第14話:旗印
第14話:旗印
天狼隊の練兵場に、隊員たちが集められていた。その中央には、劉星と周倉が立っている。彼らの前には、まだ何も描かれていない、大きな生成り色の布が広げられていた。
「お前たちに、集まってもらったのは他でもない。我ら天狼隊の旗印を作るためだ!」
劉星が宣言すると、隊員たちから「おおーっ!」という歓声が上がった。旗は、軍団の魂であり、誇りだ。自分たちの旗を持つということは、正式な一つの部隊として認められた証でもあった。
「どんな旗印がいいと思う? 何か意見のある者はいるか?」
劉星が尋ねると、男たちは口々に意見を出し始めた。
「そりゃあ、旦那の名前からとって、『劉』の字でしょう!」
「いや、曹操様からいただいた部隊だ。『曹』の字を入れるべきじゃねえか?」
その言葉に、劉星の眉がぴくりと動いた。
「馬鹿野郎! 旦那がそれを喜ぶと思ってんのか!」
周倉が、そう言った男の頭を拳骨で殴りつけた。
「俺は、文字の旗は好かん」
劉星は、騒ぎを制するように言った。
「文字は、時に人を縛る。家柄や、過去や、立場にな。俺たちの部隊は、そんなものとは無縁の場所だ。俺たちが掲げるべきは、俺たちの生き様そのものだ」
劉星は、墨の入った器を手に取ると、布の上に一気に筆を走らせ始めた。彼の筆遣いに、迷いはなかった。描かれていくのは、一つの生き物の姿だった。
鋭い牙を剥き、月に向かって咆哮する、一匹の狼。その体は力強く、瞳は荒々しい気高さに満ちていた。それは、闇を恐れず、群れを率いて荒野を駆ける、孤高の獣の姿だった。
「我らは、天狼隊。闇夜を駆ける狼の群れだ」
劉星は、最後の仕上げに、狼の瞳に力強い点を打ち込んだ。まるで、絵に魂が吹き込まれたかのように、描かれた狼が生き生きと動き出すように見えた。
「我らは、家柄も、過去も持たない。だが、牙と、仲間がいる。この旗の下に集う者は、皆が兄弟だ。腹が減れば、共に獲物を狩り、敵が来れば、共に牙を剥く。そして、誰かが傷つけば、群れの全てで復讐する。それが、天狼隊の唯一の掟だ」
隊員たちは、その旗印と、劉星の言葉に、心を奪われていた。そうだ、俺たちはこれだ。社会からはみ出し、誰からも認められず、ただ牙だけを頼りに生きてきた。そんな俺たちに、これほど相応しい旗印があろうか。
「「天狼隊! 天狼隊!」」
誰からともなく、シュプレヒコールが始まった。それはやがて、兵舎全体を揺るがすほどの大きなうねりとなった。
完成した旗が、秋風にはためく。闇夜に吼える銀色の狼。それは、これから乱世にその名を轟かせる、若き軍団の誕生を告げる、産声のようだった。劉星は、その旗を見上げながら、初めて「将」として、そして「頭領」としての、身が引き締まるような責任と、胸が熱くなるような喜びを感じていた。