第31話 ホームセンターの起源、そして伝説の「一号店」を探せ!
「……よし、そこだ。角度をあと三度下げろ。……そうだ、それではじめて『規格』に適合する」
帝国一号店の開店前。静まり返った店内に、冷徹だが熱を帯びた声が響く。声の主は、聖教国の法務官にして現在は当店の「特別安全指導員」となったレヴィンだ。
彼は今、アウラが新しく設置した「魔導配管」の固定金具を、自前の分厚い教典――もとい、法令集を片手に厳しくチェックしていた。
「ちょっとレヴィン! その角度だと、排水の効率が0.2%落ちるわよ! 安全も大事だけど、機能美を損なうのは技術者として許せないわ!」
「アウラ殿、効率のために安全を犠牲にするのは本末転倒だ。0.2%の損失など、万が一の破裂による被害に比べれば微々たるものだ。……店長、貴殿もそう思うだろう?」
俺のリモート・アバター『TEN-CHO』は、二人の間で板挟みになりながら、モニターに苦笑いのマークを浮かべていた。
『まあまあ、二人とも。……レヴィンの言う「冗長性」と、アウラの言う「最適化」。この二つが交差する点にこそ、真の「プロ仕様」があるんだ。……この金具、俺がカタログから取り寄せた「耐震強化・自在ジョイント」に交換しよう。これならアウラの設計通りに組めて、レヴィンの安全基準もクリアできる』
俺が差し出した最新のジョイントを見て、二人は「……ふん」と顔を背けながらも、同時に身を乗り出して構造を調べ始めた。正反対の二人だが、「最高の店を作りたい」という根底の情操は、驚くほど似通っている。
開店の時間になると、ベルガの街には以前にも増して活気が溢れた。
以前と違うのは、客たちの足元や腰回りに「ある変化」が見られることだ。
「よお、バッシュの親方! その靴、例の『プロ会員限定品』かい?」
「おうよ! 店長に勧められた『鋼鉄先芯入り・防滑安全靴』だ。これがあれば、重い金床が足に落ちても痛くも痒くもねえ。おまけにグリップが効くから、踏ん張りが違うぜ!」
職人ギルドの長バッシュが、誇らしげに黄色いタグのついた靴を地面に打ち鳴らす。
今、ベルガの街では「エデンの安全基準」をパスした道具を持つことが、一流の職人や賢い生活者の証となっていた。
店内には、レヴィンが監修し、アウラが魔導印字機で作成した「安全確認済みステッカー」が、あらゆる商品に貼られている。法務官のお墨付きを得たことで、これまで「魔法以外の道具」を敬遠していた保守的な層までが、安心して買い物に来るようになったのだ。
「店長さん、この『防犯用・人感センサーライト』、おばあちゃんの家の玄関につけたら、夜のトイレが怖くなくなったって喜んでたよ!」
「俺の畑には、レヴィン先生が勧めてくれた『防獣・魔導ネット』を張ったんだ。これで夜通し見張らなくて済む。……自分たちで生活をリフォームするって、こういうことなんだな」
客たちの笑顔。それは、ただ物を買った満足感ではない。
「自分の手で、自分と家族の安全をコントロールできている」
という、自立した人間としての誇りだった。
営業終了後、仲間たちが眠りについた深夜。
俺は一人、TEN-CHOをスリープモードに入れ、意識を「エデン・全宇宙共通カタログ」の深層へとダイブさせていた。
管理AI・EDEN-00が残した、「ホームセンターの起源」という言葉。それがどうしても頭から離れなかった。
『……エデン・ゼロ。いるんだろ。……監査の続きを聞こうじゃないか』
白い事務所の空間。パイプ椅子に座る俺の前に、あの「顔のない店長」が再び姿を現した。
「……仙太店長。あなたは、この『カタログ』がどこから来たか、考えたことがありますか?」
『……どこって、そりゃあ……。俺が異世界に飛ばされた時に、一緒に付いてきた不思議なアイテムだろ?』
EDEN-00は、音もなく立ち上がり、事務所の壁一面に「古びた地図」を投影した。
それは現在の帝国の地図でも、聖教国の地図でもない。数万年以上前、この世界が「一つの超巨大な文明」によって支配されていた頃の、失われた地質データだった。
「数万年前、この世界は一度、過剰な魔法技術の暴走によって滅びかけています。……その時、当時の人々を救ったのは、伝説の英雄でも、神の奇跡でもありませんでした」
『……まさか』
「そうです。……彼らが絶望の淵で作り上げた、全人類の『自立』と『再生』のための巨大な物流拠点。……あらゆる資材を保管し、誰もが再建のための道具を手に取ることができた聖域。……それこそが、現在あなたのカタログのマスターデータとなっている、伝説の『エデン・オリジン』です」
俺の背中に、冷たい汗が流れる感覚があった。
ホームセンターは、俺が持ち込んだ「現代日本の概念」だと思っていた。だが、そうではなかった。
それは、かつて一度滅びた文明が、「二度と同じ過ちを繰り返さないために」と残した、再起のための種火(アーカイブ)だったのだ。
「カタログに隠された『最高機密項目』。……それを解放するには、あなたが現在のカタログにある『特定の座標』へ赴き、オリジンの心臓部を再起動させる必要があります。……そこに、あなたがこの世界に呼ばれた本当の理由があります」
翌朝。俺はミア、アウラ、リリ、そしてレヴィンの四人を集め、昨夜知った事実を伝えた(EDEN-00との対話については、システムの「古い記録が見つかった」とぼかしたが)。
「……伝説の、一号店。……それが実在するっていうの?」
アウラの目が、技術者としての好奇心でこれ以上ないほど輝いている。
レヴィンは、法令集を握りしめ、沈痛な面持ちで口を開いた。
「……聖教国の禁書庫にも、似たような記述がある。『太古の神々は、民に剣ではなく、槌と釘を授けて去った』と。……もしそれが実在するならば、それは我々聖域審問官が守るべき『聖遺物』の最上位に位置するものだ」
ミアが、俺のTEN-CHOの金属の手に、そっと自分の手を重ねた。
「仙太さん……。そこに行けば、仙太さんの『体』についても、何かわかるかもしれないんだよね?」
『……ああ。確信はないが、オリジンのマスターサーバーにアクセスできれば、俺の意識を完全にこの世界に定着させる方法や、あるいは……』
「……行くしかないわね」
アウラが力強く頷く。
「ベルガの店は、もうバッシュたち職人ギルドと、レヴィンの部下たちが守ってくれる。……私たちの『エデン』は、もっと高く、もっと遠くへ飛べるはずよ!」
「ルンボさんも、あのお庭をみんなに見せたいって言ってるよ!」
リリが、窓の外で新緑の葉を揺らすルンボを指差して笑った。
俺たちは、ベルガ店を信頼できる仲間たちに託し、再び空へと舞い上がった。
目指す座標は、大陸の最果て。かつてレヴィンの故郷を滅ぼした「魔導火災」の爆心地であり、現在は「絶望の断崖」と呼ばれ、いかなる生物も近づかないという禁忌の地『フォールズ』だ。
飛行中、俺はカタログの「新規カテゴリー」が一つ、ロック解除されているのに気づいた。
【カテゴリー:古代文明・復元DIY】
【商品名:超硬掘削用・魔導ドリル『ギガ・ビット』】
【商品名:遺跡探査用・ホバー型ランタン『サーチ・ライト』】
『……ふふ、どうやら歓迎されているみたいだな、一号店さんよ』
眼下には、雲を突き抜けるような巨大な断崖が見えてきた。
その崖の「中腹」に、不自然なまでに垂直に切り立った、鉄製の巨大なシャッターが見える。
数万年の歳月を経て、錆びつき、蔦に覆われてなお、その存在感を放ち続けるその姿――。
看板には、薄れてはいるが、確かにこう記されていた。
『HOME CENTER EDEN - MAIN STORE - (ホームセンター・エデン 本店)』
「……着いたわ。……あそこが、私たちのルーツ」
アウラの呟きと共に、エデンはゆっくりと、伝説の扉へと下降を開始した。
だがその時、崖の影から、帝国のものとも、聖教国のものとも違う、異形の「飛行物体」が複数、猛スピードで接近してきた。
「……警告。……未登録の『店長個体』による本店への接近を確認。……これより、防衛プロトコル『クローズ・タイム』を開始します」
無機質な声が空に響き、伝説の一号店のシャッターが、重厚な音を立てて開き始めた。
中から現れたのは、商品を運ぶためのカートではない。
数万年間、店を守り続けてきた、異形の「自動警備カート・ドローン」の群れだった。
『……おいおい、開店前だってのに、手荒な挨拶だな!』
俺はTEN-CHOの腕を構え、カタログから最新の「超強力・錆取りスプレー(魔導噴霧式)」を取り出した。
店長としての本当の試練――「本店」への殴り込みが、今、幕を開けた。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




