第17話:独眼の誓い
第17話:独眼の誓い
「ぐおおおおおっ!」
夏侯惇の絶叫が、戦場に響き渡った。
左目に矢を受けた彼は、激痛に馬から転げ落ちる。
「夏侯惇殿!」
近くで戦っていた劉星が、駆け寄ろうとするが、敵兵に阻まれて前に進めない。
誰もが、もう助からないと思った。
だが、夏侯惇は、おぼつかない手で、自らの目に突き刺さった矢を引き抜いた。そして、その矢の先に付着していた己の眼球を睨みつけると、おもむろに叫んだ。
「父の精、母の血、これを棄ててなるものか!」
彼は、なんとその眼球を、自分の口の中へと放り込み、飲み込んでしまったのだ。
その場にいた敵も味方も、彼の鬼気迫る姿に、恐怖と畏敬の念で凍りついた。
「呂布ううううっ!」
夏侯惇は、片目から血を流しながら、再び立ち上がった。その姿は、もはや人のものではなく、地獄から蘇った修羅のようだった。失った視力の代わりに、彼は、凄まじいまでの闘志と憎悪を手に入れた。
その気迫に、さすがの呂布も、一瞬たじろいだ。
曹操軍は、主将の壮絶な姿に奮い立ち、怒涛の反撃を開始した。
「退くぞ!」
呂布は、形勢不利と見て、撤退を命じた。
こうして、濮陽の城は、多大な犠牲を払いながらも、再び曹操の手に戻った。
戦いの後、劉星は、傷の手当てを受ける夏侯惇の元を訪れた。
「夏侯惇殿…」
「騒ぐな、飛翼。この程度の傷、どうということはない」
独眼となった夏侯惇は、平然と言ってのけた。「だが、この目、この痛み、決して忘れぬ。呂布と、奴に与する者どもは、必ずやこの手で誅してくれる」
劉星は、夏侯惇という武人の、底知れない強さを感じていた。そして、彼をここまで追い詰めた呂布への敵愾心を、新たにするのだった。
この日を境に、「独眼の将軍」夏侯惇の伝説が、始まった。