第29話 傷だらけのルンボ、そして「魔導園芸」の奇跡
聖教国の審問官たちを追い払ったベルガの街に、穏やかな夕闇が降りてきた。
一号店の周囲には、バッシュたち地元の職人たちが自発的に「警備」の焚き火を焚き、店を守るように陣取っている。だが、店内の熱気とは対照的に、バックヤードのピットには重苦しい空気が流れていた。
そこには、エデンを守るために盾となったルンボが、巨体を横たえていた。
全身のセラミック装甲は神聖魔法の熱で剥がれ落ち、内部の魔導回路がむき出しになっている。何より深刻なのは、ルンボの動力源である「核」に、ザカリウスの放った呪いの余波が侵食し、脈動が弱まっていることだった。
「……ひどい。これじゃ、普通のグリスやハンダ付けじゃ追いつかないわ」
アウラがテスターを片手に、悔しそうに唇を噛む。彼女の高度な魔導工学をもってしても、古代の「生ける金属」に近いルンボの構造を修復するのは困難を極めていた。
『……すまない、ルンボ。俺に実体があれば、もっと早く……』
リモート・アバター『TEN-CHO』のモニターに映る「悲しい顔」のアイコンが揺れる。俺は自分の無力さを噛み締めていた。だがその時、これまで静かにルンボの傷口を見つめていたリリが、一歩前に踏み出した。
「……店長さん、アウラさん。私にやらせて。……ルンボさんは今、機械として壊れてるんじゃなくて、生き物として『枯れかけてる』んだよ」
修復の準備を整える間、俺はTEN-CHOの演算能力を使って、ザカリウスが残した言葉を分析していた。
彼ら聖教国の教義は、極端な「苦行主義」だ。
「人間は不便と苦痛の中でこそ、神への純粋な祈りを見出す」
彼らにとって、ボタン一つで火が灯り、洗剤一つで汚れが落ちるホームセンターの利便性は、人間から「精神的成長の機会」を奪う悪魔の誘惑に他ならない。
(……だが、それは違う)
俺は、事務所の椅子に座る感覚で思考を巡らせる。
不便を我慢することが修行だというなら、空いた時間で花を愛で、新しい道具を工夫する喜びは何だというのか。ザカリウスの瞳にあったのは、救済ではなく「変化への恐怖」だった。
彼らは、自分たちの支配構造を維持するために、「苦しむ民衆」という停滞した景色を必要としている。
『……なら、見せてやる。俺たちのDIYが、どれほど「命」を輝かせるか』
リリがカタログから取り寄せたのは、意外なものばかりだった。
植物用発根促進剤「ルート・パワー・マックス」
高伸縮性バイオ粘着テープ(接ぎ木用)
天然有機素材の魔導腐葉土
超微細・噴霧式魔法肥料「グリーン・グロウス」
「ルンボさんは、大昔の大きな木の精霊さんと、銀の砂が混ざり合ってできてるの。だから、お花の修理と同じやり方が効くはずだよ」
リリの指示により、前代未聞の「園芸的手法によるロボット修理」が始まった。
傷口の洗浄と腐敗除去: まず、アウラが精密ルーターで赤熱した装甲を削り取る。そこへリリが「魔導エタノール」で清めた聖水を振りかけ、呪いの残留物を洗い流す。
バイオ・サーキットの接ぎ木: 断線した魔導回路に対し、リリはカタログから出した「世界樹の苗の繊維」を導線として使い、一本一本丁寧に「接ぎ木」を行っていく。
「お願い、繋がって……。ルンボさん、もう一度一緒にあのお庭を掃除しよう?」
バイオ・ラッピング: 接合部をバイオ粘着テープで固定し、隙間に魔導腐葉土を詰め込む。これは、ルンボの自己修復機能を活性化させるための「土壌」となる。
『ルンボ、耐えろよ。……今、新しい「命の油」を注いでやる』
TEN-CHOの腕から、俺は精密な圧力制御で「ルート・パワー」と「グリス」を混合した特製液をルンボの深部へと注入した。
作業開始から数時間。 ピットの中に、信じられない光景が広がった。
ルンボの傷口から、銀色の「蔦」のようなものが芽吹き、剥き出しの回路を包み込むように成長し始めたのだ。それは瞬く間に硬質化し、元のセラミック装甲よりも遥かに強靭で、しなやかな「銀の鱗」へと変貌していく。
「……反応、正常! 魔導波形が安定していくわ! なにこれ、ルンボ自身の自己修復プログラムが、リリの植物魔法と共振してる……!?」
アウラの驚愕の叫びと共に、ルンボのメイン・カメラに青い光が灯った。
「テン……チョウ。……リリ……。……アタタカイ。……ハナ、サク……オト、キコエル」
ルンボがゆっくりと、その巨大な上身を起こした。
その全身には、かつての無機質な銀色だけでなく、回路の節々に淡い緑のラインが走り、まるで大樹のような力強さを湛えている。
リリがルンボの大きな指先に抱きつくと、ルンボは不器用に、だが限りなく優しく、彼女の頭を撫でた。
「よかった……! 本当によかった、ルンボさん!」
『……見事だ、リリ。君の「魔導園芸」は、俺のカタログのデータにさえなかった、新しい解決策だ』
TEN-CHOのモニターに「満面の笑み」が映し出される。
カタログの端っこで、EDEN-00のログが静かに更新されるのが見えた。
【監査ログ追記:店長個体「仙太」および従業員「リリ」による、異種技術の融合を確認。これは文明の加速ではなく、新たな生態系の創造に近い。……観察を継続する】。
だが、再会の喜びも束の間、一号店の入り口に、ベルガの街の役人が青ざめた顔で駆け込んできた。
その後ろには、聖教国の法服を着た別の男――ザカリウスのような武闘派ではなく、冷徹な目を眼鏡の奥に光らせた「法務官」が控えていた。
「店長殿! 申し訳ありません、急な通達で……!」
役人が差し出したのは、聖教国と帝国が共同で発行した、一枚の法的文書だった。
「……『宗教的景観保護法、および公共衛生安全法に基づく、臨時立ち入り検査と営業停止命令』……!?」
ミアが文書を読み上げ、憤慨して叫ぶ。
「何よこれ! 審問官で勝てなかったからって、今度は紙切れ一枚で私たちを追い出そうっていうの!?」
聖教国の法務官、レヴィンは、感情の読めない声で告げた。
「貴店の『魔導園芸』による急速な植生変化は、地域の生態系に『予期せぬ奇跡』を引き起こし、民の信仰を混乱させる恐れがある。また、あの巨大な人形……ルンボと言いましたか? あれは登録外の危険物と見なされる。……速やかに全ての活動を停止し、再審査を受けるように」
『……なるほど。武力がダメなら行政処分か。……お役所仕事は、俺の世界でも一番厄介な敵だったよ』
TEN-CHO(俺)は、レヴィンの前に立ちふさがる。
『だが、レヴィン法務官。一つ忘れているぞ。……ホームセンターってのはな、ただ物を売る場所じゃない。「法に適合するようにリフォームする」のも得意なんだ。……あんたの持ってきたその法律、隅から隅まで精査させてもらうぞ。……俺の店に「違反」の一言も言わせない、完璧な『コンプライアンス・リフォーム』を見せてやる』
「……フン。屁理屈を。三日後の最終検査までに、全ての基準を満たせぬ場合は、この街から強制退去だ。……せいぜい、足掻くがいい」
法務官たちが去った後、店内に再び緊張が走った。
だが、傷を癒したルンボが、その力強い手で俺のTEN-CHOの肩を叩いた。
「テンチョウ。……ボク……ソウジ、スル。……ホウリツ、ゴミ……ハク?」
『はは、ゴミじゃないが、片付ける必要はあるな。……よし、アウラ、ミア、リリ! コンプライアンスなんて言葉、この世界の誰も聞いたことがないだろう? ……「ホワイトなホームセンター」の底力、教えてやろうじゃないか!』
一号店の存続を賭けた、法の隙間を縫う「超法規的DIY」が始まろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




