第28話 聖教国の審問、そして禁断の「自作魔導兵器」
帝国一号店のオープンから数日が経過した。
街の空気は一変していた。かつては灰色の顔をして歩いていた市民たちが、今では『エデン』の黄色いレジ袋を下げ、自慢げに「直したばかりの道具」を語り合いながら闊歩している。
だが、俺のセンサーは、その熱狂の裏側に忍び寄る「冷たい影」を捉えていた。
その朝、ベルガの街門をくぐり抜けてきたのは、帝国軍の無骨な装甲車ではなかった。
純白の法衣を纏い、黄金の杖を掲げた一団。聖教国が誇る最恐の執行機関「聖域審問官」の一行である。
「……あれが、異端の教えを広めるという『魔の店』か」
先頭に立つ男、大審問官ザカリウスが、エデンの看板を冷たく見据えた。彼の瞳には、人々の生活が豊かになったことへの喜びなど微塵もなく、ただ「神の秩序」を乱す者への激しい敵意だけが宿っていた。
ザカリウスたちは、客で賑わう店内に土足で踏み込んできた。
「静粛にせよ! 迷える子らよ、その忌まわしき『ガラクタ』を今すぐ捨て、祈りを捧げるのだ!」
彼の咆哮と共に、聖教国の騎士たちが店内を包囲する。楽しそうに商品を手に取っていた市民たちは、その威圧感に震え、蜘蛛の子を散らすように店外へと逃げ出した。
「な、何よあんたたち! 営業妨害よ、出ていきなさい!」
ミアがカウンターを叩いて叫ぶが、ザカリウスは冷酷に杖を突き出した。
「娘よ、そなたはこの店の主か? ……いや、違うな。この建物そのものに宿る、実体のない『悪魔』。それが、人々の心を利便性という毒で汚している元凶か」
『……悪魔とは心外だな。俺はただの店長だ。……大審問官さん、あんたも「カビ取り剤」が必要な顔をしてるぞ。心の奥まで真っ黒じゃないか』
俺はスピーカーの音量を上げ、重厚な合成音声で応じる。
ザカリウスは鼻で笑い、店内の一角にある「家庭用簡易修復魔法キット(DIYパテ)」を手に取った。
「神は、苦難こそが魂を磨く砥石であると説かれた。壊れた皿、錆びた鎌……それらは持ち主が己の不徳を省み、祈りを捧げるための契機なのだ。……それを、このような『便利な泥』で一瞬にして直すとは、神への冒涜以外の何物でもない!」
「そんなのおかしいわ!」
アウラが割って入る。
「便利な道具があるから、お皿を直した後の時間で、子供を抱きしめてあげられる。祈る暇があるなら、明日を生きるための工夫をする。それが人間でしょう!」
「……黙れ、技術を信奉する堕落者め。実体のない店長よ、そなたに宣告する。……この店は、神の摂理を歪める『異端の檻』である。よって、浄化の炎をもって焼き払うものとする!」
ザカリウスが杖を掲げると、店内を神聖な白い光が満たした。
それは「神聖魔法・聖域消滅」。対象の魔導構造を強制的にリセットし、灰にする上位魔法だ。
ドォォォォン!!
激しい光がエデンの外装を襲う。だが、直前で巨大な「影」がエデンを包み込んだ。
ルンボだ。 彼はその巨躯を折り曲げ、エデンを抱きかかえるようにして盾となったのだ。
「ギ、ギギ……テン、チョウ……マモル。ココ……ボクノ、オウチ」
ルンボの全身に施された「セラミックコーティング・耐熱塗装」が、神聖な炎を弾き、激しく火花を散らす。
ルンボのメイン・カメラが、痛みに耐えるようにチカチカと明滅する。
「ほう、古代の呪われた人形まで飼っているのか。……よろしい、まとめて塵にしてくれよう!」
ザカリウスの攻撃が激しさを増す。ルンボの装甲が赤熱し、エデンの内部温度が急上昇し始めた。
俺は、この時ほど「自分の手足がないこと」を呪ったことはなかった。
俺が「家」そのものである限り、俺自身が戦場に立ってミアたちを守ることはできない。ルンボが壊れ、アウラやリリが傷つくのを、ただモニターで見ていることしかできないのか。
(……いや、違う。……俺がホームセンターそのものなら、「手足」くらい自作してやる!)
俺は、カタログの「カスタマイズ」項目を血眼で検索した。
管理AI・EDEN-00の忠告が脳裏をよぎる。
「あまりに過剰な技術介入は、あなた自身の人間性を喪失させる」。
構うものか。目の前の仲間を救えない店長に、何の価値がある。
『カタログ、全機能解放! ……「お取り寄せ」を開始する。……素材は、倉庫にある「廃材の魔導甲冑」と「超高性能サーボモーター」。……そして俺の「意識の断片」だ!』
俺はシステムの演算能力の90%を、ある一つの「デバイス」の構築に注ぎ込んだ。
光の中から現れたのは、人型の小さな機械体だった。
身長は百八十センチほど。骨格は軽量なカーボンパイプと魔導導線で組まれ、外装にはエデンのロゴが入った「防刃・耐熱仕様のエプロン」を纏っている。
顔の部分は、一つのカメラレンズと、デジタル表示の「笑顔」が映るモニター。
それは、俺の意識をリアルタイムで同期し、無線で操作する「遠隔接客・警備用アンドロイド」……名付けて『TEN-CHO』だ。
ガシャリ、とTEN-CHOがエデンの玄関から踏み出した。
「……何だ、その妙な人形は? その中に逃げ込んだというのか!」
ザカリウスが再び杖から雷撃を放つ。
だが、TEN-CHOは、流れるような動作で腰のポーチから「ある道具」を取り出した。
『……残念だったな、審問官さん。……その「神聖魔法」とやらは、ただの高周波エネルギーだ。……これがあれば、ただの光に過ぎない』
俺が掲げたのは、カタログから取り寄せた「絶縁・高周波遮断シールド・プロフェッショナル仕様」。
雷撃はシールドの表面で無力に分散し、地面へと逃がされた。
『次はこっちの番だ。……DIYの基本は、「下地作り」からだぞ』
TEN-CHOの右腕が変形する。
そこに現れたのは、超高圧で液体を射出する「魔導エアレス塗装機」の改造版だ。
ただし、中に入っているのはペンキではない。
『くらえ! 「超急速硬化型・防犯用瞬間硬化樹脂」だ!』
シュパァァァァァン!!
ザカリウスと騎士たちが驚く暇もなく、彼らの足元に透明な液体が撒き散らされた。
液体は空気に触れた瞬間に数百倍に膨張し、コンクリート以上の硬度で固まった。
「な、何だこれは!? 足が動かぬ、杖が……杖が引き抜けん!」
『さらに、これは「お客様への感謝」だ』
TEN-CHOが左手から放ったのは、「高輝度・ストロボ式威嚇ライト」。
ザカリウスの視界を真っ白に染め上げ、彼の「神聖な集中力」を完全に粉砕する。
「ぐあああ! 光が、光が魂を焼く!」
『焼きはしないさ。……ただ、少しだけ「現実」を見ろと言ってるんだ。……あんたの神様が、壊れた鍋を直してくれるのか? 雨漏りする屋根を塞いでくれるのか? ……してくれないなら、俺たちがやる。……それが俺の、この店の「教義」だ!』
TEN-CHOは、一歩一歩、動けないザカリウスに近づき、その鼻先に「一本のネジ」を突きつけた。
『このネジ一本を作るために、どれだけの人間が汗を流し、工夫を重ねてきたか。……それを「悪魔の業」で切り捨てるあんたに、この世界の未来を語る資格はない。……帰れ。そして、次にここへ来る時は、客として来い。……その時は、最高の笑顔で接客してやる』
ザカリウスたちは、ベルガの職人たち(バッシュ率いるギルドメンバーが、スパナやハンマーを持って援護に駆けつけた)によって、無様に街の外へと叩き出された。
戦いは終わった。
エデンの外装は煤け、ルンボの体もボロボロだったが、店を守り抜いた。
「店長……仙太さん。……その体、どうしたの?」
ミアが、おそるおそるTEN-CHOの金属の手に触れる。
冷たいはずの金属だが、俺の意識が同期しているせいか、どこか温かく感じられた。
『……ああ、これか。……「実体化」とはいかないが、これでやっと、君たちと同じ目線で話ができるな』
TEN-CHOのモニターに映る「笑顔マーク」が、少しだけ照れくさそうに揺れた。
その時、ルンボがゆっくりと身を起こし、傷ついた腕で自分の肩を指差した。
そこには、ザカリウスの魔法で黒焦げになった塗装の跡があった。
「テン、チョウ。……ボク……ココ、ナオス。……ペンキ、アル?」
ルンボの言葉に、場が和やかな笑いに包まれた。
「もちろんよ、ルンボ! 私たちが最高に格好良く塗り直してあげるわ!」
アウラが元気よく叫び、リリが「ルンボさんにお花を飾ろう!」と提案する。
だが、俺は知っていた。
今回の『TEN-CHO』という実体の作成が、管理AIの監視をさらに強めてしまったことを。
そして、聖教国がこの屈辱を忘れるはずがない。彼らは次に、魔法や武力ではない「法と民衆の扇動」という、より陰湿な手段で攻めてくるだろう。
『……よし、みんな。リフォームの時間だ。……まずはルンボの修理、そして一号店の「防犯設備」のさらなる強化だ!』
夕闇に包まれるベルガの街で、エデンのネオン看板が誇らしげに灯る。
実体を得た店長(TEN-CHO)と、その仲間たち。彼らの「異世界DIY革命」は、今、聖なる壁をも穿ち、新たな地平へと向かおうとしていた。
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