第40話 空間のバグを直せ! 巨大ジャッキと「空間水平器」
「……なんだこれ。目が回りそうだぜ」
エデン・エクスプレスのフロントガラス越しに広がる光景に、俺はこめかみを押さえた。
かつての穀倉地帯『フェルティル平原』。だが今、そこにあるのは豊かな実りではなく、物理法則を無視して「折り畳まれた」狂気の風景だった。
数メートル先にあるはずの樹木が、蜃気楼のように遠ざかったかと思えば、地平線が紙のように折れ曲がり、空と地面の境界が混濁している。
「……警告。前方100メートル地点、空間密度が設計値の400%に圧縮されています。このまま進めば、車両は紙屑のように押し潰されるでしょう」
オリジン・ナビの声が、かつてないほど冷たく響く。
これが前任者の遺産――「移動時間をゼロにする」ために空間そのものを圧縮しようとして、復元力を失わせた世界の成れの果てだ。
「店長、これじゃあ『道』なんてどこにもないわよ! 物理的な破壊なら私が吹き飛ばすけど、世界そのものが歪んでるなんて……どうすればいいのよ!」
アウラが珍しく弱音を吐く。無理もない。火球を投げようが、爆弾を仕掛けようが、空間そのものが曲がっていれば、攻撃すら自分の方へ戻ってくるだろう。
『……いや、アウラ。基本は同じだ』
俺は、アイアン・ポートで手に入れた「万能レンチ」を腰のベルトに差し込み、居住区のリフォームで使った道具箱から、一本の細長い筒を取り出した。
『床が歪んでりゃジャッキで持ち上げ、柱が傾いてりゃ水平器で測る。……家を直すのも、世界を直すのも、やることは変わらねぇんだよ』
俺はミアに支えられながら、歪んだ空間の「波打ち際」に立った。
空気が重い。一歩進むだけで、腕が長く伸びたり、逆に縮んだりするような吐き気がする。だが、俺は片目を閉じ、取り出した道具を起動させた。
『【商品名:古代魔導式・多次元レーザー墨出し器(空間基準線投射機)】……照射!』
筒の先から、鮮やかな緑色の光の線が放たれた。本来なら真っ直ぐ進むはずのレーザーが、歪んだ空間に沿ってグニャリと蛇行し、円を描くように空へと消えていく。
「……レーザーが曲がっている。つまり、そこが『歪みの中心』ですね」
レヴィンが眼鏡を光らせて分析する。
「店長殿、あの光の屈折率から逆算すれば、空間の『正しい水平』を導き出せます。ですが、それをどうやって物理的に固定するのですか?」
『そこは、力技の出番だ。……ルンボ! 出番だぜ!』
俺たちは、エデン・エクスプレスの後部デッキから、特大の「柱」のような装置を四本、吊り上げた。
『【商品名:超重量物・次元固定用油圧ジャッキ『ワールド・リフター』】! ……ルンボ、こいつをあのレーザーが折れ曲がっている「座標」に打ち込め!』
「ギギ……リョウカイ。……ボク、地球、持ち上げる!」
ルンボが咆哮し、巨大なジャッキを背負って歪みの渦へと突進した。
凄まじい空間の反発力がルンボの装甲を軋ませるが、彼はその怪力でジャッキを地面――いや、「空間の底」へと突き立てた。
俺は、手元の万能レンチを使い、リモート制御が効かなくなったジャッキの「手動バルブ」に飛びついた。
人間に戻った俺の筋力では、バルブを回すことすら命懸けだ。
『……くっ、重てぇ……! だが、ネジ一本の締まり具合で、世界の角度が決まるんだ……負けてたまるか!』
「仙太さん、手伝うよ! ……風の力、全開!」
ミアが背後から俺の手を包み込み、魔法の旋風で俺の腕力を底上げする。
アウラもジャッキの熱暴走を防ぐために、氷の魔力を注ぎ込み続けた。
カチッ、カチッ、カチッ……。
万能レンチが心地よいラチェット音を奏でるたび、巨大なジャッキがミリ単位でせり上がり、折り畳まれていた空間を無理やり「押し広げて」いく。
グシャアッ! という、ガラスが割れるような轟音が響き、曲がっていたレーザーの光が、一本、また一本と真っ直ぐな線へと戻っていった。
『仕上げだ! アウラ、あれを投げろ!』
「了解! 【商品名:高粘度・空間安定用コーティング剤『リアリティ・シーラー』】、いくわよ!」
アウラが放った特殊なパテが、ジャッキで広げられた「空間の裂け目」に吸い込まれていく。それは不安定な地形を固め、二度と歪まないように固定する「世界の絆創膏」だ。
数分後。
あれほど狂っていた風景が、嘘のように静まり返った。
紫色の霧が晴れ、そこには真っ直ぐな、しかし少しだけ「新しく作られた」ばかりの、滑らかな地面が続いていた。
「……やった。……道が、できてる」
ミアが、安堵の溜息を漏らし、俺の胸に顔を埋めた。
俺は激しい息切れをしながらも、自分の右手のひらを見つめた。
皮が剥け、豆が潰れている。だが、この痛みこそが、俺が「全能の神」ではなく「一人の職人」として世界を直した証だった。
空間が正常化したことで、平原の中央に、ひっそりと佇む一軒の「店」のような建物が見えてきた。
だが、そこには温かみなど微塵もない。
「……あれは、前任者が設置した『無人自動受け渡し所』ね」
アウラが険しい顔で呟く。
住民が不在のまま、空間を圧縮して「最短ルート」で物資を運ぶことだけを目的とした施設。
俺たちが近づくと、施設のスピーカーからノイズ混じりの声が響いた。
「……効率化……完了セズ。……障害個体ヲ確認。……貴様ハ、ナゼ……不自由ナ『手作業』に固執スル……。……時間ハ……命……奪ウ……ムダ……」
『……無駄じゃないさ。……時間をかけてネジを締めなきゃ、すぐに緩んじまうんだよ。お前の作ったこの世界みたいにな』
俺は、施設の中に残されていた「カタログの断片」を回収した。
そこには、前任者がかつて「便利さ」を追求するあまり、家族や仲間と過ごす「無駄な時間」すらも削ぎ落としていった、悲しい記録が残されていた。
「……仙太さん、この人……寂しかったのかな」
ミアが、回収した断片を見てポツリと漏らす。
『……さあな。だが、俺は寂しくない。……隣にうるさい従業員と、心配性のヒロインがいるからな』
俺たちは、リフォームしたばかりの「真っ直ぐな道」を、エデン・エクスプレスで再び走り出した。
次はどんな不便が待っているのか。
だが、俺の手には万能レンチがあり、仲間たちの笑い声がある。
どんなに空間が歪んでいても、俺たちの「進むべき水平」は、もう揺らぐことはなかった。
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