4話
部屋の中はまた静けさに包まれた。
ついさっき、クラウディアが複雑な気持ちを胸に抱えて部屋を出ていった後だ。
この体の元の持ち主、デミアンが残した記録をうっかり目にしてから、俺の頭の中はカオスそのものだ。
一体どんな計画を企てて死にかけたんだよ、デミアン?
今まで集めた情報をつなぎ合わせて推理を試みたが、隠された真相にたどり着くには断片的な手がかりと、それをつなぐ鍵がどうしても必要だと気づいた。
ってことは、ひょっとすると…
まだそこに転がってるあの魔導具の中に、重要な記録や記憶が隠されてるんじゃないかと睨んだ。直感がビビッと頭を駆け抜け、まるで流星みたいに一瞬だけ輝いた。
「さあ、全部ぶちまけてくれよ、相棒。」
なぜだか、死ぬ前の俺と似たような境遇で、もがきながら這い上がろうとしたデミアンが妙に親しみ深く感じた。
まるで長い間苦楽を共にした相棒みたいにな。
手を伸ばすと、魔導具の冷たくてずっしりした感触が掌に伝わってきた。
今すぐこれを起動させりゃ、すべての謎が糸みたいにスルスル解けるはずだ!
ちょっと気分が上がった俺は、魔導具をゴソゴソいじり始めた。
「おっと?」
微かな高揚感と一緒に湧いてきた興奮に少し酔いそうだったが、理性を見失うほどじゃなかったぜ。
「これ、どこにスイッチがあるんだ?」
なかったんだよ。
この魔導具を動かすスイッチらしきものが、表面のどこにも見当たらなかった。
握りやすいように掘られた溝がスイッチじゃねえかと疑って、しつこく触ってみたが、存在しないことだけ確認した。
そういや…!
エーテルパンクの魔導具の操作方法を詳しく描写してなかったことが急に頭に浮かんだ。
ゲームを作る会社じゃ、表に見える要素以外は徹底的に節約しなきゃならなかった。
人的資源、時間、開発費、開発者が腹を満たす飯まで、全部だ。
だからこそ、完成した作品を見て皆が絶賛したんだよな。
一瞬、あの時の熱狂が蘇った。
同じ志を持った仲間たちと過ごした時間…だが、すぐに意識は信じられない現実に引き戻された。
笑えねえよ…
本当にそうだった。
この世界の細かい仕組みを熟知してるはずなのに、こんな些細なことでつまずくなんてな。
それでも諦めず、俺は魔導具の表面を丹念に探った。
もしかしたら指紋認証みたいな仕掛けがあるんじゃねえかと、藁にもすがる気持ちでな。
ドンドンドン!
魔導具の動かし方を見つけようと必死になってたその時だ。
ボロボロの古いドアが、いつ蝶番から外れて床に落ちてもおかしくない状態で、騒々しい足音に合わせてガタガタ揺れ始めた。
バン!
突然現れた謎の男の荒々しい手つきで、ドアが無残に揺さぶられた。
シュッ!
床に積もった埃が衝撃で舞い上がり、霧みたいに広がった瞬間、一人の男が部屋に踏み込んできた。
「太陽が真上に昇ってからだいぶ経つのに、呑気に寝そべってんじゃねえか、田舎のガキ!」
低くて野太い声。
その声の主は、力を入れずとも洞窟に響くような、でもハッキリした口調で喋った。
白髪がちらほら混じった頭でも、黒髪がまだしっかりと主張してるのが目に入った。
肌には歳月の跡が刻まれ、老いが隠せなかったが、ぶ厚い服の上からでも分かる体格は、若い頃のタフさを今も維持してることを物語ってた。
ドスンドスン!
その男が埃を掻き分けてゆっくり近づいてきた。
一瞬、複雑な眼差しで何か考え込むようだったが、すぐに口を開いた。普段は笑わねえんだろうな、って感じのぎこちない笑み。
でも、元の持ち主、デミアンの意識が戻ったことを心から喜んでるのか、口角をグッと上げて、歯茎が見えるくらい豪快に笑った。その笑顔で、隙間なく整った歯がチラリと見えた。
誰だ…? ああ、そっか…
その顔、どっかで見た気がした。
知ってるふりをして怪しまれるのは避けたかったが、俺じゃねえからどうしても思い出せなかった。
その時だ。
ガイウス…
やっとそいつの正体が頭に浮かんだ。
逃げてきた俺たち二人を、なんの詮索もせず助けてくれた豪快な野郎だ。
断片的な記憶が蘇り、それに合わせて何か喋ろうとした瞬間、クラウディアの声が耳に飛び込んできた。
それも、かなり慌てた声だ。
「ガイウス! まだ安静が必要だって何度も言ったでしょ!」
アイツが予想外の行動を取る男だってのは分かってたが、これほど大胆な動きをするとはクラウディアも想像してなかったらしい。
一拍遅れて追いかけてきた彼女の声だった。
「安静? そんな女々しいこと、女にでも言っとけよ、なあ?」
男らしくガサツな言葉をぶっ放すガイウス。
でも、俺には分かった。
その言葉、抑揚、眼差し、身振りの中に、信頼してる相棒が目を覚ましたことへの本気の喜びが溢れてるってな。
「だろ?」
病人扱いされるのが嫌だったのか、ガイウスは近くの椅子をガシッと掴んで適当に置いた。
ドスン!
そしてドカッと腰を下ろした。
俺と目線を合わせて、ガイウスが言った。
「なあ、田舎のガキ!」
裕福な暮らしをしてこなかった俺だが、男としてどう生きるべきかって考えはガイウスとだいたい一緒だった。
だから、俺は小さく頷いた。
すげえな。
目の前で見たガイウスの姿は、まさに漢の中の漢だった。
誰だって目指したくなる、豪快で繊細な理想の男そのものだ。
ツーブロックの短く刈った髪、その顔と体格から、アイツがタフな野郎だってことがハッキリ分かった。
ガチャン!ガイウスが少し動くたびに、騒々しい音が響く。
鎧みたいな革の服には、傷跡や削れた跡がビッシリ刻まれてて、こいつがただ者じゃねえことを雄弁に語ってた。
「なんでダメだなんてギャーギャー騒ぐんだよ、なあ?」
ガイウスは後ろに立っているクラウディアをチラッと見て言った。
「てめえが大事にしてるガキが目を覚ましたんだ。俺にだってその場にいる資格はあるだろ?」
「…」
ガイウスの軽い冗談に、不安そうな顔のクラウディアが何か言い返そうと口を開いた。
でも、すぐに何も言わず口を閉じた。
ガイウスの性格じゃ、言っても無駄だと悟ったんだろうな。
「だろ?」
クラウディアの反応で場が盛り上がらないのを感じ取ったガイウスは、ふざけた態度を引っ込めて真剣な声で俺に言った。
「座ってられるくらいなら、たいしたことねえみたいだな。どうだ? てめえの口から直接聞かねえと信じられねえぞ。」
ガイウスの問いに、俺は正直に感じてることをそのままぶちまけようとした。
ちょっと待てよ。
余計なこと言って騒ぎを起こしたくなかった。
口を開けたまま、ちょっと考え込んだ。
慎重に言葉を選ばなきゃな。
「田舎者?」
「いや、なんでもない。」
ボーッとしてる俺をガイウスが怪訝な目で見てきた。
これ以上時間を引っ張れねえ。
俺は最善の言葉を口にした。
「多少の痛みはあるが、我慢できるレベルだぜ。」
「我慢できるレベル、だと?」
「あ、ああ。」
ガイウスはまるでハンマーで頭をぶん殴られたみたいな顔してた。
後ろに立つクラウディアは、避けたかったことがとうとう起こっちまったって顔だった。
俺は直感した。
俺の言葉の選択が最善ではなく、最悪に近い結果を招いたという事実を。