第25話 国境なきホームセンター、帝国からの招待状
激戦の余韻が残る「エデン北島支店」の上空には、静かな風が吹いていた。
前回の防衛戦で展開した最新鋭セキュリティ『イージス・ホーム』の黒い立方体群は、依然としてわが家の外壁を隙間なく覆っている。その姿は、かつての温かみのあるホームセンターの面影を消し去り、どこか冷徹な「浮遊要塞」のような威圧感を放っていた。
「……仙太さん。これ、すごく強いのはわかるんだけど……なんだか、お家じゃないみたい」
ミアが、黒い外壁にそっと触れながら寂しげに呟いた。その指先が触れた瞬間、外壁のセンサーが反応して小さな警告音が鳴る。安全のための機能だが、そこに以前のような「誰でも温かく迎え入れる店」の空気はなかった。
『……ああ。俺もそう思っていたところだ、ミア。アウラ、カタログの「カスタマイズ・モード」を起動してくれ。性能はそのままで、見た目をリフォームするぞ』
「了解! 待ってました、店長! 性能を隠して美観を整える……これも技術者の腕の見せ所ね!」
アウラがホログラムのカタログを素早く操作する。俺が選んだのは、カタログに掲載されていた「北欧風ウッドパネル・高耐久チーク材」と「南欧風レンガ・アンティーク調タイル」のテクスチャ・スキンだ。
【DIYミッション:防衛要塞のステルス・リフォーム】
外装スキン・パッチの適用: 黒いセキュリティ・ブロックの表面に、魔力で生成した「擬似木材パネル」を圧着。見た目は優しい木の家だが、中身は超高周波シールドという「羊の皮を被った狼」仕様にする。
フラワーボックスの設置: 窓際に、自動給水機能付きの木製プランターを設置。
看板の再設置: 弾け飛んでいた『エデン』のネオン看板を、より視認性の高いLED式に新調。
作業が進むにつれ、無機質な黒い要塞は、再び懐かしいホームセンターの姿を取り戻していった。だが、見た目だけを繕っても、リリの悲しみは消えていなかった。彼女は、魔力を吸い尽くされて灰色に項垂れた遺跡の庭園に、じっと座り込んでいた。
『リリ、こっちにおいで。……お取り寄せの「本番」は、これからだ』
俺はカタログの「生活・園芸カテゴリ」から、いくつかのアイテムを選択した。
【商品名:大地の息吹・超濃縮オーガニック液体肥料】
【商品名:全自動・魔力循環式スプリンクラー『レインボー・シャワー』】
【商品名:異世界種子パック・四季の彩りミックス】
「……これを、使えばいいの?」
『ああ。便利さで奪ったものは、より高い便利さで返す。それが店長としての俺の責任だ。ルンボ、手伝え!』
休止モードだったルンボが、重厚な音を立てて立ち上がった。彼は巨大な指先で、壊れ物を扱うように繊細に肥料のボトルを掴む。そして、遺跡の庭園全体に、霧状になった肥料を均一に散布し始めた。
それと同時に、設置されたスプリンクラーから、虹色の光を帯びた水が噴き出す。それはただの水ではない。カタログから取り寄せた「魔力活性水」だ。
灰色の地面が、目に見える速さで潤いを取り戻していく。枯れかけていた苔は鮮やかな緑に蘇り、見たこともない異世界の美しい花々が、魔法のような速度で蕾を膨らませ、一斉に開花した。
「わあ……! すごい、仙太さん! 前よりもずっと、キラキラしてる!」
リリが花園の中を駆け回る。その笑顔を見て、俺は心の底から安堵した。ホームセンターは、誰かを守るための盾であると同時に、誰かの心を豊かにする場所でなければならない。それを再確認した瞬間だった。
だが、その平和を破るように、アウラが管理モニターを指差した。
「店長……また来たわ。でも、今度は様子が違う。……一隻だけで、旗も白旗だわ」
雲海の向こうから、ゆっくりと近づいてくるのは、装飾の施された美しい白い船体の飛行艇だった。武装は見当たらず、船首には帝国の紋章と共に、平和を象徴する月桂樹の枝が掲げられている。
『……ルンボ、警戒を怠るな。ミア、エントランスのタラップを降ろしてくれ。……客人を迎えよう』
船から降りてきたのは、見覚えのある男だった。
かつて接着剤とセメントで全身を固められ、屈辱の敗走を遂げたヴァレリウス将軍。だが、今の彼に以前のような傲慢さはない。その表情は、深い思慮と、隠しきれない畏怖に満ちていた。
「……聖教国、並びに帝国の代表として参った。……店長殿、そしてエデンの皆々様」
ヴァレリウスは、俺に向かって深く頭を下げた。アウラとミアが、信じられないものを見るような目で彼を見つめる。
「先日の非礼、まずは詫びよう。我らは、貴殿の持つ『技術』を正しく理解していなかった。……あれは、剣や魔法で抗えるものではない。この世界の理そのものを書き換える、神の御業だ」
『……随分と物分かりが良くなったな、将軍。用件を聞こう。また解体されるために来たわけじゃないだろう?』
俺がミアの声を介して尋ねると、ヴァレリウスは懐から紫の布に包まれた書簡を取り出し、うやうやしく掲げた。
「我が主、帝国皇帝陛下よりの親書である。……陛下は、貴殿を『空の国師』として正式に招聘したいと仰せだ。帝国が持つすべての資源、土地、そして特権を貴殿に供与する。その代わり……その『ホームセンター』という概念のすべてを、帝国の管理下に置いていただきたい」
「管理下に……? それって、結局は乗っ取りじゃない!」
アウラが噛み付くように言った。ヴァレリウスは苦笑し、首を振る。
「……そう思われるのも無理はない。だが、これは提案であり、懇願なのだ。……今、大陸の物流は崩壊している。帝国の圧政、聖教国の硬直した教義……人々は疲れ果てている。貴殿の店があれば、どれほど多くの民が救われるか。陛下は、それを確信しておられる」
そして、ヴァレリウスは声を低めて続けた。
「……だが、もしこの招聘を拒絶されるならば、陛下は『ホームセンター』という言葉そのものを、この世界から抹消せざるを得ない。貴殿を敵に回せば、帝国の存立が危ういからだ。……従うか、あるいは、全世界の商人と職人を敵に回して、孤立無援で空を彷徨うか。……店長殿、貴殿ならどちらを選ぶ?」
沈黙がエデンを包んだ。 リリも、アウラも、ミアも、俺の返答を待っている。
帝国という巨大な組織に組み込まれれば、安泰かもしれない。だが、それは「誰でも自由に、安く、便利に」というホームセンターの理念を捨てることにならないか?
『……ヴァレリウス将軍。皇帝陛下に伝えてくれ。……俺は「国師」になど興味はない。……だが、「フランチャイズ契約」なら考えてもいい』
「ふらんちゃいず……? それは、一体何だ?」
ヴァレリウスが困惑の表情を浮かべる。俺はシステム内で、あらかじめ作成しておいた「取引条件」をホログラムで空中に投影した。
『帝国を俺の下僕にする気はない。だが、俺の店の下請けにする気ならある。……帝国全土の街道沿いに、俺の「支店」を作る土地を提供しろ。そこでの運営ルールは、すべて俺が決める。帝国の法律ではなく、俺の「店則」に従ってもらう。……その代わり、俺は帝国に「物流の安定」と「最新のDIY技術」を提供する。……これは支配じゃない、ビジネスだ』
ヴァレリウスは、投影された複雑な契約書(といっても、現代のコンビニやホームセンターの契約を簡略化したものだ)を目で追い、絶句した。
「……支配ではなく、ビジネス……。国という単位を超えて、店が世界を繋ぐというのか……?」
『そうだ。国境を越えて、誰もが同じネジ一本を同じ価格で買える世界。それが、俺の目指す「国境なきホームセンター(ボーダレス・エデン)」だ。……この条件が飲めるなら、皇帝陛下にサインを貰ってこい』
ヴァレリウスは、震える手でそのホログラムの内容をメモに取ると、再び深く頭を下げた。
「……承知した。陛下の御決断を仰ごう。……だが、店長殿。貴殿は、自らが引き起こそうとしている変革の大きさを、自覚しておられるか? これは、国という概念そのものを解体する行為だぞ」
『……俺はただの店長だ。……お客様の要望があれば、世界だってリフォームしてみせるさ』
ヴァレリウスを乗せた白い船が、夕闇の向こうへ消えていく。
ミアが俺の側に寄り添い、ホッとしたように息を吐いた。
「……仙太さん、すごいね。帝国を相手に、商売の話をしちゃうなんて」
『……ああ。だが、これからが本当の正念場だぞ、ミア。……アウラ、リリ。支店を出すとなれば、在庫管理も、物流網の構築も、今のままじゃ足りない。……カタログを使って、次の「お取り寄せ」を始めるぞ』
俺が次に目をつけたのは、カタログの「通信・インフラ」カテゴリの奥深くにある、禁断のアイテムだった。
【商品名:超広域・魔力追尾式物流ドローン『ヤマト・イーグル』】
【商品名:店舗間・物質転送ゲート『どこでもバックヤード』】
「……これがあれば、世界中の支店と繋がれるわね! 忙しくなるわよ、店長!」
アウラが楽しそうに笑い、リリが新しい花々に水をやる。
『エデン』は今、一軒の家から、世界を覆う巨大な「インフラ」へと進化しようとしていた。
しかし、俺は気づいていなかった。 カタログの「契約条項」の片隅に、まだ俺が読み飛ばしていた、小さな一文があることを。
※当カタログによる大規模な文明介入が行われた場合、管理AI『EDEN-00』による強制監査が実施されます。
空の向こうで、新たな「監査」の予感が、静かに芽生え始めていた。
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