第37話 錆の街アイアン・ポート! 超強力・防錆スプレーをぶちかませ!
「……これは、ひどいな。街全体が『廃車置場』に見えるぜ」
エデン・エクスプレスの助手席で、俺は窓の外に広がる光景に絶句した。
かつて世界最大の造船所として栄えた港町『アイアン・ポート』。だが今、俺たちの目の前にあるのは、潮風に焼かれ、赤黒い錆に侵食された無残な廃墟だった。
建物は崩れ落ち、港に停泊している巨大な船は、まるで腐った巨獣の死骸のように無惨な姿を晒している。そして何より異様なのは、街の至る所で「キチキチ」と音を立てて動いている、手のひらサイズの金属生物――『スクラップ・ドローン』の群れだ。
「あれがオリジン・ナビの言っていた負の遺産ね。……壊れていない家まで、勝手に『資源』だと判断して解体しようとしているわ」
アウラが忌々しげに舌打ちをする。
ドローンたちは、前任者が遺した「誤った管理プログラム」に従い、街を維持するのではなく、解体して「在庫」に戻そうとし続けていた。
エデン・エクスプレスが街の中央広場に停車すると、数少ない生き残りの住民たちが、怯えた様子で物陰からこちらを伺っていた。
「……助けなんて、もういらん。この街はもう、錆の神様に生贄として捧げられたんじゃ」
一人の老人が、錆びついた義手を引きずりながら力なく呟く。彼の腕の継ぎ目からは、ドローンが植え付けた「分解ナノマシン」による赤錆が、じわじわと生きた肉を侵食していた。
『……生贄なもんか。……ただの「メンテナンス不足」だ、こんなのは』
俺は、ミアの肩を借りて車から降りた。
左腕はまだギプスで固定されているが、右手にはエデン本店の最新在庫から選び抜いた、一本の重厚なスプレー缶を握っている。
「仙太さん、無理しないで。あいつら、生き物じゃないから言葉なんて通じないよ」
『分かってる。……だから、言葉じゃなくて「品質」で語り合うんだ』
その時、俺たちの「巨大な黄色い車両」を解体対象と見なしたのか、数十体のスクラップ・ドローンが、カッター状の脚を鳴らしながら一斉に襲いかかってきた。
「ギギッ! 解体……資源……回収……!」
ドローンが跳躍する。だが、俺は動じない。
かつてのTEN-CHOのように超高速演算で回避することはできないが、俺には長年の店長経験で培った「不具合の出所を見抜く目」がある。
『アウラ、リリ! 散布開始だ! ……商品は、【エデン特製:超強力・魔導式浸透防錆スプレー『ラスト・バスター』】だ!』
「了解! ……それっ!」
リリが魔法で風を起こし、アウラが車両のルーフから噴霧器を起動する。
俺が手に持ったスプレーからも、高圧の薬剤が噴射された。
それは、ただの洗剤ではない。
金属の分子間に割り込み、錆(酸化物)の結合を強制的に解除。さらに、古代の魔導回路を一時的に「絶縁」してショートさせる、対ドローン用にして最強のクリーナーだ。
噴霧を浴びたドローンたちが、空中で痙攣するように動きを止めた。
「ギギ……? 結合……解除……エラー……!?」
ボロボロと赤錆を剥がし落としながら、ドローンたちは次々と地面に転がっていく。
そこへ、俺はトドメの一撃――ではなく、【商品名:速乾性・高耐久シリコン被膜コート】を浴びせた。
『……いいか、道具ってのはな、壊すためにあるんじゃない。……「磨いて使い続ける」ためにあるんだよ!』
薬剤を浴びたドローンたちは、解体プログラムが上書きされたのか、あるいは単純に機能不全に陥ったのか、ただの「光り輝く金属の塊」へと戻り、そのまま動かなくなった。
広場に静寂が戻る。住民たちは、自分たちの家や道具を蝕んでいた「錆の呪い」が、たった数分の「掃除」で消え去ったことに呆然としていた。
「……錆が、落ちた? あんなに簡単に……?」
老人が自分の義手を見つめる。俺が吹きかけたスプレーにより、錆びついて動かなかった指先が、滑らかに駆動音を立て始めた。
「……奇跡だ。……あんた、本物の『エデンの使者』なのか?」
『いや、ただの店長だよ。……それより、じいさん。この街に、変な「石板」か「教典」みたいなものがないか? ……それも、すごく「便利だけど、使うと周りが壊れる」ようなやつだ』
老人の顔が、さっと青ざめた。
「……ある。街の造船所の奥、かつての市長室に祀られている……『黄金の注文書』だ。あれに従えば、どんな食料も、どんな部品も手に入る。……だが、その代償に、街の鉄はどんどん錆びていった……」
俺はアウラと顔を見合わせた。
オリジン・ナビが言っていた「偽りのカタログの断片」で間違いない。
前任者は、人々に「等価交換」ではなく「略奪的供給」を強いていたのだ。カタログから何かを取り出すたびに、周囲の既存の物質を「資源」として分解し、錆に変えるという、最悪のシステム。
「……最低ね。それ、ホームセンターじゃなくて『強制リサイクル業者』じゃない」
アウラが拳を握りしめる。
俺たちのエデンが掲げる「DIY(自分たちで作る)」とは真逆の、「与えられる代わりに奪われる」という支配の構造。
『……よし、リフォームの方向性は決まったな。……その『黄金の注文書』を回収し、この街に「自立型メンテナンス・ステーション」を設置する。……じいさん、アンタたちの義手も家も、全部俺たちが「定価」で直してやるよ。……あ、支払いは現金じゃなくて、街の復興作業っていう「労働力」でいいからな』
その夜、エデン・エクスプレスの周囲には、住民たちが集まって小さな焚き火が焚かれていた。
錆を落とし、光り始めた街の片隅で、俺は車内のベッドに腰を下ろしていた。人間に戻って数日。全身の疲労はピークだが、心はかつてないほど充実している。
「……仙太さん、お疲れ様。はい、温かいミルク」
ミアが、マグカップを差し出してくれる。
彼女は俺の隣に座り、そっと俺の肩に頭を預けてきた。
「……今日は、店長さんって感じだったよ。……かっこよかった」
『……よせよ。スプレー振り回してただけだ。……でも、自分の手で誰かの錆を落とせるのは、やっぱり気持ちいいな』
ミアの髪の香りが鼻をくすぐる。
かつて全能だった俺は、この「温もり」を知らなかった。
不自由な体。折れた腕。尽きる体力。
それらすべてがあるからこそ、隣にいる彼女の存在が、何よりも確かな「在庫」として俺を支えてくれている。
「……ねえ、仙太さん。……この旅が終わっても、ずっと店長でいてくれる?」
『……ああ。……世界中の錆を落として、全部の店に挨拶しなきゃいけないからな。……まだまだ、引退なんてさせないぜ』
俺は、動く方の右腕を、ミアの背中に回した。
遠くで、修復されたドローンを改造して遊ぶアウラと、それを「法律違反だ」と叱るレヴィンの声が聞こえる。
アイアン・ポートの潮風は、まだ少しだけ錆の匂いがしたが、俺たちの前には、新しく塗り直された「エデン・イエロー」の明日が広がっていた。
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