第14話 国家の激震と、家の「声(インターフェース)」になる少女
帝国の象徴、移動要塞バベルが荒野で沈黙し、あろうことか「解体・吸収」されたという報は、帝都ラグナリアを文字通り震撼させた。
「……バカな。報告の間違いではないのか? 『解体』だと? 破壊されたのではなく、ボルト一本、歯車一つまで整然とバラバラにされたというのか!?」
帝都の中枢、円卓の間。
皇帝直属の魔導軍元帥は、通信水晶から送られてきた「更地になったバベルの最期」の映像を前に、震える声で叫んだ。
そこには、かつての威容はなく、ただ平らにならされた地面と、丁寧に埋め戻された巨大な足跡だけが残されていた。
「間違いありません。斥候の報告によれば、バベルの残骸を『持ち去った』のは、その場に建つ奇妙な二階建ての住宅……。いえ、もはやあれは住宅と呼べる代物ではありません。バベルのミスリル装甲を外壁に纏い、魔導水晶の波動を全身から発する『異形の城』です」
「……アウラはどうした。我が国最高の建築師がついていながら!」
「アウラ・マナは……現在、その『家』の内部に収容されている模様。……いえ、正確には、窓越しに楽しそうに図面を引いている姿が確認されています」
静まり返る円卓。
それは、帝国がこれまで築き上げてきた「武力と建築の優位性」が、たった一軒の「家」に完敗したことを意味していた。
元帥は拳をテーブルに叩きつけ、忌々しげに吐き捨てた。
「……特殊部隊『イーター』を招集せよ。もはや軍隊の物量で挑む段階ではない。あれは、世界の理を書き換える特異点だ。……根こそぎ、焼き払うしかない」
一方。
そんな国家規模の殺意が向けられているとは露知らず、俺の「城」の内部は、かつてない活気に包まれていた。
二階建てへの増築が完了し、バベルの魔導水晶を統合したことで、俺の処理能力は飛躍的に向上した。
家中を巡る魔力配線は、従来の「銅線レベル」から「超伝導レベル」へとアップデートされ、照明、空調、調理器具、そして防御兵装に至るまで、すべてがミリ秒単位で制御可能になった。
だが、ここで一つの「現場的問題」が発生していた。
それは、システムの肥大化に伴う「ユーザー・インターフェース(UI)」の限界だ。
(……情報量が多すぎる。一階の室温、二階の湿度、地下のゼイルの心拍数、外壁のセンサー、リリのビニールハウスの土壌酸度……。これら全てを俺一人(一軒)で判断して掲示板に出すのは、レスポンスが悪すぎる)
ホームセンターの店舗管理と同じだ。店長がレジ打ちから品出し、クレーム対応まで全て一人でやれば、必ずどこかでミスが出る。
俺には、店長の意思を汲み取り、各セクションを統括する「フロアマネージャー」が必要だった。
『ミア、ちょっとこっちへ来てくれ。……大事な話がある』
俺はリビングのメインモニターに、これまでにないほど真剣な文字を浮かび上がらせた。
お気に入りの「人をダメにするソファ」でジュースを飲んでいたミアが、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、仙太さん? 何か新しい家具でも作るの?」
『家具じゃない。……この家の「OS(基本ソフト)」を、お前の「魔力感知」とリンクさせたいんだ』
「OS……? リンク……?」
俺はアウラを呼び出し、共同で作成した「神経系バイパス図面」を提示した。
それは、家の中心部にあるバベル・コアと、ミアの脳内にある魔力受容体を、非接触型の「魔力共鳴回路」で接続するという、前代未聞の計画だ。
「……仙太。あなた、とんでもないことを考えるわね」
アウラが眼鏡を指で押し上げ、図面を凝視する。
「ミアの魔力感知は、世界の波動を読み取る受信機よ。それを家のセンサー群と同期させるということは……彼女は椅子に座ったまま、この家が『何を感じているか』を自分の感覚として共有するということ。……つまり、ミア自身がこの家の『感覚器官』そのものになるってことよ」
『そうだ。そして、俺の意思をミアの脳内にダイレクトに届ける。そうすれば、俺は掲示板に文字を書かなくても、ミアを通じて「言葉」としてみんなに伝えられる』
「……それって、私が仙太さんの『声』になれるってこと?」
ミアが、瞳を輝かせた。
彼女はこれまで、自分が「守られるだけの存在」であることに、どこか負い目を感じていた。俺の役に立ちたい、この温かい場所の一部になりたい。その想いが、彼女の迷いを消した。
「やりたい。……私、仙太さんの本当の声が聞きたい。このお家が、何を考えて、どうやって私たちを守ってくれてるのか、全部知りたいの!」
『よし。……では、DIY工程・リンクを開始する。……ミア、コアの前に座れ』
俺は一階の中央、かつての暖炉の跡地に設置した「コントロール・センター」にミアを誘導した。
素材は、バベルから回収した最高純度の魔導水晶と、俺が精製した「生体親和性導電ポリマー」。
これを編み込んだ「ヘッドセット型デバイス」を、ミアの頭部に優しく装着する。
(……慎重に。神経接続じゃない、あくまで「共鳴」だ。ミアの脳に負荷がかからないよう、俺の側で80%の処理を肩代わりする……)
俺は【超絶DIY】を最大出力で駆動させた。
バベル・コアから溢れ出す青白い光が、ミアを包み込む。
家の各所に配置されたセンサーからの膨大なデータ流が、ミアの魔力感知能力という「フィルター」を通して、一つの形へと編み上げられていく。
「――っ! ……あ……ああ……っ」
ミアの体が、ビクンと震えた。
彼女の視界には、今、家の全容が映し出されていた。
壁の中を流れる温かいお湯の鼓動。
屋根の上で風を受けるソーラーパネルの感触。
庭でリリが触れた土の温かさ。
そして――俺の、不器用だが真っ直ぐな、住人への愛情。
「……すごい。仙太さん、あなた、こんなに……こんなにたくさんのことを、同時に考えてたのね……」
ミアの目から、一筋の涙がこぼれた。 だが、その表情は晴れやかだった。
「聞こえる……。掲示板の文字じゃなくて、もっと深いところから……あなたの声が。……分かったわ、仙太さん。……いえ、店長!」
その瞬間。
スピーカーを通した合成音声でも、壁を震わせる怪音でもない。
鈴を転がすような、それでいてどこか頼もしさを感じさせるミアの声が、家中に響き渡った。
『――全システム、オンライン。リンク率100%。……皆様、おはようございます。管理人の仙太に代わり、本日より私がこの家の「メイン・インターフェース」を務めます。……リリちゃん、南側のビニールハウスの水分が0.5%不足しています。自動散水を開始しますね。……ゼイルさん、スクワットはあと20回でノルマ達成ですよ!』
「うわぁっ!? ミアの声が、天井からも壁からも聞こえる!」
リリが庭で驚いて飛び上がる。
地下のゼイルは、「……ふん、サボるなということか。分かったよ、お嬢さん」と苦笑しながら体を動かした。
アウラは、信じられないものを見る目でミア、そして家全体を見回した。
「……建築魔法の極致だわ。家そのものが知性を持ち、人間と完全に融和するなんて……。これこそ、私が追い求めていた『究極の居住形態』かもしれない……」
(……成功だ。これで、俺の「意思」はミアを通じて、より繊細に、より直感的にこの家に反映される)
俺は、ミアと感覚を共有しながら、言いようのない充足感に包まれていた。
もはや俺はただの「ボロ屋」ではない。
ミアという声を持ち、アウラという頭脳を持ち、リリという命を育む力を持った、一つの「生命体」へと進化したのだ。
だが。
ミアが、急に表情を強張らせた。
リンクしたことで、彼女の感知能力は数キロ先、いや、十数キロ先の「微かな違和感」まで捉えるようになっていた。
「……仙太さん。何か……嫌なものが近づいてくる。……アウラさんの要塞とは違う、もっと『無』に近い、黒い魔力。……空から、三つ」
(……空だと?)
俺は即座に、二階のテラスに隠していた「防空用レーダー」を起動させた。
夕闇の空。 雲を切り裂き、超高速で接近する三つの影。
それは、帝国の魔導技術の粋を集めた高機動飛行ユニットに跨る、仮面の暗殺者たち――『イーター』だった。
彼らの目的は、家の破壊ではない。
「コア」そのものを、専用の呪具で汚染し、機能を停止させること。
『――敵影確認。迎撃態勢に移行する。……ミア、アウラ、リリ。……リフォーム工事の邪魔をする「お行儀の悪い客」には、プロの洗礼を受けてもらおうか』
「……了解、店長。……対空バリア展開。魔導放水砲、チャージ開始!」
ミアの凛とした声が、要塞化した二階建ての住宅に響く。
国家の暗部が放った「掃除屋」と、世界で最も快適な「わが家」の、空と地を分けた戦いが幕を開けた。
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