第26話:宛城への南征
第26話:宛城への南征
徐州を平定し、後背の憂いを断った曹操は、次に、南へと目を向けた。標的は、荊州の北部に位置する宛城。そこを支配する張繡は、かつて董卓の配下であった張済の甥で、侮れない兵力を擁していた。
建安二年(197年)の春、曹操は自ら大軍を率いて、許都を出陣した。
この南征軍には、曹昂も加わっていた。彼にとって、これが本格的な初陣に近かった。曹操は、いずれ跡を継がせる息子のために、戦の経験を積ませようと考えたのだ。
「飛翼、お前も来い」
曹操は、劉星にも出陣を命じた。
「子脩(曹昂の字)の側にいて、万一の時には奴を守ってやれ。それが、お前の役目だ」
その命令は、劉星にとって複雑なものだった。兄を守れ、という言葉には、父としての情が僅かに感じられた。だが、それは同時に、自分を便利な護衛役としてしか見ていない、ということの裏返しでもあった。
(まあ、いい。戦場に出られるなら、文句はない)
劉星は、天狼隊を率いて、南征軍に加わった。
出陣の日、許都の民衆は、勇壮な軍勢を熱狂的に見送った。先頭を行く曹操、その脇を固める夏侯惇や典韋といった猛将たち。そして、若き後継者である曹昂。彼の姿には、民衆の期待が集まっていた。
劉星は、その少し後ろから、兄の背中を見ていた。曹昂は、初めての大規模な遠征に、緊張しながらも、誇らしげな表情を浮かべている。その姿は、少し危うげに見えた。
「兄上、あまり気負わぬように」
劉星が声をかけると、曹昂は振り返り、にこりと笑った。
「ああ、ありがとう、飛翼。君がいてくれると、心強いよ」
その笑顔に、劉星もつられて少しだけ口元を緩めた。この兄のためなら、一肌脱いでやろう。そんな気持ちが、自然と湧き上がってくる。
軍は、意気揚々と南へと進んでいった。誰もが、この遠征が容易い勝利に終わると信じていた。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、甘い罠と、そして決して忘れられぬ悲劇が待つ、運命の地・宛城だった。




