第37話:墓前の誓い
第37話:墓前の誓い
許都の郊外に、新しく二つの墓が建てられた。一つは、悪来・典韋の墓。そしてもう一つは、曹操の長子、曹昂の墓だった。
劉星は、一人、曹昂の墓前に立っていた。墓石には、「曹昂子脩之墓」とだけ、簡潔に刻まれている。
彼は、墓の前に、一振りの剣を置いた。それは、生前、曹昂が愛用していた剣だった。
「…兄上」
劉星は、ぽつりと語りかけた。
「あなたの理想は、甘すぎた。父上を信じ、家族を信じたあなたの優しさが、あなた自身を殺したのかもしれない」
風が吹き、墓前の木々を揺らす。まるで、兄が何かを答えているかのようだった。
「だが…」
劉星は、言葉を続けた。
「あなたの優しさは、本物だった。俺のような奴にも、分け隔てなく接してくれた。あなたの温かさを、俺は一生忘れない」
劉星は、ゆっくりと立ち上がると、今度は自分の腰に差してあった剣――曹昂から譲り受けた剣――を、静かに抜いた。陽の光を浴びて、刃が鈍く輝く。
「見ていてください、兄上」
彼の声は、静かだったが、そこには、鉄のような硬い決意が込められていた。
「俺は、もう迷わない。父を憎むだけでも、あなたのように誰かを信じるだけでもない。俺は、俺のやり方で、この乱世を生きていく」
「そして、誓います。俺が守りたいと思ったものは、今度こそ、必ず守り抜く。あなたの死を、決して無駄にはしない。この乱世で、あなたのような優しい人が、理不尽に死んでいくような悲劇は、俺が必ず終わらせてみせる」
それは、復讐でも、理想でもなかった。
一人の弟が、亡き兄に捧げる、魂の誓い。
憎しみと悲しみを乗り越え、若き狼は、自らが進むべき、新たな道を見出した。
その背中には、もう少年時代の危うさはない。多くのものを失い、その痛みを知った彼の背中は、これから多くのものを背負っていく、真の将帥のそれだった。