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第十章:臥龍と狼王-2

第十章:臥龍と狼王

第186話:山上の愚策

街亭の、蜀軍本陣。

丞相・諸葛亮は、全軍の要となる、この地の守備隊の大将として、一人の男を、指名した。

その男は、馬謖ばしょく、字は幼常ようじょう。荊州の優れた才人であり、諸葛亮が、弟のように、目をかけてきた、愛弟子だった。

「馬謖よ」

諸葛亮は、地図を指し示し、堅く、命じた。

「そなたは、精兵一万を率い、この街道の、真ん中に、陣を敷け。そして、何があっても、そこを動くな。敵が、いかに挑発してこようとも、ただ、固く、守りに徹するのだ。さすれば、敵は、攻めあぐね、やがて、兵糧が尽きて、自滅するであろう」

「…承知いたしました」

馬謖は、自信満々に、答えた。

だが、彼は、諸葛亮の、その命令の、真の意味を、理解してはいなかった。

実際に、街亭の地に、到着した馬謖は、その地形を見て、首を傾げた。

(丞相は、なぜ、このような平地に、陣を敷けと、仰せられたのか…)

彼の、頭の中にある、兵法書には、こう書かれていた。「高きに拠りて、下を撃つは、兵法の常道なり」と。

(そうだ。あの山の、頂上に陣を敷けば、敵の動きは、全て、手に取るように分かる。そして、敵が攻めてくれば、その勢いを利用して、一気に、駆け下りて、打ち破ることができるではないか。その方が、丞相の策よりも、遥かに、優れている)

馬謖は、自らの才覚に、溺れていた。そして、この戦で、大きな手柄を立て、師である諸葛亮を、驚かせてやろう、という、功名心に、駆られていた。

彼は、ついに、副将である王平おうへいの、「丞相の命令に、背くべきではありませぬ!」という、必死の制止も聞かず、独断で、全軍を、街亭の近くにある、山の上へと、移動させてしまったのだ。

それは、兵法書しか知らぬ、頭でっかちの秀才が、犯した、致命的な、そして、あまりにも、愚かな、過ちだった。

第187話:水の道を断て

馬謖の、その不可解な動きは、秦国軍の、偵察部隊によって、すぐに、劉星と張遼の元へ、報告された。

「何だと? 敵が、自ら、山の上に登った、だと…?」

張遼は、その報告を聞き、にわかには、信じられなかった。

「…馬鹿な。山の上に陣を敷けば、水の補給路を断たれる、ということは、兵法の、初歩中の初歩。敵将は、一体、何を考えているのだ…」

だが、劉星は、その報告を聞き、獰猛な、狼のような、笑みを浮かべた。

「…いや、面白い。敵は、よほど、自分の才能に、自信があるらしい。あるいは、俺たちのことを、見くびっているか。どちらにせよ…」

彼は、立ち上がった。

「天が、我らに、勝機を、与えてくれたようだ」

劉星は、即座に、決断を下した。

「張遼殿!」

「はっ!」

「あなたは、全軍の主力をもって、あの山の、麓を、完全に、包囲してください。ただし、決して、攻めかかってはなりませぬ。ただ、取り囲み、奴らが、山から、一歩も、降りてこられぬようにするのです」

「承知いたしました」

「そして、周倉!」

「へい、旦那!」

「お前は、天狼騎兵隊の、一隊を率い、あの山の、兵士たちが、水を汲みに来るであろう、唯一の、水の道を、完全に、断つのだ。蟻一匹、通すな!」

「おう、任せな!」

命令は、迅速に、実行された。

張遼の率いる秦国軍が、あっという間に、山の麓を、幾重にも、取り囲んだ。

そして、周倉の部隊が、蜀軍が、水を確保するための、唯一の小川を、完全に、制圧してしまった。

山の上に陣取った馬謖の軍は、完全に、孤立した。彼らは、自ら、巨大な、陸の孤島へと、閉じこもってしまったのだ。

もはや、勝敗は、戦う前に、決していた。

あとは、ただ、時が経つのを、待つだけで、良かった。

第188話:泣いて馬謖を斬る

山の上で、水の補給路を断たれた、馬謖の軍の、末路は、悲惨だった。

一日、二日と、経つうちに、兵士たちは、喉の渇きに、苦しみ始めた。水筒の水は、とうに、尽きている。

「み、水を…水を、くれ…」

陣営のあちこちで、兵士たちが、うめき声を上げ、倒れていく。

馬謖は、何度か、麓への、強行突破を試みた。

だが、その度に、張遼の、堅固な守りの前に、阻まれ、多くの損害を出して、押し返されるだけだった。

軍の士気は、地に落ち、兵士たちの間には、絶望と、そして、愚かな指揮官への、怒りが、渦巻いていた。

そして、包囲から、数日後。

劉星は、ついに、総攻撃の、号令を下した。

喉の渇きで、戦う力も残っていなかった蜀軍は、もはや、敵ではなかった。

秦国軍は、山を駆け上がり、抵抗する者もいない、蜀軍の陣地を、いとも簡単に、制圧した。

馬謖は、わずかな手勢と共に、命からがら、その場を、逃げ出すのが、やっとだった。

街亭での、この、決定的な大敗北。

これにより、諸葛亮の、第一次北伐は、完全な、失敗に終わった。彼は、全軍を、漢中へと、撤退させざるを得なかった。

成都へ戻った、諸葛亮は、法に従い、この敗戦の、最大の責任者である、馬謖を、処断することを、決意した。

処刑の日、諸葛亮は、涙を、流していたという。

彼は、自らが、誰よりも、愛し、その才能を、信じていた、愛弟子を、自らの手で、斬らねばならなかったのだ。

「…軍律は、私情によって、曲げてはならぬ。…すまぬ、馬謖…」

有名な、「泣いて馬謖を斬る」の故事である。

この敗戦は、諸葛亮の心に、深い、深い傷を、残した。そして、彼は、秦王・劉星という男の、本当の恐ろしさを、その骨身に、刻み付けたのだった。

第189話:好敵手への書簡

街亭の戦いが、秦国軍の、圧勝に終わった、数日後。

蜀軍の、撤退した陣地から、一人の使者が、劉星の元を、訪れた。その使者は、諸葛亮からの、個人的な、親書を、携えていた。

劉星は、訝しみながらも、その手紙を、受け取った。

そこには、美しい、流れるような筆跡で、こう、書かれていた。

『秦王・劉星飛翼殿。

此度の戦、あなたの、その見事な采配の前に、この諸葛孔明、完敗でありました。我が、愛弟子が犯した過ちとはいえ、その隙を、完璧に突いてみせた、あなたのその戦略眼には、ただ、感服するほか、ございません』

手紙は、まず、自らの敗北を、潔く、認める言葉から、始まっていた。

劉星は、驚いた。あの、プライドの高い、臥龍と称された男が、これほどまでに、素直に、負けを認めるとは。

そして、手紙は、こう、続いていた。

『あなたと、私は、生まれも、育ちも、そして、信じる道も、違うのかもしれない。あなたは、覇道とも、王道とも違う、独自の道を、歩んでおられる。私は、先帝の遺志を継ぎ、漢室復興という、茨の道を、歩んでおります』

『ですが、その根底にある、民を思い、国の安寧を願う、その心だけは、同じであると、私は、信じております』

『願わくば、この手紙が、あなたに届くことを。そして、いつか、あなたと、戦場ではなく、穏やかな、茶席で、天下の行く末を、語り合える日が来ることを、心から、願っております』

『あなたの、生涯の、好敵手より。 諸葛亮孔明』

その手紙を、読み終えた時、劉星の胸に、熱いものが、こみ上げてきた。

この男は、分かっている。自分のことを、自分の、心の奥底にある、本当の願いを。

敵でありながら、これほどまでに、自分を、理解してくれる人間が、いたとは。

劉星もまた、筆を取ると、返書を、したためた。

『蜀の丞相・諸葛亮殿。

あなたからの、心のこもった、書簡、確かに、拝読いたしました。あなたの、その知略、そして、その高潔な人格に、この劉星、深く、敬意を表します。

道は、違えど、我らが見つめる、天の星は、同じなのかもしれませぬ。

私もまた、あなたと、語り合える日を、楽しみにしております。

だが、次に、戦場で会う時は、容赦は致しませぬぞ。

西の狼王・劉星飛翼』

この書簡のやり取りを、きっかけとして。

二人の、天才の間には、敵味方を、超えた、不思議な、そして、深い、敬意に基づいた、ライバル関係が、確かに、芽生えたのだった。

第190話(第十章最終話):龍と狼

第一次北伐は、失敗に終わった。

だが、この戦いは、劉星にとっても、諸葛亮にとっても、大きな、転機となった。

諸葛亮は、劉星という、これまでの、どの敵とも違う、強大で、そして、したたかな、好敵手の存在を、改めて、認識した。

(あの男がいる限り、北伐は、容易ではない…)

彼は、これまでの、戦略を、根本から、見直さざるを得なかった。

一方、劉星もまた、この戦いを通じて、多くのことを、学んだ。

諸葛亮という、「最強の知」と、初めて、本格的に、渡り合ったことで、彼は、自らの国を守るためには、ただ、武力や、経済力だけでは、足りないことを、痛感したのだ。

外交、知略、そして、人の心を、読み解く力。それら、全てを兼ね備えた、真の「王」とならねば、この、群雄割拠の時代を、生き抜くことはできない。

街亭の戦いの後、秦と蜀の間には、奇妙な、静けさが訪れた。

両国は、互いに、国境の守りを固めながらも、表立った、軍事行動は、起こさなかった。

だが、その水面下では、劉星と諸葛亮による、激しい、情報戦と、外交戦が、繰り広げられていた。

二人は、互いに、使者を送り、時には、牽制し合い、時には、魏に対する、共同戦線を、匂わせながら、相手の、腹の内を、探り合っていた。

それは、もはや、単なる、国と国の、争いではなかった。

臥龍・諸葛亮と、狼王・劉星という、二人の、天才の、誇りと、知略を懸けた、壮大な、チェスゲームのようでもあった。

劉星は、この、新たな戦いに、武力で覇を競うのとは、また違う、大きな、やりがいと、そして、興奮を、感じていた。

(面白い…実に、面白い男だ、諸葛孔明…)

彼の、王としての、器は、この、最大の好敵手との、出会いによって、さらに、大きく、そして、磨かれていくことになる。

第十章は、二人の英雄が、互いを、生涯のライバルとして、認識し、次なる、より高度な戦いへと、その舞台を移していく、その序章を描いて、幕を下ろした。

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