第39話 不自由を楽しむ休日と、エデン・エクスプレスの「内装リフォーム」
「……よし、そこだ。……ああ、その角度。……完璧だ」
アイアン・ポートを離れ、平穏な草原地帯をひた走るエデン・エクスプレスの車内。俺は、ギプスが外れ、ようやく動かせるようになった左腕のリハビリを兼ねて、助手席のシートの「傾斜角度」を微調整していた。
右手に握るのは、アイアン・ポートの老人から託された【古代の超合金製・万能レンチ】。
カタログから呼び出す最新の電動工具とは違い、それはずっしりと重く、回すたびに「カチ、カチ」と心地よい金属音が指先に伝わってくる。
『……自分の手でネジを締める。……これだけで、こんなに「手応え」があるなんてな』
「仙太さん、あまり無理しちゃダメだよ? 腕、まだ完全に治ったわけじゃないんだから」
隣でハンドル(兼ルンボのコンソール)を握るミアが、心配そうに、でも少し嬉しそうに俺の手元を覗き込む。人間に戻ったことで、俺たちはこうして狭い運転席で肩を並べ、同じ景色を眺めることができるようになった。
「店長、ちょっと手伝って! こっちの『多機能キッチンユニット』、排水の傾斜が甘いのよ!」
居住エリアからアウラの元気な声が響く。俺たちは現在、移動中の車内を「より人間らしく」過ごすためのプチ・リフォームの真っ最中だ。
これまでは「魔法的な浄化」で済ませていた水回りも、生身の俺が料理をし、顔を洗うとなれば話は別だ。水の勢い、温度の安定性、そして何より「使い勝手の良さ」が重要になる。
今回のリフォーム・ポイント
【シンクの防音コーティング】:走行中の水の跳ね音を抑え、ミアとの会話を邪魔しないように施工。
【魔導式・床暖房(DIY版)】:アウラが余った魔導回路を床下に配線。冷え性のミアへの配慮。
【万能レンチによるボルトの増し締め】:車両全体の異音を解消。一つ一つの振動を「指」で確認する。
「……ふむ。このレンチ、驚くべき精度だ」
レヴィンが、俺の手元にあるレンチを鑑定するように見つめる。
「法的に言えば、これは『登録外の未知デバイス』だが……。店長殿がこれで車両を整備する姿には、不思議な『正しさ』を感じる。……道具が、持ち主を選んでいるようだ」
アバターだった頃には分からなかった「締め込みの適正トルク」。
それは数値ではなく、筋肉に伝わる「重み」で判断するものだということを、俺はこの不自由な体で学び直していた。
夕暮れ時、エデン・エクスプレスを草原の真ん中に停め、俺たちは外で小さなキャンプを張ることにした。
『……今日のメニューは、アイアン・ポートで分けてもらった地元の魚の「香草焼き」だ。……カタログの高級食材じゃないが、獲れたてだぜ』
俺は、不格好ながらも自分の手で魚を捌き、スキレットで焼き上げた。
ミアが隣で、地元の野菜を刻んでサラダを作る。
「……はい、仙太さん。あーん、はもう卒業かな?」
ミアが悪戯っぽく笑いながら、フォークを差し出す。
俺は少し照れながらも、自分でフォークを取り、一口食べた。
『……うまい。……風の匂いと一緒に食べると、味が何倍にもなるな』
「……うん。……私ね、今の仙太さんの方が好きだよ。……全能の神様だった頃よりも、こうして一緒に困ったり、一緒に工夫したりできる、今の仙太さんが」
ミアの手が、俺の手の甲にそっと重なる。
その温かさは、どんなヒーターよりも深く俺の芯を温めてくれた。
人間に戻った代償として失ったものは多い。だが、この「一瞬の体温」を得られただけで、俺の選択は正解だったと確信できる。
だが、穏やかな時間は長くは続かなかった。
夜、ルンボが不意に小さな警告音を鳴らした。
「テン……チョウ。……ミチ……オカシイ。……クウキ……重い」
草原の先、次なる目的地へと続く街道の空が、不気味な紫色に染まっていた。
オリジン・ナビがホログラムで現れ、深刻な顔で地図を指し示す。
「……臨時店長。前任者の警告通り、世界に『歪み』が生じ始めています。……次のエリアは、かつて肥沃な穀倉地帯だった『フェルティル平原』。……ですが現在、そこは『距離が伸び縮みする不可能な地形』へと変貌しています」
『……距離が伸び縮みする? どういうことだ』
「……前任者が遺した『高効率・空間圧縮カタログ』が暴走し、地形そのものを効率化しようとした結果、空間がズタズタに引き裂かれ、物理法則が機能しなくなっています。……通常の車両では、あそこを一歩も進むことはできません」
アウラがモニターを覗き込み、顔を青くした。
「空間のバグ……!? そんなの、ホームセンターの道具でどうにかできるレベルじゃないわよ!」
俺は、傍らに置いた万能レンチを強く握りしめた。
「効率」を求めた果てに、地形そのものが壊れてしまった世界。
『……面白いじゃないか。……空間が歪んでるなら、そいつを「水平」に直してやるのが、俺たちの仕事だ』
俺は、カタログの深い階層を探った。
今の俺に「全能」はない。だが、この「不自由な手」と、本店の在庫を組み合わせれば、まだ見ぬ「解決策」を自作できるはずだ。
「……仙太さん、行くんだね」
『ああ。……世界がどれだけ不便になっても、俺たちはその先にある「暮らし」をリフォームしなきゃならないからな』
エデン・エクスプレスは、不気味な紫色の地平線へと向かって、再びゆっくりと走り出した。
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