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第八章:漢中攻防と三国鼎立-4

第八章:漢中攻防と三国鼎立

第156話:漢中王即位の報

劉星が、復讐心と、王としての責任との間で、苦しみ、葛藤している、まさにその時。

蜀から、一つの、衝撃的な報せが、もたらされた。

漢中の地を、完全に手中に収めた劉備が、その地で、「漢中王」として、即位した、というのだ。

その報せは、魏と秦の、両国に、さらなる、屈辱と、怒りを、もたらした。

「何だと!? 我らが、血を流して守ろうとした土地で、王を名乗るだと!」

「我らを、愚弄するにも、程がある!」

曹操軍の将兵たちは、怒りに、震えた。

さらに、間者からもたらされた、詳細な報告が、彼らの怒りに、油を注いだ。

蜀の都・成都では、劉備の漢中王即位を祝う、盛大な、祝賀の儀が、何日にもわたって、催されているという。

そして、その席では、討ち取られた夏侯淵の首が、まるで、戦利品のように、晒されている、というのだ。

その報告書を、読んだ時、劉星の中で、かろうじて保たれていた、理性の糸が、ぷつりと、切れた。

彼は、その報告書を、両手で、握りしめ、音もなく、灰になるまで、燃やし尽くした。

立ち上る、黒い煙。

それは、彼の心の中で、燃え盛る、憎悪の炎の色、そのものだった。

「…そうか。祝賀の、儀か…」

劉星は、静かに、呟いた。その声は、絶対零度の、冷たさを、帯びていた。

「ならば、こちらも、祝いの品を、送ってやらねば、なるまい。…血と、絶望という名の、祝いの品をな」

周倉たちが、息をのんで、主君の顔を見つめている。

その顔には、もはや、葛藤の色はなかった。

あるのは、ただ、獲物の喉笛を、食い破ることだけを決意した、一匹の狼の、冷徹な、そして、底なしの、覚悟だけだった。

(…今は、耐えよう)

彼は、自分に、言い聞かせた。

(だが、この屈辱は、決して、忘れはしない。お前たちが、最も油断し、最も幸福に、酔いしれている、その瞬間に…)

劉星の目に、恐ろしいほどの、光が宿った。

(俺は、必ず、お前たちの、その喉元に、喰らいついてやる…!)

第157話:二つの国の王

その夜、劉星は、一人、執務室で、地図を、睨んでいた。

彼の心は、もはや、定まっていた。

蜀を、討つ。劉備を、殺す。

だが、それは、今ではない。最も効果的な、最も残酷な形で、復讐を果たすための、時を、待つ。

そのためには、まず、この国を、さらに強く、豊かにせねばならない。

そこへ、妻の甄氏が、そっと、夜食を、運んできた。

彼女は、夫の、そのただならぬ気配と、瞳の奥に宿る、危険な光に、気づいていた。

「あなた様…。あまり、ご無理をなさらないでください。あなたの、お体も、心も、この国の、宝なのですから」

甄氏の、その優しい言葉に、劉星の、張り詰めていた心の糸が、わずかに、緩んだ。

彼は、初めて、妻に、その心の内の、苦しい葛藤を、打ち明けた。

「俺は、王として、この国を、民を、守らねばならん。だが、一人の男として、夏侯惇殿の、あの涙を、そして、夏侯淵殿への、この仕打ちを、どうしても、許すことが、できんのだ。この、怒りを、どうすれば、良いのか、俺には、分からん…」

甄氏は、何も言わなかった。

彼女は、ただ、黙って、夫の、その大きな背中を、後ろから、優しく、抱きしめた。

その、温かさが、劉星の、燃え盛る心を、少しだけ、癒してくれた。

そうだ、俺は、一人ではない。

この温もりを、この平和を、守るためならば。

俺は、鬼にもなろう。悪魔にもなろう。

劉星は、妻の温もりを感じながら、改めて、自らの、王としての、覚悟を、固めていた。

彼は、もはや、単なる「曹操の息子」でも、「一人の将軍」でもない。

西の秦国の、民の運命を、その双肩に背負う、王なのだ。

そして、同時に、蜀漢の王・劉備という、巨大な敵と、個人的な、そして、決して消えることのない、因縁を、背負ってしまった、一人の男でもあった。

この、二つの、重い宿命を、彼は、これから、一人で、背負っていかねばならないのだ。

第158話:鉄壁の盾

翌日、劉星は、全軍の将兵を、長安の広場に、集めた。

兵士たちの間には、蜀への、即時開戦を望む、熱気が、渦巻いていた。

だが、劉星が、彼らに下した命令は、意外なものだった。

「…今は、守る」

その一言に、兵士たちは、どよめいた。

「なぜです、陛下!」

「夏侯淵様の、仇は!」

その、不満の声を、劉星は、手で制した。

「聞け、狼ども。復讐とは、ただ、感情に任せて、牙を剥くことではない。最も、効果的に、敵の息の根を止めるための、冷たい、計算の上に、成り立つものだ」

彼の声には、絶対的な、威厳があった。

「今、攻めても、我らも、大きな傷を負うだけだ。それは、敵の思う壺。我らが、為すべきは、今ではない。機を、待つのだ。そして、その時のために、我らの牙を、さらに、鋭く、研ぎ澄ませておくのだ」

彼は、私情を、完全に、その奥底に、封じ込めた。そして、王として、最も、合理的で、そして、正しい決断を、下した。

「これより、対蜀の、国境線に、長大な、防塁を築く! 漢中から、この長安へ至る、全ての道を、鉄壁の、要塞とするのだ!」

彼は、張遼を、その防衛線の、総司令官に、任命した。

「文遠。ここを、西の、万里の長城とせよ。蜀の兵は、蟻一匹とて、この地へ、踏み入れさせるな」

「はっ! この張文遠、この命に代えても!」

劉星は、復讐に燃える、兵士たちの、その、有り余るエネルギーを、攻撃ではなく、「国を守る」という、強固な意志へと、巧みに、転換させてみせた。

兵士たちは、来るべき、決戦の日に、思いを馳せながら、黙々と、槌を、振り下ろし始めた。

それは、秦国を守る、鉄壁の盾を、築くための、音だった。

そして、いつか、蜀の心臓を、貫くための、鋭い、槍を、研ぐ音でもあった。

第159話:北伐の気配

劉星が、国境線に、鉄壁の防衛線を、築き上げている頃。

蜀の、成都でも、新たな動きが、始まっていた。

漢中王となった劉備の下で、丞相・諸葛亮は、次なる、大計画を、着々と、進めていたのだ。

その狙いは、魏を討ち、漢室を復興するための、「北伐」。

「陛下。漢中を手に入れた今、我らは、ついに、中原を、伺うことができるようになりました。来るべき、北伐のため、兵糧の備蓄と、兵士の訓練を、急ピッチで、進めるべきです」

だが、その諸葛亮の、壮大な計画の前に、一つの、厄介な、障害が、立ちはだかっていた。

西の、秦国。そして、その王・劉星の、存在だ。

「…丞相。北伐を行うにあたり、西の劉星の動きが、気になります。もし、我らが、魏と戦っている隙に、彼に、背後を突かれでもしたら…」

側近の一人が、懸念を口にする。

諸葛亮は、地図の上の、「長安」を、その手にした羽扇で、軽く、叩いた。

「…分かっておる。あの、西の狼王は、父・曹操とは、また違う、厄介な相手よ。その知略、そして、人心掌握術は、決して、侮れぬ」

彼の目には、まだ見ぬ、好敵手に対する、強い、警戒の色が、浮かんでいた。

「まずは、使者を送り、彼の、腹の内を、探ることから、始めねばなるまい。彼を、我らの味方に、引き入れることができるか。あるいは、中立を、守らせることができるか。それが、この北伐の、成否を分ける、最初の、鍵となるだろう」

諸葛亮の目が、初めて、本格的に、西の狼王へと、向けられた。

それは、これから、十数年にわたって、繰り広げられることになる、二人の天才による、壮絶な、知略戦の、始まりを、告げるものだった。

第160話:静かなる決意

長安の、新しく、そして、高く、築かれた城壁の上。

劉星は、一人、南の空を、静かに、見つめていた。

その空の向こうに、漢中の、険しい山々が、続いている。そして、そのさらに向こうに、自分と、決して、相容れることのない、好敵手たちがいることを、彼は、感じていた。

そこへ、独眼の将軍・夏侯惇が、ゆっくりと、歩み寄ってきた。

彼は、弟の死後、しばらく、ふさぎ込んでいたが、劉星が、国境の守りを固めていると聞き、自ら、志願して、この長安まで、やってきたのだ。

「飛翼殿。…お前は、まだ、若い。あまり、一人で、背負い込むな」

夏侯惇は、劉星の、隣に立つと、ぽつりと言った。

「俺も、いる。お前の、盾くらいには、なってやる」

その、不器用な、優しさに、劉星は、少しだけ、口元を緩めた。

「感謝します、夏侯惇殿。あなたの存在は、何よりも、心強い」

二人は、しばらく、言葉もなく、南の空を、見つめていた。

劉星の心の中で、燃え盛っていた、復讐の炎は、今や、静かな、しかし、より深く、そして、熱い、決意の炎へと、変わっていた。

(俺は、王だ。この国を、民を、そして、俺を信じてくれる、仲間たちを、守らねばならない)

個人的な復讐心と、王としての責任。

その二つを、胸に抱き、劉星は、新たな時代の、幕開けを、静かに、見据えていた。

それは、英雄たちの、個の力が、ぶつかり合う時代から、国と、国との、知略と、国力が、全てを懸けて、ぶつかり合う、真の、総力戦の時代への、移行を告げる、静かな、夕暮れだった。

(第八章 幕)

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