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第5話 永和の選択

剣を握る理由を、私は長いあいだ言葉にできずにいた。

皇族として生まれ、唯一の皇子として育てられたにもかかわらず、この国には絶対的な法がある。

「男性皇族は皇帝になれない」

それは建国以来の伝統であり、母・夕叶ゆかが定めた、覆ることのない帝国のことわりだった。幼いころから耳にタコができるほど聞かされてきたその事実は、成長するにつれて、静かに、しかし確実に私の胸の奥底へと沈殿していった。


姉たちは皆、それぞれの光を宿していた。

第一皇女・嶺月れいの、太陽のような揺るがぬ威厳と苛烈な火。

第二皇女・希藍のあの、月のように穏やかな知性と、周囲を包み込む優しさ。

第三皇女・悠羽ゆうの、春風のような柔らかな調和。

第四皇女・紗夜さやの、大地のようにまだ芽吹いたばかりの無限の未来。

そして私は、そのどれにもなれない存在だった。


「皇子であること」は、この宮廷において誇りであると同時に、どこにも行き場のない、空虚な肩書きでもあった。玉座は初めから私のものではない。では、私は何のためにここにいるのか。何を受け継ぎ、何を守り、何を残すべきなのか。

その答えの出ない問いを抱えたまま、私は毎日、日が暮れるまで鍛錬場に立ち続けていた。

剣を振るうたび、身体はその動きを覚えていく。理屈よりも早く、血と骨が戦い方を理解していく。だが、心だけは、いつも一歩遅れていた。自分の振るう剣が、一体どこへ向かっているのか、私自身にも分からなかったからだ。私も、姉の嶺月れいと同じ火属性の魔力を受け継いでいる。しかし、それは強いものではなかった。


ある蒸し暑い夜、私は皇帝――母である夕叶ゆかに呼び出された。

執務室には、小さな灯火がひとつだけ灯されていた。山のように積まれた書類の向こう側で、母は静かに私を待っていた。その瞳は、帝国を統べる皇帝の冷徹なものでも、子供を慈しむ母の柔らかなものでもない。ただ「夕叶ゆか」という一人の人間として、私の魂を見透かすような眼差しだった。


永和とわ

その一言だけで、私は無意識に背筋を伸ばした。

「お前は、自分が何者であるべきか、ずっと考えているのでしょう」

否定はできなかった。母はいつも、私が口にする前に答えを知っている。

「私は、皇帝にはなれません」

私は、自分を縛り付けているその事実を、あえて先に口にした。

「それでも、皇族の血を引いて生まれた以上、何かを背負わなければならない。けれど……何を背負えばいいのか、どこに立てばいいのか、分からないのです」

しばらくの間、部屋に重苦しい沈黙が落ちた。窓の外では、夜の虫たちが騒がしく鳴いている。やがて母は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、窓の外を見つめながら言った。

「皇帝でない者が、国を守ってはならないと、一体誰が決めたの?」

その言葉は、私の頭上で鳴り響いた雷のようでもあり、あるいは深い闇の中で捧げられる祈りのようでもあった。

「玉座に座る者だけが、この国を支えているのではないわ。剣を取る者、盾となる者、そして歴史に名を残さぬ者たちがいてこそ、この帝国は立っているのよ」

母は振り返り、私を真っ直ぐに見つめた。

「お前は、守ることに向いているわ、永和とわ。前に出て人々を導く眩しい光ではなく、その光が消えないように背後から支える、揺るぎない強さを持っている」


その瞬間、私の胸の奥で、バラバラだったピースが音を立てて嵌まった。

皇帝にはなれない。だが、帝国を守ることはできる。

国を導くことはできなくても、国を失わせないことはできる。

姉が、母が、安心してこの国を統治できるように、その足元を固める影になればいいのだ。


「母上。私は……帝国騎士団を作りたいのです」

私は、自分の中から湧き上がってきた言葉を、一気に吐き出した。

「皇族の血を引き、魔力を持つ者だけで編成された、精鋭中の精鋭。ただこの帝国そのものを、そしてそこに生きる人々を守るための、折れぬ剣として」

母は、わずかに微笑んだ。それは皇帝としての承認でも、母としての命令でもなく、ただ一人の人間としての、深い肯定だった。


その夜、私は初めて、自分の意志で進むべき道を選んだ。

玉座を見上げるのではなく、あえて背を向けること。

光を奪い合うのではなく、光が消えぬようにその周囲に立つこと。

剣を握る理由は、もうどこにも迷いはなかった。

「私の剣は、玉座に届かなくていい。ただ、この国を支える礎になればいい」

鍛錬場に戻った私の手には、以前よりもずっと重く、けれど確かな手応えを伴った剣が握られていた。

夜明けの光が差し込む中、私は再び剣を振り始めた。それは、自分自身を、そして帝国の未来を切り拓くための、決意の音だった。

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