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第9話:最初の誓い

第9話:最初の誓い

賭場は、水を打ったように静まりかえっていた。誰もが、信じられないものを見る目で、床に倒れる巨漢と、その胸の上に立つ小柄な少年を見つめている。自分たちのかしらであり、力の象徴であった周倉が、赤子のようにあしらわれた。その事実が、彼らの脳を麻痺させていた。

劉星は周倉の上から静かに降りると、手を差し伸べた。

「立てるか?」

周倉は、その手をしばらく見つめていた。そして、その手を取らずに、自力でゆっくりと起き上がった。その顔には、先程までの凶暴さは消え、どこか呆然とした表情が浮かんでいた。

彼は、その場にどかりと座り込むと、両手をついて深々と頭を下げた。

「…参った。完敗だ。約束通り、俺の命も、何もかも、あんたのもんだ」

その潔い態度に、劉星は少しだけ驚いた。単なる乱暴者ではないらしい。

「命はいらん。欲しいのは、お前たちの力だ」

劉星は、周倉と、そして彼を取り巻く無法者たちを見回して言った。

「俺は、これから一つの部隊を作る。名は、天狼隊。法や秩序からあぶれた狼たちの群れだ。だが、ただの野良犬の集まりではない。天下に牙を剥き、乱世を食い破る、最強の狼の群れだ」

彼の言葉は、若さに似合わず、不思議な説得力を持っていた。

「こんなところで、日銭を稼いで燻っているのがお前たちの望みか? 酒と博打に溺れ、犬のように死んでいくのがお前たちの人生か? 俺と来い。俺が、お前たちに本物の戦場と、生きる意味を与えてやる。死ぬかもしれん。だが、犬死にはさせん。狼として生き、狼として死ぬ場所を、俺が約束する」

周倉は、顔を上げた。その目には、初めて見る種類の光が宿っていた。それは、恐怖でもなく、服従でもない。憧憬と、そして希望の光だった。彼は、この小柄な少年の背後に、途方もなく大きな器を見た。自分のような男を、ただの力ではなく、その魂ごと従わせる何かを。

「旦那…!」

周倉は、再び地に額をこすりつけた。

「旦那と呼ばせてくだせえ! 俺たちを拾ってくだせえ! この周倉、今日からあんたの犬にでも、狼にでもなりますだ!」

その声に、周りの男たちがはっと我に返り、周倉に倣って次々と膝をついていく。

だが、その中で一人だけ、膝をつかずに腕を組んだまま、劉星を冷静に見つめている男がいた。痩身で、目だけが鋭い、陳黙ちんもくという名の男だった。元は下級役人だったが、汚職にまみれた上役に絶望し、全てを捨てて流れ者になった過去を持つ。

周囲が「旦那にお供しやす!」と叫ぶ中、陳黙は静かに前に進み出た。

「一つ、お尋ねしたい」

「何だ?」

「あんたの言う『天下に牙を剥く』とは、どういう意味だ。ただ、暴れ回るだけなら、山賊と変わらん」

その問いに、劉星は不敵に笑った。

「この腐った世の、理不尽そのものに、牙を剥くということだ。家柄や、金や、権力で、人の運命が決められる。そんな、くだらない仕組みを、俺たちの力で、食い破る。俺が作るのは、実力ある者が、正当に報われる国だ」

その言葉に、陳黙の目がカッと見開かれた。彼が、役人時代に最も渇望し、そして絶望したもの。それが、今、目の前の若者の口から語られた。

陳黙は、ゆっくりと、しかし誰よりも深く、その場に膝をついた。

「…我が王よ。この陳黙の、知恵と算術の全てを、あなたの国づくりのために、お使いください」

武の周倉と、知の陳黙。二人の対照的な男を得て、劉星は初めて将としての責任の重さと、そして言いようのない高揚感を覚えていた。天狼隊、その最初の一歩は、こうして、鄄城の最も暗い場所で、力強く記されたのだった。

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