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2話

心臓の鼓動とともに、魂が目覚める感覚がした。

漆黒の闇の中に沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。いや、それよりも何かに引っ張られているような感覚のほうが正しいかもしれない。

「う…」

自分の状態を確かめようと意識を内側ではなく外側へ向けた瞬間、頭の中が文字通り空っぽであることに気がついた。

『これは…』

まるで干ばつに襲われた大地のように、力の源が一滴たりとも残っていないことを理解するのに時間はかからなかった。

「くっ…」

全身に意識を向けると、耐えられないほどではないが、自然と顔をしかめる程度の鈍い痛みが全身を駆け巡る。

『なんだ、これ…?』

まるで自分の身体が、自分のものではないかのように感じる。浮遊感とも違う、不快な感覚。そして、強烈な朦朧感。

だが、そんなはずはないと自分に言い聞かせた。

『そんな馬鹿な…』

頭の中を支配しようと広がっていく考えを、首を小さく振って追い払う。同時に、非科学的だと即座に否定した。

「うっ…?」

試しに指を動かそうとした瞬間、痺れにも似た鈍い痛みがじわりと伝わってきた。

『嘘だろ…!?』

これはただ、目が覚めたばかりだからに違いない。

自分ではない"何か"になったという考えが再び浮かびかけるが、強く否定し、意識の外へと押しやった。

そうして、覚悟を決めて瞼を開き、上体を起こそうとした瞬間——強烈な違和感が襲ってきた。

まるで、自分の身体ではないような感覚。そして、鈍痛と朦朧感が、さらに濃く、強くなる。

まるでサイズの合わない借り物の服を着せられたような異物感。

「くっ…」

長い間、光を浴びることがなかったせいか、極端に敏感になっていた両目が眩しさに適応するのに数分かかった。

ようやく視界が安定したとき、そこで初めて、自分がいる環境がどんな場所なのかを理解した。

『こ、ここは…!?』

時間が経つにつれ、先ほどまで眩しすぎた光もそれほど気にならなくなり、ようやく周囲を見回す余裕が生まれた。

まず目に入ったのは、古ぼけた天井。ただ古いだけでなく、歪み、染みができ、ところどころカビが生えている。天井の隅には大きなクモの巣まで張っていた。

視線を横にずらすと、同じく木製の壁が現れる。ところどころ穴が開いており、隙間風が吹き込んでくる。今もなお、そこからあまり心地よくない空気が部屋の中に流れ込んできていた。

穴だらけの壁に、無理やり打ち付けられた板が見える。そして、それを照らしているのは、壁に掛けられた一本のランプの揺れる灯りだけだった。

枕元には、外からの冷気とともに、古いランプの煤けた灯油の匂いが漂ってくる。空気は湿っていて、喉を刺すほど粗い。

「はぁ…」

見たこともない環境に置かれたことで、不安がじわじわと胸を締めつける。それを抑えようと、大きく息を吸い込んだ。

その瞬間、今まで気づかなかったホコリの匂い、そして灯油とは違う何か別の油の臭いが鼻を突いた。

『…間違いない、ここは俺が住んでいたあの部屋じゃない。』

数ヶ月家賃を滞納し、いつ追い出されてもおかしくない、あの部屋とは明らかに違う。

――そのとき、沈んでいた記憶の断片が、不意に浮かび上がった。

「…っ!」

それは、ごく最近の記憶。

正確に言えば、"最後"の記憶だった。

耳をつんざくように鳴り響いていたクラクション。猛スピードでこちらへと迫ってくるダンプカー。全身を砕かれるような激しい衝撃。

そして、地面へと叩きつけられた感覚。

『俺は……確かに、死んだはずだ。』

それなのに。

ここはどこだ?

死後の世界?いや、それにしては妙だ。

病院というには、あまりにも不潔すぎる。そもそも、病室らしからぬ荒れ果てた部屋の状態が、ここが治療の場でないことを示していた。

「くっ…」

首を少し動かすだけでも、全身がきしむように痛む。それでも、力を振り絞って体を起こし、周囲を見渡した。

そこにあったのは、埃まみれの古びたテーブル。

乱雑に置かれた油染みのついた紙束、無造作に転がる機械の部品、そして使い古されて久しい空のティーカップ。

『…整理整頓とは無縁な性格らしいな。』

部屋の隅に目を向けると、ひどく擦り切れた外套が掛けられていた。裂け目だらけで、穴まで空いている。

その下には、古びたボウイナイフと、見慣れない形をしたクロスボウのような武器が置かれていた。

『武器…? どうやら、まともな職業の人間ではなさそうだな。』

そして、視線を横に移すと、一つの家具が目に入った。

それは、やや年季の入った木製のチェスト。しかし、その上に置かれた"ある物"を見た瞬間、思考が止まった。

『あれは……!』

それは、かつて俺が最も熱中したゲーム、「エーテルパンク」の世界で使われる特殊な装置と酷似していた。

まるで、画面の中から飛び出してきたかのような精巧な造り。

『…とにかく、触ってみれば何か分かるはずだ。』

そう考え、手を伸ばそうとしたその瞬間——

「……え?」

ふと、目の端に小さな鏡が映った。そこに写っていたのは——

見知らぬ青年の顔だった。


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