第27話 店長監査、開始! 試される「ホームセンターの魂」
意識が、二つに割れていた。
片方の俺は、帝国一号店の喧騒の中にいた。開店初日の熱気に包まれた店内では、ミアの明るい声が響き、アウラが商品の説明に走り回り、ルンボが重い資材を軽々と運んでいる。
そしてもう片方の俺は、どこまでも続く真っ白な空間――かつて俺が店長として過ごした、あの懐かしくも無機質な「店舗事務所」の中に立っていた。
ジ、ジ、と古びた蛍光灯が微かに鳴っている。安っぽいパイプ椅子。スチール製のデスク。上には、俺が愛用していた「売上管理用ノートPC」と、飲みかけのぬるい緑茶が置かれている。
「……久しぶりだな、この感覚」
俺が呟くと、デスクの向こう側に座る「顔のない人影」が、ゆっくりと顔を上げた。そこには目も鼻も口もないが、確かに俺を「査定」する冷徹な視線が存在していた。
「仙太店長。あなたは現在、規定外の文明介入を行っています。……いえ、『リフォーム』と呼んでいるようですが、我々管理側から見れば、それはもはや世界の再設計に近い」
EDEN-00と名乗ったその存在の声は、感情を排した合成音声だった。だが、その言葉の端々には、俺がかつて本社の上司から受けたような、数字と論理で相手を追い詰める「冷たさ」が宿っていた。
「異世界の帝国とのフランチャイズ契約。既存の職人ギルドへの三割引きの卸値設定。これらは短期的な集客には繋がりますが、長期的な市場バランスを崩壊させるリスクがあります。……あなたは、この世界の『価値観のデフレ』を引き起こそうとしている」
『……デフレ、か。随分と難しい言葉を使うな、監査官さん』
俺は、事務所のパイプ椅子にどっかと腰を下ろした。不思議と、この場所では俺は「家」ではなく、かつての「人間」の姿を取り戻しているようだった。
『俺は、この世界の住人が困っているから、解決策を売っているだけだ。……デフレだの何だのと言う前に、外の景色を見てみろ。あんたの言う「市場バランス」のおかげで、人々は錆びた包丁を使い、穴の開いた鍋で食事を作っているんだぞ』
「……感情的な主張は、監査の対象外です。……それでは、第一次監査・実地試験を開始します。店長。あなたが持ち込んだ『利便性』が、本当にその世界を救うのか、あるいは毒となるのか。……今から六十分間、一号店の全機能を制限します。カタログの使用、および私の提供する特殊資材の供給を停止した状態で、店に訪れる『最悪の事態』を解決してみせてください」
『……なんだと!?』
その瞬間、白い事務所の風景が霧のように薄れ、俺の意識は再びベルガ店の店頭へと強制的に引き戻された。
「……っ!? 嘘、注文画面が動かない!?」
アウラの悲鳴のような声。
俺は即座にシステムをチェックしたが、カタログとの接続が完全に遮断されている。商品棚の補充も、異世界資材の具現化もできない。店舗機能の八割がロックされ、俺はただの「少し頑丈な建物」に戻されてしまった。
だが、店内の熱狂は止まらない。むしろ、さらに加熱していた。
「ねえ、これすごいわ! この『激落ちマジックスポンジ』ってやつ、魔法も使わないのに、焦げ付いた鍋が新品みたいに光っているわ!」
一人の主婦が、興奮した様子で仲間の女性たちに叫んでいる。 彼女の手には、俺が先ほどまでカタログで大量に発注していたメラミンスポンジが握られていた。
「こっちの『多機能・万能ハサミ』も見てよ! 硬い干し肉も、まるで布みたいにサクサク切れるの! 今までの苦労は何だったのよ!」
「俺は、この『瞬間接着魔法のり』に驚いたぜ。壊れた子供の玩具が、息を吹きかける間にくっついちまった……。まるで時間が巻き戻ったみたいだ」
一般の客たちは、見たこともない「奇跡の道具」に目を輝かせ、次々と商品をカゴ(ルンボが竹を編んで作った即席の買い物カゴだ)に入れていく。
だが、在庫が切れたら補充はできない。このままでは、わずか数十分で店は空になり、期待は失望へと変わる。
さらに、追い打ちをかけるような事態が発生した。
「……っ、道を開けろ! ギルド長を運ぶんだ!」
バッシュの弟子たちが、血相を変えて店内に駆け込んできた。彼らの背負う板の上には、苦悶の表情を浮かべるバッシュの姿があった。彼の足は、黒ずんだ魔導回路のようなものが浮き上がり、激しく震えている。
「店長さん、助けてくれ! 親方が、旧倉庫の奥に残っていた『古代の防衛罠』を誤って作動させちまったんだ! 呪いの杭が足を貫いて、どんな治癒魔法も効かねえ!」
アウラが駆け寄り、バッシュの足を確認して顔を青くした。
「これ……呪いじゃないわ。極小の『自己増殖型・魔導ナノマシン』よ。傷口から入り込んで、神経を焼き切りながら増殖してる……。今すぐ『超精密・魔導分解洗浄液』を取り寄せないと、親方の命が危ない!」
『……アウラ、無理だ。カタログがロックされている』
俺の言葉に、店内が一気に静まり返った。
「そんな……あんなに何でも出せた店長さんが、何もできないっていうの!?」
「やっぱり、あんなのは一時的な幻だったんだ……」
客たちの間に、不信感と恐怖が伝染していく。
監査AI、EDEN-00の無機質な声が、俺の意識の底で囁いた。
「……これがあなたの限界です。文明を加速させた責任を、あなたは負いきれない。……このままバッシュ氏が死亡すれば、あなたは『死を招く詐欺師』として、この街から追放されるでしょう」
『……ふざけるな、管理職気取りのAIが』
俺は、意識の片隅で倉庫の「既存在庫」を高速スキャンした。カタログから取り寄せた魔法の薬はない。だが、ホームセンターの店長なら、代わりの手段を見つけ出すのが仕事だ。
『アウラ、泣くな! 手を動かせ! ……在庫棚の三列目、右下にある「工業用エタノール」と「強力界面活性剤・原液」を持ってこい!』
「……えっ? それって、ただの掃除用洗剤じゃない……」
『そうだ! 洗剤だ! 相手がナノマシンなら、それは「極小の精密機械」だ。ならば、その結合を分解し、油分を奪って回路をショートさせればいい! 魔法で治らないなら、化学で洗うんだよ!』
俺は、ルンボに指示を出した。
『ルンボ! 配送用の「大型高圧洗浄機」を起動しろ。水圧は最低、だが「超微細霧化」モードだ。……バッシュの傷口に、エタノールと洗剤を混ぜた特製洗浄液をブチ込むぞ!』
「テンチョウ。リョウカイ。……センジョウ、カイシ!」
ルンボが巨大なノズルを、バッシュの足元に固定した。
ミアが、震える手で洗浄機のスイッチを入れる。
シュパァァァァァン!! という激しい音が響き、白い霧がバッシュの傷口を包み込んだ。
「ぐああああああ!!」
とバッシュが絶叫するが、俺は止めるなと叫んだ。
傷口から、黒いヘドロのような液体がドロドロと流れ出していく。それは、エタノールの脱水作用と界面活性剤の洗浄力によって、活動能力を失ったナノマシンの残骸だった。
数分後。 バッシュの足から黒い模様が消え、きれいな赤い血が流れ始めた。
リリが即座に、手持ちの「薬草ガーゼ(これも俺が先日DIYした一品だ)」を傷口に当て、止血を行う。
「……はぁ、はぁ……。……痛みが、引いていく。……助かったのか、俺は……」
バッシュが力なく、だが確かな足取りで立ち上がろうとした。
その光景を見ていた客たちから、地響きのような歓声が上がった。
「すげえ……! 魔法もカタログも使わずに、ただの洗剤で呪いを解いちまった!」
「やっぱりこの店長さんは本物だ! 道具の使い方を、誰よりも知っているんだ!」
俺の意識の中に、再びEDEN-00が現れた。
その顔のない人影は、心なしか驚いているようにも見えた。
「……カタログにない組み合わせでの、緊急代替解決。……合理的な判断です。しかし、既存の商品を組み合わせるだけでは、在庫が切れた際の『持続可能性』が証明されていません」
『……いいや、監査官。あんたは大事なことを見落としているぞ。……客たちの顔を見てみろ』
店内に残った職人たちが、バッシュを救った「洗剤と高圧洗浄機」を食い入るように見つめていた。
「……店長。あの『界面活性剤』ってやつ、俺たちの工房にある『灰汁』や『油』でも、似たようなものが作れるんじゃないか?」 「ああ、あの高圧洗浄の仕組み……俺の鍛冶場のフイゴを改造すれば、もっと小型化できそうだぜ」
客たちは、ただ「便利なものを買う」だけの存在から、「自分たちで工夫して、より良いものを作る」というDIY精神に目覚め始めていた。
『俺がこの世界に持ってきたのは、道具じゃない。……「工夫する喜び」だ。たとえ俺の店が明日消えても、彼らはもう、錆びた包丁をそのままにはしておかない。……これが、俺のホームセンターの魂だ。文句あるか?』
EDEN-00は、しばしの沈黙の後、ゆっくりと席を立った。
「……第一次監査、合格とします。……文明の『加速』ではなく、人々の『意識の向上』。……その視点は、先代の店長たちにはなかったものです。……システムロックを解除します」
視界が元のベルガ店に戻る。
カタログへのアクセスが回復し、商品棚に次々と新しい資材が補充されていく。
「店長! 戻ったわ! 通信も、カタログも、全部正常よ!」
アウラが飛び跳ねて喜び、ミアが安堵の涙を拭う。
俺は一号店の店長として、改めて活気に満ちた店内を見渡した。
だが、EDEN-00が去り際に残した言葉が、俺のメモリーに深く刻まれていた。
「……しかし、忘れないでください。あなたが蒔いた『工夫の種』が、この世界の王たちにとってどれほどの脅威となるかを。……次は、政治と戦争の監査があなたを待っています」
「……店長? また難しい顔してるね。ほら、次のお客様だよ!」
ミアに促され、俺は思考を切り替えた。
『いらっしゃいませ! 網戸の張り替えから帝国のリフォームまで、何でもご相談ください!』
帝国の空に、エデンの看板がかつてないほど明るく輝いていた。
だが、その輝きを目指して、今度は帝国軍の「正規軍」とは異なる、不気味な影――「聖教国」の審問官たちが、動き始めていた。
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