のシート」を取り出した。
『【商品名:アルミ蒸着・多層構造プチプチシート(超極厚版)】と、【商品名:結露防止・二重窓化プラスチックパネル】だ! ……アウラ、こいつで彼女の周りに小さな「温室」を作れ!』
アウラが風の魔法で素早くシートを裁断し、レヴィンが構造計算に従って「熱を逃がさない角度」でパネルを組み立てる。
そして俺は、仕上げに一本の【商品名:発泡ウレタンスプレー】を隙間に流し込んだ。
単に火を焚くのではない。
「物理的な断熱層」を作ることで、少女自身の体温という「小さな熱」をその場に留める。
数分後、即席の断熱ブースの中の温度は劇的に上昇し、少女の頬に赤みが戻った。
「……あったかい……。……私、一人じゃないの……?」
少女が震える手で、ミアの差し出した【商品名:使い捨てカイロ(貼るタイプ)】を握りしめる。
少女の蘇生を見て、カプセルの中にいた住民たちが、恐る恐る顔を出し始めた。
彼らの瞳には、恐怖と、それ以上の「渇望」が宿っていた。
自分たちも、あの温もりの中に混ざりたいという、本能的な欲求だ。
その時、街の中央にある巨大な「氷の宮殿」から、大気を凍らせるほどのプレッシャーが放たれた。
「……余計な『熱』を持ち込むな。……停滞こそが、この王国が永遠に続くための唯一の道だ」
宮殿の頂上に現れたのは、全身を氷の鎧で包んだ、この国の管理代行者――『絶対零度の王』だった。彼は前任者のカタログから呼び出した『恒久凍結システム』のコアと同化している。
「……人と触れ合えば、熱が生まれる。熱が生まれれば、氷は溶け、この静寂は失われる。……店長よ、お前の『ホームセンター』は、この完成された凍土を破壊する毒でしかない」
『……毒だぁ? ……笑わせんな。……お前が守ってるのは「静寂」じゃない、ただの「死」だ』
俺は、ルンボに肩を預けながら、王を見上げた。
『いいか、本当の省エネってのはな……「冷たくすること」じゃない。……「温かさを大切にすること」なんだよ。……お前の氷の城、俺たちが最高の断熱材で「リフォーム」してやるぜ!』
その夜、俺たちはエデン・エクスプレスの周囲に、特大の【商品名:鋳物製・二次燃焼薪ストーブ】を設置した。
燃料は、ロゴスの街で住民たちが作った「DIYの木屑」だ。
パチパチとはぜる火の粉。
断熱シートで覆われたテントの中に、住民たちが一人、また一人と集まってくる。
「熱の譲渡」という罪を犯し、彼らは初めて隣人の手を取り、温かいスープを分かち合った。
「……店長、明日の作戦は?」
『……宮殿の「氷の壁」を、【商品名:超強力・魔導式剥離剤】で溶かし、露出したコアを【商品名:耐熱・断熱セラミック塗装】で塗り潰す。……熱を奪うだけの王に、自分自身の「熱」で自滅してもらう。……不便を乗り越えるための「暖」のありがたみ、叩き込んでやろうぜ』
俺は、ミアが淹れてくれた熱いココアを一口啜った。
喉を通る熱が、全身に染み渡る。
人間に戻って良かったと、改めて思う。
この「熱い」という感覚こそが、世界を直すための最大のエネルギーなのだから。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




