表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/78

第七章:西涼の風と狼の国-3

第七章:西涼の風と狼の国

第131話:新たなる拠点・長安

征西将軍に任じられ、関中・西涼の全権を委ねられた劉星が、その拠点として選んだのは、かつて前漢・後漢の都として栄えた、古都・長安だった。

だが、彼が足を踏み入れた長安は、もはや都の面影はなかった。董卓の暴政と、その後の李傕りかく郭汜かくしの乱によって、宮殿は焼け落ち、街は廃墟と化し、住む者もまばらな、死の街と成り果てていた。

「…ひどい有様だ」

周倉が、思わず呟く。

だが、劉星の目は、死んではいなかった。彼は、この瓦礫の山の中に、新たな国の、輝かしい未来を見ていた。

「ここからだ。ここから、全てを始めるんだ」

劉星の国づくりは、まず、この長安の再建から始まった。

彼は、まず城壁を修復し、治安を回復させることに全力を注いだ。天狼隊の兵士たちを、昼夜、街の警備にあたらせ、略奪や暴行を働く者を、厳しく罰した。安心して暮らせる環境がなければ、人は集まってこない。

次に、彼は、民と共に、自らくわを取った。

「将軍自らが、土木作業を!?」

部下たちは、驚いた。だが、劉星は平然と言った。

「国を作るのに、将軍も兵士も、民もない。ここにいるのは、皆、この長安を、自分たちの手で蘇らせようとする、仲間だ」

その姿に、天狼隊の隊員たちも、そして、最初は遠巻きに見ていただけの長安の民たちも、心を動かされた。彼らもまた、自ら進んで、瓦礫の撤去や、用水路の建設作業に参加するようになった。

かつて、死の街だった長安に、少しずつ、人々の活気と、槌音つちおとが戻り始めた。劉星は、破壊ではなく、創造という、新たな戦いに、大きなやりがいを感じていた。

第132話:狼の法

長安の再建が進むにつれ、劉星は、この西の地を治めるための、新たな統治方法を模索し始めた。

彼は、許都や鄴で見てきた、複雑で、一部の名士たちだけを優遇するようなやり方を、良しとしなかった。

彼が制定した法、後に「狼の法」と呼ばれることになるそれは、驚くほど、単純明快なものだった。

「法の下では、身分や出自は、一切問わない」

「罪を犯した者は、たとえ将軍であっても、法に従って厳しく罰する」

「功を立てた者は、たとえ奴隷の身分であっても、相応の地位と報酬を与える」

それは、徹底した、実力主義と信賞必罰の原則だった。

彼は、複雑な税制も簡素化し、民の負担を、極限まで軽減した。そして、国境の警備と食料の自給自足のため、曹操のやり方を参考にしつつも、より実情に合わせた「屯田制とんでんせい」を導入した。

この革新的なやり方は、当然ながら、旧来のやり方に固執する、現地の古い役人たちから、強い反発を招いた。

「征西将軍! そのようなやり方では、古くからの名士たちの反感を買いますぞ!」

「民や兵士に媚びを売るようなやり方で、国が治まるとお思いか!」

軍議の席で、役人たちは、口々に劉星を非難した。

だが、劉星は、その批判に、全く動じなかった。

彼は、静かに立ち上がると、役人たちを、冷たい瞳で見据えた。

「俺は、お前たちや、名士の顔色をうかがうために、ここに来たのではない」

その声には、絶対的な自信が満ちていた。

「俺は、この地に住む、全ての人間が、豊かに、そして公平に暮らせる国を作るために来たのだ。俺のやり方に、文句があるか。あるならば、聞こう。だが、ただ批判するだけならば、無用だ。このやり方よりも、優れた案を出せぬ者は…」

劉星は、一度言葉を切ると、言い放った。

「去るがいい。この狼の群れに、遠吠えしかできぬ老犬は、必要ない」


その言葉を証明する事件が、すぐに起きた。

漢民族の古い豪族の息子が、酒に酔って、市場で羌族の商人に暴行を働き、商品を奪ったのだ。豪族は、これまでの慣例通り、事を金で解決しようとした。

だが、劉星は、それを許さなかった。彼は、長安の広場に、即席の法廷を設けると、豪族の息子と、被害者である羌族の商人を、同じ席に着かせた。

「この国では、法の下に、全ての人間は平等である」

劉星は、集まった多くの民衆の前で、そう宣言した。

「漢人であろうと、羌人であろうと、罪を犯した者は、同じ法で裁かれる。それが、この国の、唯一の掟だ」

結局、豪族の息子には、奪った商品の十倍の賠償と、一ヶ月の強制労働という、厳しい罰が下された。

この一件は、瞬く間に、西方の全土に伝わった。劉星の統治が、口先だけのものではないことを、そして、この国が、本当に、全ての民にとって公平な場所であることを、誰もが知ることになったのだ。


軍議の後、張遼が、劉星の執務室を訪れた。

「飛翼様。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「何だ、文遠」

「なぜ、我らの国の名を、『秦』とされたのですか。かの始皇帝の国号は、法による圧政の象徴。民の中には、不安に思う者もおりましょう」

その問いに、劉星は、窓の外に広がる、再建途上の長安の街を見ながら、静かに答えた。

「確かに、始皇帝の秦は、法で民を縛り、力で天下を押さえつけ、そして、滅んだ。だがな、文遠。俺は、その過ちからこそ、学ぶべきだと思うのだ」

彼は、振り返り、張遼の目を真っ直ぐに見た。

「『秦』という文字が持つ、本当の意味は、いねを、両手で、うすを使い、脱穀する姿から来ているという。それは、本来、民の豊かさを願う、文字のはずだ。俺が目指すのは、始皇帝の秦ではない。その文字が、本来持っていた意味を取り戻し、法が民を守り、全ての民が、等しく豊かになれる、真の『秦』の国だ」

「そして…」と劉星は、不敵に笑った。「かつて、漢が秦を打ち破ったように、いつか、この新しい秦が、古くなった魏を打ち破る日が来るかもしれん。そう思うと、少し、胸が躍らないか?」

その、壮大なビジョンと、揺るぎない覚悟。張遼は、自らが仕える王の、その器の大きさに、改めて、深い敬服の念を抱くのだった。

第133話:西域との交易路

劉星が、新たな国づくりの柱として、最も力を入れたのが、西域せいいきとの交易路――すなわち、シルクロードの再開と、その安全確保だった。

この道は、後漢の衰退と、長年の戦乱によって、久しく途絶えていた。だが、この道を開くことができれば、莫大な富と、そして、多様な文化が、この西の地にもたらされることを、劉星は理解していた。

そのためには、この地に住む、多くの異民族との、友好関係が不可欠だった。

西涼の地には、きょう族、てい族といった、勇猛な遊牧民たちが、古くから住み着いていた。彼らは、漢民族とは違う文化や習慣を持ち、時には、略奪のために、国境を侵すこともあった。

これまでの為政者たちは、彼らを「蛮族」として、ただ武力で抑えつけようとするだけだった。

だが、劉星は違った。

彼は、まず、彼らの言葉を学び、彼らの文化を、尊重することから始めた。そして、武装も最小限にして、自ら彼らの集落を訪れ、その族長たちと、膝を突き合わせて、会見の場を設けたのだ。

「俺は、お前たちを、支配しに来たのではない。共に、生きていきたいのだ」

劉星は、族長たちに、そう語りかけた。

「お前たちには、優れた馬と、武勇がある。我らには、優れた農耕技術と、工芸の技がある。互いの足りないものを、補い合い、交易によって、共に豊かになろうではないか」

初めは、曹操の息子である劉星を、警戒し、疑いの目で見ていた族長たちも、彼の、その裏表のない人柄と、異民族の文化や誇りを、心から尊重する姿勢に、次第に心を開いていった。

ある夜、羌族の最も有力な族長の集落で、宴が開かれた。

劉星は、彼らと同じように、羊の肉にかぶりつき、馬乳酒ばにゅうしゅを酌み交わし、そして、腕自慢の族長と、腕相撲を取って、笑い合った。

「がははは! 劉星殿は、見かけによらず、力も強いわい!」

「いやいや、族長殿こそ。この乾いた大地で、豊かに生きたいと願う心は、漢人も、羌人も、同じだ。違うか?」

「おう、その通りだ!」

劉星は、武力ではなく、共存共栄の道を選んだ。その誠実な姿勢は、異民族たちの心を、確かに掴んだ。彼らは、劉星を、単なる漢の将軍としてではなく、信頼できる「アンダ」として、認めるようになったのだ。

こうして、途絶えていたシルクロードは、再び開かれ、西の地には、少しずつ、活気と富が、もたらされ始めた。

第134話:天狼騎兵隊

異民族との友好関係を築く中で、劉星は、彼らの持つ、圧倒的な騎馬の力に、改めて魅了されていた。

彼らは、まるで、馬と一体になったかのように、巧みに馬を操り、馬上から、正確無比な弓を放つ。その機動力と戦闘力は、中原の歩兵中心の軍隊とは、比較にならないものがあった。

(この力を、天狼隊に取り入れることができれば…)

劉星は、新たな部隊の創設を決意した。

天狼隊の中に、騎馬兵だけで構成された、特別な精鋭部隊を作る。その名も、「天狼騎兵隊」。

彼は、友好関係を結んだ異民族の族長たちに、教官役を依頼した。

「お前たちの、その素晴らしい馬術を、俺の部下たちにも、教えてはくれまいか。その見返りは、必ずする」

族長たちは、友である劉星の頼みを、快く引き受けてくれた。

こうして、天狼隊の隊員たちと、異民族の戦士たちによる、合同の訓練が始まった。

初めは、言葉も文化も違うため、ぎこちなかった両者も、共に汗を流し、技を競い合ううちに、次第に打ち解けていった。漢民族の持つ、組織力と規律。そして、異民族の持つ、圧倒的な個人技と、野生の勘。その二つが、互いに刺激し合い、融合していく。

劉星は、この天狼騎兵隊に、特別な装備も与えた。西域との交易で手に入れた、軽くて頑丈な、ペルシア産の鎧。そして、烏桓との戦いで学んだ、馬のあぶみを改良し、馬上での安定性を、飛躍的に高めた。

数ヶ月後、長安郊外の広大な草原で、完成した天狼騎兵隊の、大規模な軍事演習が行われた。

数千の騎馬隊が、地響きを立てて、一糸乱れぬ動きで、草原を駆け抜ける。馬上から放たれる矢は、空を覆い尽くし、敵陣に見立てた的を、正確に射抜いていく。

その姿は、もはや、単なる騎馬部隊ではなかった。漢と、異民族の力が、完璧に融合した、史上最強のハイブリッド騎馬軍団の誕生だった。

劉星は、その光景を、丘の上から、満足げに見つめていた。

この天狼騎兵隊こそが、自分が築き上げた、この西の国を守る、最強の牙となるだろう。

そして、いずれ、中原の英雄たちを、震撼させる力となることを、彼は確信していた。

第135話:中央からの圧力

西の地で、劉星が、独自の法を定め、異民族と手を結び、そして、強力な騎馬軍団を創設している――。

その報せは、当然ながら、許都と鄴にいる、曹操と、その息子たちの耳にも、届いていた。

特に、その報せに、強い危機感を抱いたのが、曹操の次男、曹丕だった。

彼は、父の後継者の座を、虎視眈眈と狙っていた。彼にとって、西で強大な力を持ち、民からの人望も厚い劉星は、自らの地位を脅かす、最大の脅威に他ならなかった。

(あの男を、このまま放置しておいては、いずれ、必ずや父上の後継の座を、俺と争うことになる…!)

曹丕は、父・曹操の元へ赴くと、涙ながらに訴えた。

「父上! 弟の劉星に、謀反の兆しが見られます!」

曹操は、書類から顔を上げず、静かに先を促した。その冷たい態度が、曹丕の心をさらに苛む。

「彼は、長安で、勝手に独自の法を定め、中央の意向を無視しております。さらに、異民族と手を結び、我らにはない、強力な騎馬隊を組織しているとか。父上が、生涯を懸けて築き上げてこられたこの魏の法を、いとも容易く踏みにじるその姿…まるで、父上の偉業そのものを、嘲笑っているかのようです!」

曹丕の声に、熱がこもる。

「民は、もはや父上のことよりも、西の劉星様を、救世主のように崇めていると聞きます。父上が、血を流し、心を砕いて手に入れた人心が、何の苦労も知らぬ弟に、やすやすと奪われていくのを、この私は、黙って見てはおれません! どうか、父上。劉星の力を削ぐためにも、彼の兵権の一部を、中央に返上させるべきです。それこそが、父上の権威を、そして魏国の安泰を守る、唯一の道にございます!」

その瞳の奥には、劉星への嫉妒と共に、「父上に認められたい」「父上の功績を守るのはこの自分だ」という、切実で、しかし歪んだ息子としての思いが、渦巻いていた。

曹操もまた、劉星の力が、自らのコントロールを離れつつあることに、一抹の不安と、そして、覇者としての猜疑心を、感じ始めていた。息子が、自分を超えていくことへの、かすかな恐怖。

彼は、曹丕の言葉に、心を動かされてしまった。

やがて、曹操からの、正式な使者が、長安へと派遣された。

使者が、劉星に伝えた命令は、過酷なものだった。

「丞相(曹操)からの、お達しである。征西将軍・劉星は、その功に免じ、特別に西方の統治を許されてきた。だが、その力が、分を越えつつあるとの、声も聞こえる。よって、今後は、西域交易によって得られる利権の半分を、中央に献上すること。そして、新たに創設したという、天狼騎兵隊の指揮権を、中央が任命する将軍に、委ねること」

それは、劉星が、血と汗で築き上げたものを、根こそぎ奪い取ろうとする、あまりにも理不尽な命令だった。

部屋の中の空気は、一瞬で、凍りついた。劉星は、静かに、しかし、燃えるような怒りの炎を、その瞳の奥に宿していた。

中央からの、あからさまな圧力が、ついに、牙を剥いた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ