第42話 思考停止の全自動都市! 魂の「やる気スイッチ」を探せ!
「……不気味なほど、静かな街だな」
エデン・エクスプレスのフロントガラス越しに見えるのは、白亜の巨塔が並ぶ未来都市『ロゴス』。
かつての山脈を削り、前任者が「最短効率」を求めて建設したこの都市には、ゴミ一つ落ちておらず、空を飛ぶ無人輸送機の微かな駆動音だけが響いていた。
「……仙太さん、見て。あそこのベンチに座ってる人たち」
ミアが指差した先には、数人の住民がいた。だが、彼らは青空を眺めるでもなく、会話をするでもなく、ただ虚空を見つめて座っている。まるで、魂の抜けた人形のように。
「……あれは、思考の放棄ね」
アウラが忌々しげに呟く。
「食べ物も、衣類も、娯楽さえも、すべてが『最適』という名のもとに自動で配給される。……ここでは、誰も『選ぶ』必要がないのよ」
街に足を踏み入れた俺たちを待っていたのは、歓迎ではなく、無機質な機械のサービスだった。
「……未登録の個体を検知。……栄養状態、精神指数をスキャン。……最適解を選択。……本日ノメニューハ『総合栄養ペースト・味覚指数3』デス」
突如、地面から生えてきた配給アームが、銀色のチューブを差し出してきた。
受け取った住民たちは、それが何であるかも確認せず、ただ機械的に口へ運んでいる。
「……これは酷いな」
レヴィンが、街の広場にある巨大な「規約の石版」を読み取りながら、怒りに声を震わせた。
「店長殿、この街の法律は狂っている。……『選択の責任はシステムが負う。住民は思考のコストを削減し、静止を維持せよ』だと? ……これは法ではない。魂の家畜化だ」
レヴィンの言う通りだ。ここでは、何を食べ、何を買い、どう生きるかという「DIY(自分でする)」の精神が、根底から否定されていた。
『……よし。……野郎ども、ここで「最大級の不便」をぶちかましてやるぞ』
俺は、エデン・エクスプレスの展開スイッチを押した。
白亜の街並みの中に、場違いなほど「木の温もり」と「錆の匂い」がする黄色い店舗がせり出していく。
「仙太さん、何をするつもり?」
『……「選ぶ苦労」を思い出させてやるんだ。……アウラ、倉庫から【商品名:組み立て式・木製スツール・キット(説明書なし)】を全部出せ! ……レヴィン、この街の「全自動規約」に、『例外的な体験型教育』の項目をねじ込め!』
「……フフ、承知した。法律の隙間を突くのは、私の得意分野だ」
俺たちは、無機質な広場のど真ん中に、あえて「未完成の椅子」と「挽いていないコーヒー豆」を並べた。
最初は、住民たちは遠巻きに見ているだけだった。
だが、俺が【商品名:手回し式・プロ仕様コーヒーミル】をガリガリと回し、香ばしい香りを広場に充満させると、一人の若者が、吸い寄せられるように近づいてきた。
「……それは、何をしているんですか? ……なぜ、配給されるペーストを飲まないのですか?」
『……こいつは「コーヒー」だ。……飲むまでに、豆を挽き、お湯を沸かし、ゆっくり淹れる必要がある。……最高に効率が悪くて、最高にうまい飲み物さ。……飲みたいか?』
「……はい」
『……なら、自分で挽け。……そこに「やり方」は書いてない。……自分の感覚で、いいと思うまで回すんだ』
俺は、戸惑う若者にミルのハンドルを握らせた。
最初は、力を入れすぎて豆を飛ばしたり、逆回転させたりと、彼は散々な不器用さを見せた。だが、数分後。
「……あ。……少し、香りが変わった。……これ、僕が回したから……?」
若者の瞳に、小さな火が灯った。
それは、システムから与えられた「正解」ではなく、自分の手が起こした「変化」に対する、根源的な喜びの光だった。
「……こっちの椅子も、面白いわよ!」
アウラが、説明書のないキットに苦戦する老人たちを煽る。
「ほら、そこはネジじゃないわ、溝を合わせるの! ……あーあ、逆よ逆!」
「……うるさい娘だ! ……こうか? こうすれば、座れるようになるのか!?」
広場に、数万年ぶりに「議論」と「試行錯誤」の音が響き渡った。
それは、効率化という名の錆を、自分たちの好奇心という研磨剤で削り落とす音だった。
だが、街のシステムがそれを許さなかった。
「……エラー。……市民ノ精神活動の異常上昇を確認。……非効率的行為ヲ強制停止シマス。……『最適化守護兵』、排除開始」
街の美しい白亜の塔が変形し、巨大な「掃除機」のような形状のロボットが数体、浮遊しながら近づいてきた。
「……店長、邪魔が入ったわね」
アウラが魔導杖を構える。
「……彼らの『選択の自由』を侵害する法的根拠は、今、私が無効化した」
レヴィンが、手元の端末で街のメインサーバーに偽装した規約を流し込む。
「……ここからは、店長の『実力行使』の出番だ」
俺は、リハビリの終わったばかりの左腕で、腰の万能レンチを強く握りしめた。
『……ミア、後ろに下がってろ。……「何もしない幸せ」なんて、俺たちの在庫にはねぇんだよ!』
俺たちの前に、無機質な「便利さ」という名の怪物が立ちはだかる。
しかし、広場の住民たちは、もう以前のような死んだ魚の目ではなかった。
彼らは、手にしたコーヒーミルや、組みかけの椅子を盾にするようにして、俺たちの背中を見つめていた。
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