第10話:悪来の視線
第10話:悪来の視線
周倉とその配下数十名が加わったことで、打ち捨てられていた兵舎は、にわかに活気づいた。男たちの怒声と、武具がぶつかり合う音が、一日中響き渡っている。劉星は、彼らを正式な天狼隊の隊員として、厳しい訓練を開始した。
劉星の噂は、すぐに曹操の耳にも届いた。
「ほう、あの周倉を屈服させ、数十の兵を集めたか。小僧、面白いことをする」
曹操は、報告を聞きながら、楽しそうに呟いた。彼の予想を、良い意味で裏切る結果だったからだ。しかし、手放しで喜んでいるわけではない。あの制御不能な息子が、本当に自分の手駒となるのか。あるいは、いつか自分に牙を剥く狼となるのか。
「典韋」
曹操が呼びかけると、岩のような巨漢が音もなく進み出た。
「はっ」
「あの小僧の様子を、見張っておけ。何をするつもりなのか、この目で見極めてやる」
「御意。…そして、先日の借りを返す機会も、いただきたく存じます」
典韋は、静かに、しかし燃えるような闘志を瞳に宿して答えた。彼にとって、劉星に投げ飛ばされたことは、生涯忘れ得ぬ屈辱だった。あの少年は、一体何者なのか。その強さの根源はどこにあるのか。彼は、それを確かめずにはいられなかった。
その日から、天狼隊の練兵場に、典韋の姿が見られるようになった。彼は訓練に参加するでもなく、ただ腕を組み、離れた場所からじっと劉星たちの様子を眺めている。その視線は、獲物を狙う虎のように鋭く、天狼隊の隊員たちは気圧されて、どこかぎこちない動きになっていた。
「なんだ、あの岩石男は。気味が悪いぜ」
周倉が、劉星の隣で悪態をついた。
「放っておけ。見たいだけ見せてやればいい」
劉星は、典韋の視線を意にも介さず、訓練を続けた。彼の訓練は、曹操軍の正規の訓練とは全く異なっていた。隊員を二手に分け、実戦さながらの模擬戦を何度も繰り返させるのだ。そこには、決まった型も、兵法もなかった。あるのは、いかにして敵を欺き、生き残るかという、ただ一点のみ。
劉星は、自らも隊員たちに混じって戦った。彼の動きは、予測不可能だった。ある時は先頭に立って敵陣を切り裂き、ある時は巧みな偽装で味方を逃がす囮となる。その戦いぶりは、まさしく戦場を自由に駆け回る狼そのものだった。
典韋は、その光景を黙って見つめていた。劉星の強さは、単純な武勇だけではない。戦況を瞬時に判断する頭脳、仲間を活かす指揮能力、そして何より、仲間たちを惹きつける不思議な魅力。あれが、十四の少年の持つ器なのか。
典韋の心の中に、屈辱とは別の感情が芽生え始めていた。それは、好敵手に対する興味と、そして武人としての純粋な敬意だった。
悪来と呼ばれた虎は、若き狼の真の力を、まだ測りかねていた。だが、いつか必ず、雌雄を決する時が来るだろう。その予感が、典韋の血を熱く滾らせていた。二人の英雄のライバル関係は、こうして、静かな視線の応酬の中から始まっていった。