第23話 古代の扉と、異世界への「注文票」
北の浮遊島に築かれた「エデン北島支店」の夜は、驚くほど静かだった。
外界では重力の渦が岩を砕く轟音が響いているはずだが、古代遺跡の分厚い石壁と、俺が施した「防音・断熱二重サッシ」の加工により、室内は春の陽だまりのような穏やかさに包まれている。
新調された「主任清掃員」ことルンボは、その巨体を遺跡の広間にうずくまらせ、休止モードに入っていた。時折、関節部のグリスが馴染む「カチッ」という小さな音が響くが、それはどこか規則正しく、心地よい鼓動のようにも聞こえる。
俺はメインモニターの端で、スリープ状態のミアを見守っていた。
彼女はエデンの中央ホールに置かれた、俺が「最高級低反発ウレタン」を模して自作したソファで、丸くなって眠っている。ここ数日、帝国の追撃と浮遊島の過酷な環境での操舵により、彼女の心身は限界に達していたはずだ。
ふと、ミアが寝返りを打ち、うっすらと目を開けた。モニター越しに俺のカメラと視線が合う。
「……あ、仙太さん。起きてたんだね」
『ああ。店長に休みはないからな。……いや、今は「家」として君を見守っていると言ったほうが正しいか』
ミアは体を起こすと、テラスへと続く窓際へ歩み寄った。外には、ルンボが磨き上げた石畳が月光を反射して白く輝いている。
「ねえ、仙太さん。……私、最近ときどき怖くなるんだ。こんなに便利で、温かくて、美味しいものがいっぱいある毎日が、いつかパチンと消えちゃうんじゃないかって。帝国に追われてた頃は、明日生きていることさえ想像できなかったから」
ミアの声は小さく、夜の空気に溶け込んでしまいそうだった。
『……ミア、俺は「ホームセンター」だ。ホームセンターっていうのはな、生活を守るためにあるんだ。壊れたら直し、足りなければ作り、寒ければ暖める。君がここで「当たり前」に笑っていられるように、俺の全在庫と全機能を賭けて保証するよ。これは契約じゃなく、俺の意志だ』
「……そっか。仙太さんは、やっぱり最高にカッコいい『お家』だね」
ミアは窓ガラスにそっと額を寄せた。ガラスの向こう側にある俺の構造体に、彼女の体温が伝わってくるような気がした。この家そのものが俺であり、彼女を包む壁も、床も、すべてが俺の意識の一部だ。この深い信頼関係こそが、今のエデンを動かす最大の魔力源なのかもしれない。
翌朝。
アウラとリリも合流し、俺たちは昨夜検知した遺跡最深部の「巨大な扉」の調査を開始した。
ルンボを先頭に立て、瓦礫をどかしながら進んだ先。そこには、ルンボ自身の身長をも超える、黒い金属製の扉が鎮座していた。
「……これは、ただの金属じゃないわ。オリハルコンとミスリルの合金……いえ、それ以上の高密度な魔導伝導体よ」
アウラが震える手で扉の表面に触れる。
そこには、この世界の共通言語ではない、奇妙な幾何学模様が刻まれていた。いや、俺にはそれが「バーコード」あるいは「QRコード」の極めて高度な発展形に見えた。
『……アウラ、リリ、少し下がっていろ。……ミア、俺の「スキャナー機能」を最大出力で連動させる。……この扉のロック、魔法じゃなく「論理」でかかっているぞ』
俺は、ホームセンターのレジで数万回のスキャンをこなしてきた経験を総動員した。
赤外線、紫外線、そして魔力波。あらゆる周波数を扉に叩き込み、その反射パターンを解析する。通常なら数百年かかるであろう暗号解読を、現代日本の演算アルゴリズムが秒単位で切り裂いていく。
ガチリ、という重厚な音が遺跡全体に響き渡った。
千年以上閉ざされていたであろう扉が、ゆっくりと左右にスライドする。その内側から漏れ出してきたのは、懐かしく、そして場違いな「紙とインクの匂い」だった。
「……何、ここ? 宝石も金貨もないけど……紙がいっぱい浮いてる?」
リリが不思議そうに中を覗き込む。
そこは、書庫だった。しかし、棚に並んでいるのは魔導書ではない。 空中にホログラムのように投影された、無数の「設計図」と「注文票」だ。
俺は、その中の一枚をスキャンして、言葉を失った。
【商品名:次元間輸送用・大型自動倉庫基幹ユニット】 【発注元:コーポレーション・エデン・ジャパン】 【納期:神代紀元……】
『……これは……注文票だ。……それも、俺がいた世界の、俺が働いていた会社の名が入っている』
「えっ!? 仙太さんの世界の道具が、どうしてこんな大昔の遺跡にあるの?」
アウラの驚きも無理はない。しかし、解析を進めるうちに恐るべき事実が見えてきた。
この遺跡、そしてルンボのような巨兵は、かつてこの世界に迷い込んだ「先代の店長」たちが、こちらの世界の素材と向こう側の技術を融合させて作り上げた「巨大な物流ターミナル」の成れの果てだったのだ。
そして、部屋の中央に置かれた石台の上には、黄金に輝く一冊の冊子が置かれていた。
『……「エデン・全宇宙共通カタログ」。……これがあれば、欠品していた「異世界の資材」を、こちら側の魔力で具現化して発注できる可能性がある』
「それって、仙太さんの世界にあるもっとすごい道具が、ここでも手に入るってこと!?」
アウラの目が技術者特有のギラつきを見せる。
だが、そのカタログの最終ページには、不穏な一文が添えられていた。
『……ただし、高ランクの資材発注には、相応の「対価」が必要となる。……それは金銭ではなく、この世界の「調和」そのもの……か』
俺たちが新発見に沸いている一方で、遥か南方では、一つの「影」が動き出していた。
帝国軍のガルガンチュア要塞。その最深部にある、ヴァレリウス将軍の執務室。
彼は今、かつての傲岸不遜な態度をかなぐり捨て、机に置かれた「一本のボルト」を凝視して震えていた。
それは、ルンボによって粉砕された飛行艇の残骸から回収された、エデン製の「ステンレス製六角ボルト」だ。
「……ありえん。我が帝国の最高の鍛冶師が打った剣を、ただの『ネジ』という部品が容易く弾き飛ばしたというのか。……あの家は、もはや魔法の範疇を超えている。……あれは、神の工廠か、さもなくば……」
ヴァレリウスの瞳には、怒りではなく、深い「恐怖」が宿っていた。
彼は、帝国の皇帝直属である禁忌の部隊「黒の整備士」に通信を繋いだ。
「……禁を解く。北の浮遊島に、帝国の全魔導技術を注ぎ込んだ『対・家専用・解体兵器』を送り込め。……あれを、この世界の理の外にあるあの「店」を、跡形もなくスクラップにするのだ」
ヴァレリウスは知らなかった。
彼が「解体」しようとしている相手が、今や「世界の設計図」を手にし、異次元からの商品取り寄せを可能にしようとしていることを。
『……よし、アウラ。まずはこのカタログを使って、ルンボの「予備パーツ」を発注してみる。……必要な素材は、そこらの瓦礫でいい。リサイクル・システムを起動するぞ!』
エデンの屋根に設置されたパラボラアンテナが、未知の周波数で空を突き刺した。
注文の確定。それは、この世界のパワーバランスが、一介のホームセンター店長によって完全に書き換えられる瞬間の合図だった。
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