第8話:力と器
第8話:力と器
賭場の中心に、間に合わせの土俵が作られた。周倉がその中央に立つと、その巨体は影となって劉星に落ちかかった。周囲の男たちは、これから始まる一方的な殺戮ショーを期待し、野次を飛ばしている。
「小僧、後悔するなら今のうちだぜ!」
周倉は、傍らに立てかけてあった大斧を軽々と持ち上げ、肩に担いだ。常人なら持ち上げることすら困難なであろう代物を、彼はまるで木の枝のように扱っている。
劉星は、腰に差した母の形見の短剣には手をかけず、静かに腰を落とした。
「始めろ」
その声と同時に、周倉が地を蹴った。岩山が動いたかのような凄まじい突進。振り下ろされる大斧は、風を切り、轟音を立てて床板を粉砕した。だが、そこに劉星の姿はない。彼はまるで風に舞う木の葉のように、その一撃をひらりとかわしていた。
「ちょこまかと!」
周倉は苛立ち、再び大斧を振るう。横薙ぎ、突き、唐竹割り。繰り出される攻撃の一つ一つが必殺の威力を持っている。だが、劉星はその全てを最小限の動きで見切り、紙一重でかわし続けた。彼の目には、周倉の動きがまるで緩慢な舞のように見えていた。力の流れ、筋肉の収縮、呼吸のリズム。その全てを読み切り、攻撃の軌道を予測していたのだ。
十合、二十合と打ち合ううちに、周倉の呼吸が乱れ始めた。彼の額には、脂汗が滲んでいる。対する劉星は、涼しい顔のままだった。
周囲の男たちの野次も、いつしか止んでいた。誰もが、目の前で起きている信じがたい光景に、言葉を失っていた。
「はあっ、はあっ…この、化け物め…!」
周倉の動きが、一瞬止まった。劉星はその隙を見逃さなかった。
一気に懐へ飛び込むと、周倉の屈強な腕を掴む。周倉は力任せに振りほどこうとするが、劉星は巧みな体捌きでその力を受け流し、逆に利用して相手の体勢を崩した。
「力だけでは、乱世は生き抜けんぞ」
低い声と共に、劉星は流れるような動きで周倉の背後に回り込み、その首筋に手刀を打ち込んだ。一瞬の衝撃。周倉の巨体が、ぐらりと揺れた。勝負は決したかと思われた。だが、周倉は常人ではなかった。
「…なめるなあっ!」
最後の力を振り絞り、周倉は振り返り様に拳を繰り出す。それを予測していた劉星は、身をかがめて避け、がら空きになった周倉の足に強烈な足払いをかけた。
ついに、岩山が崩れ落ちた。轟音と共に、周倉は仰向けに倒れ、賭場の床に大の字になった。劉星は、その胸の上に静かに乗り、冷たい瞳で周倉を見下ろした。
「俺の勝ちだな」
周倉は、ぜえぜえと荒い息をつきながら、自分を見下ろす少年の顔を見た。その顔には、勝利の驕りも、敵意もなかった。ただ、底知れない深淵のような静けさだけがあった。力では、決してこの少年には勝てない。周倉は、生まれて初めて、絶対的な敗北を悟った。