表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第4話 光と火

嶺月れいは、眠れなかった。

夜が来るたび、目を閉じればあの光景が鮮明に蘇る。

青白く、不気味なほどに美しい氷の柱。

一瞬にして凍りついた、訓練場の高い天井。

そして、その中心で、自分の吐息さえも凍らせそうなほど冷たい空気を纏って立ち尽くす、妹、希藍のあの姿。

(あれが、希藍のあの本当の姿……)

嶺月れいは、帝国の第一皇女である。

「次の皇帝」。その言葉は、彼女が言葉を覚えるよりも前から、当然の事実として与えられていた。周囲の期待は重く、けれど彼女はその重圧を誇りとして受け入れてきた。

魔力を初めて発現した時、宮廷中が歓喜に沸いた。

光と火。

傷を癒す慈悲の光と、敵を焼き尽くす苛烈な火。

それは、建国神話の英雄である母・夕叶から受け継いだ魔力の属性だった。そして、夕叶と力の波動が似ている。

「やはり嶺月れい様こそが、正統なる後継者だ」

その賞賛の声に、嶺月もまた、自らの運命を確信していた。

しかし、あの夜、偶然目にしてしまった秘密が、すべてを変えてしまった。

深夜の訓練場で、母に付き添われ、誰にも知られずに力を解放していた希藍のあ。その魔力の奔流は、嶺月れいが持つ「火」の力を容易に飲み込み、世界を静寂と極寒で支配するほどの、圧倒的な質量を持っていた。

夜明け前の訓練場で、嶺月れいは一人、剣を振るう。

「はっ!」

鋭い呼気と共に、刃が空を裂く。炎が刃を包み込み、紅蓮の軌跡を描いて木製の的を瞬時に焼き切った。

完璧な一撃。

誰が見ても、次期皇帝にふさわしい、力強く美しい演武だった。

けれど、嶺月れいの心は晴れない。

「……足りない」

呟きは、誰にも届かず、冷たい朝の空気に溶けて消えた。

嶺月れいは知っている。自分よりも遥かに巨大で、異質な力が、すぐ隣で息を潜めていることを。

希藍のあ自身は、自分がどれほど異質で、どれほど恐ろしい力を持っているのか、まだ本当の意味では理解していないのかもしれない。母がそれを必死に隠し、嶺月れいだけがその秘密を知ってしまった。その事実が、嶺月れいを深い孤独へと突き落としていた。

これは、嫉妬なのだろうか。

それとも、妹への恐怖なのだろうか。

あるいは――自分だけが彼女の「真実」を知っているという、歪んだ安心感なのだろうか。

「私が、この国を継ぐ」

嶺月れいは、鏡の中に映る自分自身を、射抜くような目で見つめた。

「だから、あの子は……希藍のあは、あのままでいい。何も知らず、何も背負わず、ただ私の影にいればいい」

言葉は、そこで途切れた。

妹を守りたいという純粋な姉としての愛情と、自分を脅かす存在を封じ込めておきたいという後継者としての冷徹なエゴ。その二つの感情が、胸の中で醜く絡み合い、彼女の心を蝕んでいく。

嶺月れいは、希藍のあに対して、これまで以上に優しく接するようになった。

それが、姉として正しい振る舞いだから。

それが、皇女として、周囲に「円満な姉妹関係」を見せるために必要だから。

けれど、その優しさの裏側には、自分でも気づかないほど深い、絶望的なまでの距離があった。

秘密を知ってしまった者だけが背負う、透明な壁。

嶺月れいは、ゆっくりと剣を置いた。

刃を包んでいた炎が消え、訓練場に再び静かな夜が戻ってくる。

「……私は、負けない。誰にも。」

その言葉が、誰に向けられたものなのか、彼女自身にも分からなかった。

ただ、彼女の瞳に宿る「火」は、以前よりも暗く、けれどより激しく燃え上がっていた。

帝国の光を背負う第一皇女の背中は、朝日を浴びてなお、どこか寂しげに揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ