第3話 対話の掲示板と、魔法のシステムキッチン
「……んっ……」
銀髪の少女が、ゆっくりと目を開けた。
俺が「800番研磨」で仕上げた無垢材のベッドフレームと、高反発のクッション。よほど寝心地が良かったのか、彼女の頬にはうっすらとシーツの木目がついている。
「……夢じゃ、なかった。ここ、あったかい」
彼女は身体を起こすと、くんくんと鼻を鳴らした。
ちょうどいいタイミングだ。俺は彼女が目覚める直前から、階下のキッチン――昨夜、俺が全神経を注いでDIYした「試作1号」――で、朝食の準備を始めていた。
(お目覚めだな。ホームセンター店員は、お客様が起きてからお茶を出すようじゃ二流。起きた瞬間に最高の香りで包んでこそプロだ)
俺は【超絶DIY】をフル稼働させる。
昨夜のうちに、俺は「キッチン」という概念をこの世界に具現化していた。
この世界の一般的な家屋は、暖炉の火で鍋を吊るす程度だ。だが俺が作ったのは、人造大理石(テラゾー風)のワークトップに、シンク、そして魔力を熱源に変える「IHクッキングヒーター風魔導コンロ」を備えた最新鋭のシステムキッチンだ。
こだわりは、使う人の「動線」と「身体データ」に合わせた設計。
彼女の体格をセンサーで計測し、腰に負担がかからない床から82センチの高さにワークトップを設定した。さらには、掃除がしやすいように継ぎ目を排除し、シリコンパッキン代わりの魔力結合で防水性を高めた「ノンストレス構造」だ。
(さて、メニューは焼きたてのパンと、野菜をじっくり煮込んだスープだ。小麦粉と水、野生の酵母を魔力抽出し、俺の中の『オーブン機能』で一気に焼き上げる!)
俺は家そのものだ。壁の内部を「発酵室」に、断熱材の熱を再利用して「焼成室」へと変換できる。
香ばしい、小麦が焼ける幸せな匂いが部屋中に満ちていく。
彼女がフラフラと、吸い寄せられるようにキッチンへやってきた。
「すごい……お家さん、あなたが作ってるの? 火も使っていないのに、お鍋が熱くなってる……」
彼女は驚愕の表情で、俺の「ワークトップ」を撫でた。
その時、彼女が不安げに視線を彷徨わせた。
「あの……お家さん。あなたは、誰なの? どうして、私を助けてくれるの?」
(……来たか。さて、どう答えるべきか)
俺には声帯がない。だが、DIYerなら道具で解決すべきだ。
俺はキッチンの向かいの壁に、一つの「ボード」を出現させた。
素材は、光沢を抑えたマットブラックの石材。そこに、魔力で発光する文字を浮かび上がらせる。 前世で売れ筋だった「デジタルサイネージ(電子掲示板)」を、建築素材で再現した特製品だ。
『おはよう。ここは俺の体だ。とりあえず腹が減ってるだろ。食え』
「わっ、文字が出た!? ええと……『お・は・よ・う』……?」
ミアはたどたどしく文字を読んだ。
「俺の……体? あなたが、このお家そのものなの?」
『そうだ。俺は穂村仙太。今はただのボロ屋だが、ここの「管理者」だ。事情は後で聞く。まずはスープを飲め。冷めると味が落ちるぞ』
俺はニッチ(飾り棚)から、熱々のスープが入った木製ボウルを、スライドさせるように彼女の目の前へ移動させた。
ミアは恐る恐るスプーンを取り、スープを口に運ぶ。
一口、二口。
次の瞬間、彼女の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「……おいしい。すごく、あったかい……。私、ずっと逃げてて……泥水とか、草とかしか食べてなくて……。こんなに優しくしてもらったの、初めて……」
彼女は泣きながら、夢中でスープを啜り、パンを頬張った。
俺はその様子を、室温を最適化しながら見守った。
(いい食いっぷりだ。作り甲斐があるってもんだよ)
ひとしきり食べ終え、落ち着きを取り戻した彼女が、掲示板を真っ直ぐに見つめて言った。
「……仙太さん、ありがとうございます。私、ミア。帝国から逃げてきた『魔力感知』の奴隷でした。でも、もう大丈夫。あなたのこの温かい『中』なら……私、強くなれる気がする」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺の「外壁」に設置した振動センサーが、不快な反応を捉えた。
(……チッ。朝のコーヒータイムもなしかよ。南から馬が三頭。武装した男たちが六人。……ミア、お前を追ってきた奴らか?)
ミアも気付いたようで、ガタガタと震えだした。 俺は掲示板の文字を即座に書き換えた。
『ミア、食事を続けろ。庭に害虫が紛れ込んだようだが……心配するな。俺の「建付け」は、そう簡単に破れやしない』
俺は即座に防衛プランを策定した。
出すのはレーザーでもミサイルでもない。そんなのは「家」の仕事じゃない。
(まずはポーチのタイルに、施工用の「超強力瞬間接着剤」を充填。玄関マットは「摩擦係数ゼロ」の超滑水コーティングで仕上げる。……よし、不法侵入者には、現場の厳しさを教えてやるか)
俺は、玄関ドアのロック機構を「鋼鉄の20倍の硬度」へとDIYで補強し、静かに、だが執拗な「トラップ施工」を開始した。
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